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2023.04.19

スピーカーを身に纏う! 産総研が開発した革新的技術「ファブリックスピーカー」とは?

音響システムの進化は目覚ましい。ノイズキャンセリングイヤホンや骨伝導対応のイヤホン、サウンドバーの登場は、私たちにまったく新しい音楽体験を提供してくれた。もはや、これ以上の技術的進化はないのではないか。そんな思いすらよぎってしまう。

だが、安心してほしい。そんな疑念を払拭する新たなスピーカーがある。それが産業技術総合研究所(以下、産総研)の吉田学さんが研究を進めている「ファブリックスピーカー」だ。その名の通り、布から音が発せられるもので、SFのような世界が現実になりつつある。

今回、吉田学さんにこの「ファブリックスピーカー」の研究プロジェクトについて概要をお聞きした。

PROFILE|プロフィール
吉田学
吉田学

1999/4-2001/3(財)科学技術振興事業団 戦略的基礎研究推進事業(CREST)特別研究員 

2001/4-2009/9 (独)産業技術総合研究所 光技術研究部門 入所 任期付研究員

2009/9-2012/6 (独)産業技術総合研究所 フレキシブルエレクトロニクス研究センター 主任研究員

2012/7-2013/6 (独)新エネルギー・産業技術研究開発機構(NEDO) 電子・材料・ナノテクノロジー部 主任研究員

2013/7-現在 現職

2017/10-現在 埼玉大学大学院 連携教授 兼任

センシング研究から新たなスピーカーの模索へ

産総研とは、どのような研究機関ですか。

産総研は、日本に3つしかない特定国立研究開発法人のひとつです。本部である東京、つくばに加え、全国12ヶ所に研究拠点を配置しています。 産業界との共同研究や民間企業、大学、公的機関との連携に力を入れていることが特徴ですね。

研究分野としては大きく7つありまして、約2,200人の研究者が在籍しています。私が所属しているのは、「エレクトロニクス・製造」という領域の「センシングシステム研究センター」になります。

意外かと思われるかもしれませんが、産総研は技術転移のベンチャーを積極的に進めている研究機関でもあります。最近では産総研が出資して、AIST Solutionsという社会実装をすすめるための外部法人が立ち上がりました。

「ファブリックスピーカー」の研究の始まりには、どういった背景があったのでしょうか。

社会的にいえば、スマートウォッチに代表されるような、日常生活における生体情報の計測ニーズが高まっていたことが挙げられます。

具体的に、センシングが必要となる場面を考えてみましょう。たとえば、センシングによってある人が熱中症や疾患で危険な状態であることがわかったとします。すると次に必要なことは、その状況を周りの人に伝える手段になります。スマートフォンに通知されるのも良いのですが、ここは単純に音を発するほうが容易で、そのほうが多くの人に気づいてもらえます。

ここで重要なのが、センシングから周知に至るまで、新たなデバイスを要さないということです。つまり「普段着用している服から音が出る」ことが、もっとも合理的で望ましい手段ということになります。

当時の私は、フィルムを使ったセンサーの研究をしていました。フィルムは屈曲性に強く、伸縮性に弱いという特徴があります。人の身体は曲面ですが、フィルムを衣服に適用させようとすると、通気性が悪く、伸縮性がないためフィット感も失われてしまいます。そこで、銀メッキ短繊維を用いた高伸縮性の布による電気配線・電極の研究を始めるに至りました。

提供:産業技術総合研究所
提供:産業技術総合研究所
「ファブリックスピーカー」は、どのような構造になっているのでしょうか。

構造自体は非常にシンプルで、布と布の間に薄く柔軟なフィルムと銀メッキ短繊維の伸びる電極を挟むことで、静電スピーカーを実現しています。布ですから、服や寝具などの製品の一部に使うことができます。そのうえ、伸び縮みしても音が変わらないという特徴があります。

形状からして、すでに一般的なスピーカーとは大きく異なるわけですが、耐久性という点においても一線を画します。たとえば、ハンマーでこのスピーカーを叩いたとしても壊れることはありませんし、音が途切れることもありません。

布から音が出ることだけでも不思議な体験になりますが、実際の音量や音質などはいかがでしょう。

研究を始めたときは、蚊が飛んでいるくらいの微音しか鳴らなかったのですが、現在はかなりの音量を出すことができます。音圧計測をしますと110db、つまり自動車の警笛くらいの音は出ますので、一般的なスピーカーと比較しても何ら変わりはないと思います。

音質としては、かなり高音域が強いスピーカーといえます。いろいろな方に試聴していただくと「もう少し低音が欲しい」という声が多く、少しずつ改善を施しているところです。とはいえ、オーディオマニアの方にしてみれば、まだまだと思われるかもしれません。

使う布のやわらかさや面積によって、特性が変わることも特徴のひとつです。平面で使用すると、正面からの音が良く聞こえる指向性を持っていますが、いずれは単一指向性のように、布を向けた人だけに音が届けられるようになるかもしれません。

ファブリックスピーカー実例――暖簾
今回の研究にあたって、企業や大学ではなく、産総研だからこそできたメリットなどはありますか。

一般的に国家プロジェクトというものは、事業化を目指した研究開発が多く、企業様と一緒に行うレベルのものが多いです。ところが、産総研は内部予算を用いて、次のプロジェクトの芽になるような基礎研究をさせてくれるのです。

今回のように、最初はまったく音が鳴らないような研究ですと、国家プロジェクトの課題として取り上げることは難しいのですが、そんな小さな芽でも摘み取らず、ちゃんと育てる機会を与えてくれるというのは、この研究所の良いところだと思います。

実際に、「ファブリックスピーカー」を体験できる場は増えていくのでしょうか。

現在TEPIA先端技術館に展示しておりまして、おかげさまで多くの問い合わせをいただいております。そこで体験できる「ファブリックスピーカー」は、音質としては未熟なものになりますので、改良したものを体験できる場を提供していくつもりです。

産総研自体が定期的に展示会を開催していますので、ぜひチェックしてみてください。また、私自身がベンチャーである株式会社センシアテクノロジーを立ち上げていますので、そちらでも売り込みをしようと考えています。

他にも、もう少しアミューズメント寄りの展示会などにも目を向けていくつもりです。音楽好きの方が集まるような場所に産総研が入り込んでいくことはまだ少ないので、新しい領野を切り拓いていきたいですね。

現在、このプロジェクトはどれくらい進んでいますか。

音質面に力を入れてきましたので、70点くらいは取れると思っています。ところが、商品化という点では、まだ大きな展開ができていません。量産することを考えていろいろな企業さんと商談をしているのですが、試作・製品化コストを試算してみるとかなりの資金が必要ですし、製品としての安全性もクリアしていかなければなりません。

ですから、いまは少しずつ認知度を広め、お金を集めていく段階かと思います。それを産総研で行うというよりは、ベンチャーの方で進めていくつもりです。すみ分けとしては、産総研では研究・開発を推し進め、特許の取得までを遂行し、売り込みの段階になりましたらベンチャーで対応するといったところでしょうか。

圧倒的な没入感を目指して

今後の展望をお聞かせください。

まずはいま寄せられている要望に合わせて、布の柔らかさや音質のコントロールなどを研究していくつもりです。国が主体で行うというよりは、本当にニーズのある企業様と一緒に共同研究することが理想だと思います。

特に音を扱う企業様は、それなりの音が出ないと見向きもしません。そこを納得させるレベルに高めることができれば、商品化に向けて拍車がかかるはずです。

商品化に向けて、想定されている使い方などはありますか。

「ファブリックスピーカー」を部屋の壁に貼り付ければ、まさにライブ会場のような臨場感を生み出すことができます。そのメリットを生かせるのは、VRかなと思います。

イヤホンやヘッドホンでは、耳に装着している以上、多少なりとも違和感を覚えて没入感を損ねてしまいます。ですが、「ファブリックスピーカー」であれば、自分のいる部屋そのものを音で埋め尽くすことができるので、よりVR空間が臨場感ある体験となるはずです。

実際の私の活用例をお伝えすると、「ファブリックスピーカー」を掛け布団にするというものです。笑い話ですが、川の流れる音を出しながら寝ると、溺れる夢を見ることができます。それくらいリアルな音で聞こえるので、海の波音などを流せば本当に砂浜にいる感覚になります。

商品化された際は、ぜひ皆さんそれぞれの使いみちで楽しんでほしいと思います。

ヘッダーキャプション:産業技術総合研究所提供

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