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2021.06.16

生き物と共創するファッション:蚕の平面吐糸を活用した造形の探究

ファッションをめぐる素材開発は目覚ましい進化を遂げ、様々な新素材も登場しているが、その一方で、伝統的な素材の生産方法にアプローチするような研究も存在する。

今回、取材した九州大学大学院の池永照美さんは、世界中で古くから人間の生活に根付いていた蚕糸をめぐる研究に取り組んでいる。蚕に繭を作らせない平面吐糸、セルロースと組み合わせた新たな素材開発など、伝統的な養蚕の形とは異なる多様なアプローチについてお聞きしました。

PROFILE|プロフィール
池永 照美/Ikenaga Terumi
池永 照美/Ikenaga Terumi

シルクリサーチャー。修士(文学)。19世紀のフランス文学Madame Chrysanthème, Japoneries d'Automne, Pierre Lotiを服飾描写から読み解く中で、当時の日本とリヨンの絹を通した文化交流に、シルクの可能性を感じる。地元の伝統的工芸品、博多織の作り手と携わる中で、素材の大切さを実感し、現在は、九州大学大学院生物資源環境科学府家蚕遺伝子資源学分野博士後期課程に在籍する。800を有する蚕の系統の中から原種を中心にシルクの特性、個性を調査中。

繭を作らない「平面吐糸」

まず、蚕が繭を作らずに平面に糸を吐く「平面吐糸」をめぐる研究についてお聞きしていきます。これは蚕の研究全般で定番のアプローチなのか、研究の背景や文脈を教えてください。

蚕が平面吐糸をするというのは、蚕に携わる人であればご存じの方が多いと思います。たとえば科学館や博物館で、団扇の枠に蚕に糸を吐かせるようなワークショップをするところもあるので。また、大学や研究者が平面吐糸をしてみることもあります。

ただ実際には、いわゆる衣服用のシルクを作る時には、養蚕農家さんはいい繭をたくさん作り、たくさん売りたいので、平面吐糸をさせようとしません。産業として蚕を育てている方たちは絹糸にする繭を作りたいので、蚕によい繭をたくさん作ってもらいたいと思っているのではないかと思います。

平面吐糸のメリット、デメリットは何なのでしょうか?

蚕は糸を吐くと基本的には蛹になることができます。蚕の中にシルクの元となるものが詰まっているのですが、それは蚕にとっていわゆる排泄物となるので出さなければなりません。繭の中に籠っても、籠もらなくても、シルクタンパクを出すことができれば蛹になることができます。

繭にしてしまうと、糸にする段階で繭の中にいる蛹を殺してしまわないといけないですが、平面吐糸の場合は裸のまま蛹になっていくので殺す必要はない。また、繭から糸を繰り、抱合し、撚りをかけ、染色する工程はすごく時間もエネルギーも使いますが、平面吐糸にすると蚕が紡績してくれて不織布ができるので、糸にして織るという加工が省かれるのが利点です。

ただ、蚕の生物的特性として繭を作り中に籠もって蛹になる習性があるため、なんとか繭をつくれないかと這い回り、動き回ります。それを人の手で環境をデザインして繭を作らせないようにするのが難しいという課題があります。

実験場所:九州大学芸術工学部バイオ・フードラボ
実験場所:九州大学芸術工学部バイオ・フードラボ
池永さんが平面吐糸の研究に取り組んでいるのは、どういったモチベーションからですか?

蚕は繭を作るものと思っていたので、平面上にも糸を吐くというのが面白いなと思っています。蚕が糸を吐く仕組みは、3Dプリンターと似ています。シルクのもとになるものは蚕の体の中にあるときには液体の状態であるのですが、糸を吐くことで繊維化され、糸ができていく。3Dプリンターも液体を出し、それが固まって立体物ができていく。仕組みとして同じで、平面吐糸で色々なことができそうだなと思ったのが取り組み始めたきっかけです。

中国、朝鮮、スペイン、青森県など各地に在来していた蚕の繭[繭の提供元:NBRP(ナショナルバイオリソースプロジェクト)]
中国、朝鮮、スペイン、青森県など各地に在来していた蚕の繭[繭の提供元:NBRP(ナショナルバイオリソースプロジェクト)]

平面吐糸は本来の自分のメインとなる研究テーマではなく、メインの研究は世界各地で飼育されてきた蚕が作る繭糸の特性、例えば、しなやかさや柔らかさ、色、繊度といったものを調べています。九州大学には約800系統の蚕がいて、様々な蚕がいるなかで、繭を糸にしたときに系統別にどんな特徴があるかを明らかにしたいと思っています。今までは、病気になりにくい蚕、繭を卸す時に重量が増すよう、太くて大きな繭をつくる蚕、繭を糸にする際に繰糸作業がしやすい蚕といった、養蚕農家の立場や糸を加工する際の作業効率を重視した蚕が、品種改良などを経て飼育されてきました。自身が調査している繭糸は、原種に近く、人のための繭ではなく虫が作る繭に近いため、糸長が短かったり、糸繰作業は時間はかかります。ですが、それぞれの蚕の個性が原石となって光っています。繭糸の個性を活かすと、独特の風合いの生地ができるのではないかと思います。

ナノセルロースと掛け合わせた造形

さらに、シルクとナノセルロースとシルクフィラメントを掛け合わせた融合素材についてご研究されているとのことですが、これはどのような研究なのでしょうか?

ナノセルロースとは、竹などの細胞壁の主成分であるセルロース繊維をナノレベルにまで微細に解きほぐしたもの(セルロースナノファイバー)で、強度は鋼鉄の5倍、重量は鋼鉄の1/5などの特性があります。工業製品、化粧品、食品など様々な分野で活用が期待されている素材です。

ナノセルロースに関わり始めたのは、九州大学大学院芸術工学研究院と農学研究院の連携プロジェクト「ナノセルロースの再発見 − 器のあり方」で、ナノセルロース特有の性能をシルクに融合することで新たな可能性を探れるのではないかと思ったからです。ナノセルロースは竹や木をナノレベルまでに微細に解きほぐしたものを水に分散させて利用することが多いです。このプロジェクトで器を作る際、型にナノセルロースをつけて乾燥させて水分を飛ばす方法を用いていました。そうすると、乾燥時に水分が飛び、その分だけ収縮するので、思ったように造形できていませんでした。

そこで、たとえば器の型に蚕に糸を張ってもらい、それが枠や軸となれば収縮が抑えられるのではないかと思い、研究を始めました。

では実際には、どのように融合素材を作っているのでしょうか?

加工の仕方は、蚕が吐いた不織布にナノセルロースを0.1%に稀釈して吹きかけて乾燥させるだけです。ナノセルロースはもともとプラスチックの代わりとなるものなので希釈具合によっては硬い固形物となりますが、シルクが間に入ると紙でもプラスチックでもない、紙と皮とシルクの間のような素材になります。

平面吐糸によるシルクだけでは、ふわふわした不織布なので脆くほつれ、ぼさぼさするのですが、セルロースで固着させると繊維と繊維の間で膜のようになるため、ほつれなくなります。

九州大学大学院農学研究院の近藤哲男教授の開発した手法で得られる独特のナノセルロースは両親媒性という性質を持ち、水を吸収しやすくなることもあれば、水を弾くような撥水性を持つこともあります。今の段階では操作はできませんが、この研究をされている方によると、たとえば、霧吹きで1回吹きかけたら水を弾き、もう1回吹きかけると水を吸収する性質があったそうで、もしかすると将来的には撥水性をコントロールできるかもしれません。

ファッションデザインへの応用

こういった素材や技法は、どのような活用、普及が期待されているのでしょうか?

それこそが、デザイナーの方の力が必要なところです。私は素材そのもの、素材を調べたり作る部分に興味がありますが、それをどう使っていくかというところまでは、あまり考えていません。素材が面白いから素材を知ることに専念しています。

何かしら自分たちの研究を社会に送り出すときには、デザイナーの方にどのように使えるのかという発想をいただかないと難しいと思っています。

コスチュームデザイナーであるARAKI SHIROさんとのコラボレーションをしていましたが、どのような経緯でコラボレーションに至ったのでしょうか?

福岡で開催されたARAKIさんの個展へ伺った際に、素材を大事にした服がたくさんあるのを拝見しました。そこで蚕の糸でコスチュームを作りたいという話になったのがきっかけです。私も素材の良さを活かしてくれる方に使って欲しいという想いもあり、お互いに何か作れたらいいねという話になりました。

ARAKIさんの作り方はマネキンに素材を当てて造形していくようなもので、型紙を用いるような作り方は全くしていません。この素材が面白そうだから使ってみようとマネキンに当ててみて、ここに置いてみたらラインが美しいと、素材を活かし、美しく造形をするやり方をされています。

福岡市美術館で開催されたFUKUOKA ASIA DESIGNERS SHOW(FADS) 2020  でのARAKI SHIROのファッションショー
福岡市美術館で開催されたFUKUOKA ASIA DESIGNERS SHOW(FADS) 2020 でのARAKI SHIROのファッションショー
実際の創作はどのように行われたのですか?

ARAKIさんは元々、自分で全く縫製をせずに蚕にすべて作ってもらう、たとえばマネキン上にたくさん蚕を置いて、吐いた糸が衣装になるようなものが理想としていたのですが、それは難しくて。やっぱりマネキンのどこかしらで繭になってしまうので、自分たちがマネキンに何か細工をしないといけません。

そこで、どのように吐糸環境を設定したら繭にならずに糸を吐いてくれるかを、パーツレベルで検証しました。そして、これくらいのカーブなら繭になるといったように実験を進め、まずは平面から色々試していったところ、平面だけでも丸とか三角、四角といった図形の違いで、蚕の糸を吐くパターンにも違いがあることがわかりました。そこから平面上の様々な形のパーツを作る試みに切り替えていきました。

理論上は立体でも可能となるのでしょうか?

筑波大学の落合陽一さんの研究室で、蚕の吐糸でうさぎを造形する論文があります。繭にならないようにカーブ状の土台を細かく分割し、パーツに分けて蚕に吐いてもらって立体としていました。

やはり、ある程度カーブがあると繭になってしまうので、「あぁ、繭になってる」ということが多々あります。蚕が繭をつくる時、足場を作るのですが、平面吐糸の場合も足場をつくり、繭を作ってしまいます。そこを先ほどの落合さんの研究のように、コンピューターで細くデザインできたら可能性は広がるかもしれません。

感覚で伝える/伝わること

池永さんが蚕そのものの研究から新たな素材の探究に挑んだ理由は何なのでしょうか?

自分のいる研究分野では成果を発表するときは論文の形式になってしまい、そこでは繭を糸にした際の長さや細さといったように、しなやかさや感触というものを数値で示す必要があります。

でも、実物に触れて、目で見てもらわないと伝わらないと思います。そこで数値とは異なる別の方法で伝えられないかと考えたときに、素材そのものを実際のもの(プロダクト)として打ち出すことがアプローチの一つだと思ったからです。

もともとフランス文学を学んでいたということもあって、数値に還元できない部分を大切にしていらっしゃるんですね。

個人的にはこれまでに取り組んでいることはあまり変わってはいない気がしています。小説のなかに出てくる服飾表現から登場人物心情を読み取る、ことばから素材を想像していたところから、見るレイヤーがだんだん深くなっていき、19世紀のフランスのシルクのドレスや当時フランスへ渡った日本のシルクの着物自体について調べるようになりました。シルクのドレスや着物を纏うことが、登場人物の心情に影響を与えている。シルクに触れてみることで、素材が身体に与える影響が見えてくる、衣服素材の実物に焦点がシフトしていきました。実際、シルクそのものに触れるようになってから、シルクといっても様々で、身体を通して伝わる素材の感覚は重要だと感じています。その感覚的な部分は、数値で示すことである程度の共通認識を大多数の人にもたらしますが、それぞれ感性は異なりますし、自分自身、ことばでつかみとれていないですし、感覚は瞬間的な知覚でもあるので、一つでも感覚的なものにアクセスできるなら、その手法でシルクの良さを探って、伝えていきたいです。

生き物との共創

今後、挑戦してみたいものがあれば是非教えてください。

服の素材産出から加工までを生き物と一緒に行い、衣服を作りたいです。今まではデザイナーの方が服をデザインする時、デザイナーの世界観ありきだったと思います。今後は自分の世界観を、自分のデザインを表現する場のための衣服を超えて、周りの生物のことにイマジネーションを馳せ、コントロールできない周囲の環境を許容するファッションを作っていきたいと思っています。

企業にとっても効率や必要性を求めると、化学繊維や低コストのものを優先させると思います。でも、自分が生き物と、蚕と携わり、自分の身体を通して蚕が作る素材に触れたときに、やっぱり同じ生き物としての繋がりを感じ、感覚とか感性に訴えかけるものがあります。化学繊維にもならではの良さがあるけれど、感性にアクセスする瞬間が奪われてしまっているように感じます。身体を通してきれいだな、不思議だなと思える素材を作れるのが天然繊維の良さです。

デザイナーの方が自分の世界観を表現するためには、スパンコールとかビーズとか扱いやすい素材を使った方が良い場合もあるかもしれませんが、自分の意図通りの表現はできないかもしれないけれど、生き物の作るデザイン、美しい素材に委ねてもらって一緒に作ることはできないかなと思っています。

ARAKIさんとのコラボレーションでは、蚕が吐く糸のパターンを見てくれて、そのパターンが見えるように配置してくれました。またシルクは、軽くてきらきらした光沢があるので、それが活きるようにこだわってくれました。でも何度縫い付けても、次の日になったら取れてしまうと聞きました。湿度の関係もあると思いますが、シルクは呼吸しているので、取れてしまったのかもしれません。それでも一箇所しか留めずにシルクの良さを活かすやり方をとってくれたので、多分すごく悪戦苦闘されたと思うんですけども、そこを譲って便利ではない、不都合ではあるけれど、生物らしさの良さを受け入れてくれたことに感謝しています。

やはり服にする、ファッションに持ち込むというところにフォーカスしているのでしょうか?

ファッション産業が環境に与える影響はすごく大きいです。生き物に携わると、環境問題はとても身近な問題です。特に、小さな虫たちが受ける影響は大きい。そこを自分が研究しているシルクを使って解決できるのであれば、挑戦したいです。

動物との共創による衣服づくりは、素材以外に可能性はあるのでしょうか?

今後やっていきたいこととして、縫製を人ではなく蟻にしてもらおうと考えています。木の上に巣を作るクロトゲアリという蟻がいて、蟻も幼虫から成虫になるときに蛹になるのですが、蛹になるときには蚕と同じで糸を吐いて繭を作ります。クロトゲアリは、その幼虫が吐く糸を自分たちの巣作りに使います。葉と葉をくっつけるために、成虫が幼虫を口に咥えて糸を出させながらコロニーを作ります。

なので、前回はシルクのパーツをARAKIさんに縫ってもらいましたが、次は縫製をクロトゲアリに頼みたいと思っています。素材を生み出す段階、素材を生地にするまでは蚕が不織布を作り、不織布になった段階でそのパーツをクロトゲアリに渡し、クロトゲアリに縫製してもらう。

ハキリアリという蟻を専門に研究されている九州大学持続可能な社会のための決断科学センター村上貴弘先生と実験を進めていますが、思ったようなところを縫製してもらえるかは全く分かりません。蟻は化学物質でコミュニケーションを取るので、縫ってほしいところにその匂いつけたり、シルクの素材のデザインの仕方を変えたりしながら上手く縫製できないかを調べています。私たちが誕生する遥か昔の今から約1億5千万年前に誕生し、生物の大量絶滅を一度は潜り抜けた蟻によって永遠に縫製可能なシステムができるかもしれません。重量で比較した場合、地球上の全人類の重さに匹敵するまで個体数を増やしてきた蟻のコロニー形成のアルゴリズムで効率よく縫製できる可能性もあります。蚕が糸吐く環境、蟻が縫製する環境は人がデザインして、人間と蟻と蚕で一緒に、生地を作るところから、コスチュームが縫われるまで、石油エネルギーに依存せずに生物のエネルギーで製作できないかと取り組んでいます。

生物に委ねることで、思わぬデザインが生み出されます。「ここ縫製する?」とか「ここに巣作っちゃった」とか、周りの環境をコントロールするのではなく、変化する環境にリアクションし、一瞬一瞬を生きる行動力には驚かされます。

また、現在、九州大学大学院芸術工学研究院の伊藤浩史研究室、森本有紀研究室とカイコの吐糸行動の解析にも取り組んでいます。カイコの吐糸行動には生物に共通するシンプルなパターンが潜んでいる気がしていて、吐糸行動をトラッキングし、可視化することでパターニングできるのではないかと考えています。吐糸行動のパターンが見えてくると、より蚕に適した平面吐糸の環境構築ができてくるのではないかと思います。

これまで行ってきた取り組みは、蚕がつくる糸から拡張したものです。蚕糸を通して、周囲の環境、生物、自然、人との関係性が広がりました。私は何かに取り組む時、そこに蚕糸がどのように関われるかいつも考ている気がします。困難や問題が生じても、蚕糸を通して築いた関係性で供に考えていきたいです。

#Bio Fashion
#Sustainability
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