Fashion Tech Newsでは多様な領域からゲスト監修者をお招きし、ファッションやテクノロジーの未来について考えるための領域横断的な特集企画をお届けします。第5弾は水野大二郎氏を監修者に迎え、「ファッションデザインとテクノロジー」をテーマにお届けします。
水野氏は、「ファッションテック」という言葉が日本に広がる以前、2010年代初頭からファッション産業が抱える課題と情報技術の関係性について着目するとともに、ファッションデザインが抱える閉塞感や課題を打破するために、研究を行いながら幅広いファッション関係者らと議論を重ねてきました。
2012年から開始したその取り組みは『ファッションは更新できるのか?会議 人と服と社会のプロセス・イノベーションを夢想する』としてまとめられ、2010年代におけるファッションデザインの言論に関する大きな成果となりました。
それから10年。今年2022年には経産省が設置し、水野氏が座長を務めた有識者会議「これからのファッションを考える研究会」の議論が『ファッションの未来に関する報告書』として発表され、ファッション業界の課題が整理されると共に、未来への提言として大きな注目を集めました。
ファッションデザインとテクノロジーにおける、研究と実践の中心にいる水野氏から見て、2010年代はどのような時代だったのでしょうか。また、当時はどのような課題があり、どんな取り組みがなされていたのでしょうか。そして、これからの展望とは。
2010年代を振り返った上で、今後のファッションデザインとテクノロジーについて考えていきます。
1979年生まれ。京都工芸繊維大学未来デザイン・工学機構教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授。ロイヤルカレッジ・オブ・アート博士課程後期修了、芸術博士(ファッションデザイン)。デザインと社会を架橋する実践的研究と批評を行う。近著に『サステナブル・ファッション: ありうるかもしれない未来』。その他に、『サーキューラー・デザイン』『クリティカルワード・ファッションスタディーズ』『インクルーシブデザイン』『リアル・アノニマスデザイン』(いずれも共著)、編著に『vanitas』など。
2012年に始まった「ファッションは更新できるのか?会議」は、ドリフターズ・インターナショナルの金森香さんとArts and Lawの弁護士である永井幸輔さんにお声がけいただきスタートしました。
当時のお二人に共通認識としてあったのが、クリエイティブコモンズの利活用など、知的財産権をもっと積極的かつ戦略的に使うことを通して、「ファッション業界の中で常に問題になっている盗用の問題をクリアできるのではないか」「それを拡張するのが情報技術の利活用なのではないか」という点でした。その代表的な例が、インターネットを介して設計データなどの自由な共有と交換をする文化の醸成、すなわちデジタルファブリケーションにおけるオープンデザインです。
「デジタルファブリケーションを前提とした話について、ぜひ一緒に議論をしませんか」という話をいただいたわけですが、個人的にも、2010年の段階で「メイカームーブメント」(デジタル技術を用いたモノづくりの流れ)あるいは「ファブラボ」(デジタル工作機械を備えた市民工房とそのネットワーク)の前夜に当たるような動きを察知していました。
2010年にデジタルファブリケーション愛好家によるイベント「Make: Tokyo Meeting 05」に行った際、自作3Dプリンター、CupCake CNCを展示していた慶應義塾大学の学生がいたんです。話を聞くと、作るのはさほど難しくなく、しかも非常に安価であると知りました。その時、「これが普及すれば製造業全体にものすごいことが起こるだろう」と思い、強く衝撃を受けました。ファッション業界で問題にされているような消費の問題が覆されるのではないかと。しかも、それを個々人がボトムアップにできるようになる。
そこで、その学生-のちにロフトワークにFabCafeをつくった岩岡孝太郎さん-の先生にあたる慶應義塾大学SFCの田中浩也先生と、現在に至るまで議論を深めていくことになりました。
さらにその頃、京都女子大学の成実弘至先生とスローファッションやエシカルファッションについて、共同でゼミを京都芸術大学にて運営していましたので、そこにも+αで情報技術が加わると、新しいファッションデザイン教育の可能性が広がると思いました。
こうした問題意識から、金森さんや永井さんたちと話が合ったわけですが、「ファッションは更新できるのか?会議」の座長を引き受けたのは、私自身がファッションデザインに対する危機感や閉塞感を感じていたからに他なりませんでした。
私たちがこうした考えに至る一方、当時のファッション業界では特に何も変化がなかったのです。ファッション産業が21世紀までにつくってきた文化的慣習的な「現状維持」を非常に強く感じていました。スターデザイナーが作り出す価値構造や、メディアが中心となって作り出す流行などはそのままだったのです。
当時からファストファッションの問題は業界内で指摘されてはいましたが、倫理的課題が取り扱われることは少なく、どちらかというと環境活動家が中心となって問題視している状況でした。もちろん、デジタルファブリケーションがファッションデザインの可能性を拡張するという話にも至っていませんでした。
そうした状況に対して、「今生まれつつある新しい可能性を、どうみんなで考え伝えていけばいいのだろうか」と議論をするために、ファッション業界関係者らが中心となって「ファッションは更新できるのか?会議」がスタートしました。
実際にあれから10年が経って振り返ってみると、2017年くらいまで、この議論について十分に理解がされているとは言い難かったと思います。また、日本国内においてもその頃まで目立った動きがなかったという振り返りができます。つまり、それだけファッション産業の構造、価値観は堅固でした。
そのなかで、2018年以降に日本で広がった、SDGsというキーワードに象徴される動きが、変化の要因として大きかったと思います。ファッション産業が環境に対して悪影響を及ぼしていること、生産・消費のあり方に変化が求められているという考え方について、文化の中核的な部分を担っていたヨーロッパから日本に輸入されたことで関心が高まったと思います。
その後ファッション産業に関しては様々な動きがありましたが、特に2019年にG7で採択された、「ファッション協定」は、一つの分水嶺になったと感じています。
2010年代においては、大きく社会、情報技術、そして環境に関して大きな変化がありました。ここでは、それぞれについて事例をもとに簡単にお伝えします。
1つ目の社会に関しては、たとえば消費者動向を挙げることができます。
消費者一般でいうと、従来のファッション産業のロジックで、毎シーズン新品を大量に買ってもらうというモデルは通用しづらくなりました。
特にZ世代に関しては環境に対する意識が違うことが調査から明らかですし、リユースやレンタル、サブスク、さらに洋服をそもそも買わない、という考え方まで持っています。こうした人々が、この10年間で明らかに増えています。
2つ目の情報技術に関しては、トレンド予測のような売り方に関する話や、アパレルCADなどの設計ツールの話だけでもない、もっと大きな変化だと思っています。
その代表が、今あらゆる場所で言及されているメタバースでしょう。とはいえ、別にメタバースと言わなくても、この10年間でオンラインゲームが加速度的に発展したのは明らかです。オンラインゲーム環境の中における自分のアバターが、かつてより圧倒的にリアリティを持つ対象になっています。そこでデジタルファッションをつくり、着て、社交することも非常に重要なポイントになっています。
3つ目の環境に関しては、バイオ技術を利用した新素材など、環境負荷を効果的に下げる新素材が開発されています。スパイバーなどがこれだけ注目されているなか、その次を行くような話を、一部のラディカルなバイオデザインをやっている人などが検討し始めているところです。
そして、人間が自然調和的な関係性を目指すこと、人類学的なキーワードでいうと「ブエン・ビビール」(自然調和的によく生きること)に代表される、いかに自然環境と新しい共生関係を築けるのかが注目されてきたと思います。
この3つが、10年前とは全く異なる新しい潮流だと見ています。
また、ファッションデザイナーが、文化を牽引していくことも、かつてほど顕著ではなくなったと思います。
振り返ってみれば、シャルル・フレデリック・ウォルトに始まり、ココ・シャネルやマリー・クヮントなど各時代の「顕名のファッションデザイナー」は、ファッションデザインにおける見た目の形や色、機能に意味を与えることで、新しい歴史をつくってきました。
ファッションデザイナーがもたらす価値は、新しい存在様式であるとか、新しい理想の身体像などに代表される「意味の提示」だったわけです。
しかし現在は、それとは異なる価値領域が生まれてきました。たとえば、ファッションデザインの価値に関する評価として、コーディングによって生み出された新しい創造性や手法、ビジネスモデル、需要と供給をつなぐアルゴリズムなど、企業や組織に与えられる価値が複数出てきたことによって、デザイナー個人が単体で作り出す価値は相対的に下がっていると思います。
「バイオ技術を応用してキノコの菌糸体からつくられた新素材でデザインを生み出しました」という事例があった場合、それを1人のデザイナーの成果とすることは難しいだけでなく、どちらかと言うと、それは取り組んだ組織やプラットフォームの成果です。
こうした傾向が特に2020年代に入り、顕著になってきていると言えます。
会議から10年たちました。更新できたのかと問われたら、多少は更新できたと思いますが、ファッションは現在進行形で更新しつつあるともいえます。
たとえば会議に登場いただいた方でいうと、ANREALAGEの森永邦彦さんは、2012〜13年あたりから、すでにデジタル工作機械やレザーカッター、3Dプリンターを使った新しい表現をされていました。そこから現在に至るまで、その傾向がより顕著になってきました。この10年のファッションデザインの進展を示す分かりやすい例だと思います。
また、chlomaやHATRAもテクノロジーの動向にはかなり敏感ではありましたが、現在ではそれぞれデジタルファッションなどにおいて先駆的な取り組みをしています。同様にSOMARTAの廣川玉枝さんも、かなり早い段階から島精機の「ホールガーメント」ニットマシンをうまく使ってデザインされていましたし、その後もテクノロジーとファッションを融合させた取り組みをしていると思います。
デジタルファブリケーションの台頭に伴い、2010年代は従来のファッションビジネスモデルに依拠しない個人のあり方が再発明されていった時期だと思います。個人というのは、消費者も生産者も同じです。
それを踏まえて、2020年代に顕著になってきたのは、人々が従来のファッションビジネスモデルに乗らないだけでなく、社会にとっても、環境にとっても有益な「ブエン・ビビール」の実現に向け移行しはじめていることです。
近年注目されている「ポスト・ラグジュアリー」も、ただその希少性のある商品をお金や資源を使って作るということだけではありません。たとえば、開発途上国の労働者の尊厳を守る、ですとか、人新世における自然環境により適切に介入することも人々は考えるようになっています。
つまり生産者と消費者に対する「狭義の価値」を良しとしていたのが20世紀で、それが21世紀に入ってから情報技術の進展やデジタルファブリケーションによって拡張し、現在では「利他的」であることが重視されるに至ったわけです。
今思い返すと私自身、経産省の研究会でも利他的という言葉をよく使っていました。利他的でありながらビジネスを回すことはあまり好まれる話ではなかったと思いますが、企業においてはCSR活動で留まっていた事業に変化が生まれているのは明らかです。
利他的であるということは、巡り巡って自分にメリットがあることを意味するともいえます。つまり他者-それが人間であれ、非人間であれーの存在を認識した上での協調的、循環的なビジネスモデルやファッションデザイン、それを可能にするテクノロジーの使い方などに関する新たな方向づけが求められています。それが今後考えていくべき課題ではないかと思います。
今回の特集では、個人的関心をもとに、ファッションデザインとテクノロジーに関わる様々なジャンルの方とお話をしたいと考えました。
次回となる第2回目には、9月に『サステナブル・ファッション:ありうるかもしれない未来』を一緒に出版したスペキュラティヴ・デザインラボラトリー「Synflux」の皆さんを迎えて、本書を踏まえたお話のほか、「情報の世界と現実の世界をまたがってファッションデザインを行うことはどういうことなのか」について議論できればと思います。
第3回目には現代アーティストでデザイナーの長谷川愛さんをお迎えして、ヨーロッパにおけるアートの動向から、彼女が現在高い関心を持っているLARP, Immersive Theatre, VRの可能性などについて議論をしたいと思います。
第4回目には、最近『スマート・イナフ・シティ』の翻訳を担当された中村健太郎さんと、バーチャル建築デザイナーの番匠カンナさんを迎えて、建築という観点から今回のテーマにつなげたいと思います。スマートシティや、情報環境を介した世界、そこにおけるデジタルファッションやアバターの意味などについてお話できればと思います。
第5回目には、「これからのファッションを考える研究会」を担当された経済産業省係長の井上彩花さんを迎えて、「ファッションの未来に関する報告書」を踏まえた経産省のこれから、そして井上さんが現在フランスに留学されていることから、現地におけるファッション業界の動向やポスト・ラグジュアリーのお話についても伺いたいと思っています。