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井手上 漠、ジェンダーの境界線を軽やかに超える“自己表現”としてのファッション

2025.08.11
ジェンダーレスモデルの井手上漠さんは、性別の枠にとらわれない新しい「美しさ」と「自分らしさ」を体現する存在として、多くの人々に影響を与えている。井手上さんにとって、ファッションやメイクは単に外見を飾るものではなく、内なる自己を表現し、他者とコミュニケーションをとる手段のひとつだという。
今、井手上さんが胸を張ってファッションやメイクを楽しめているのはなぜなのか。その背景に迫る。

PROFILE

井手上 漠(いでがみ ばく)

2003 年生まれ。第 31 回ジュノン・スーパーボーイ・コンテストにて DD セルフプロデュース賞を受賞。2019 年「行列のできる法律相談所」への出演、サカナクションのミュージックビデオ「モス」に出演。同年「第36回ベストジーニスト2019」次世代部門賞を受賞し、2020・2021年と「マイナビ東京ガールズコレクション」に立て続けに出場。2021年4月にフォトエッセイ『normal?』を発売。同年10月よりNTV「超無敵クラス」にレギュラー出演、文化放送にて「井手上漠 ベルガモットナイト」もスタートした。2022年には自身がプロデュースするジェンダーレスファッションブランド「BAAKU」を発表。アパレルのみならず、国際メイクアップアーティスト検定1級を取得し、YouTubeチャンネルではメイクテクニックや美容に関する事を発信。2024年にはTHE BEAUTY WEEK AWARD 2024「THE BEST OF BEAUTY」受賞、2025年には美容本「自信がつく美容、美容でつく自信」を出版した。

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写真:©EISUKE

世界を知って自己表現の幅が広がった

井手上さんは、幼い頃からファッションが身近にあったそうだ。
「母が服にこだわりを持っており、服の色や柄を揃えるなど、シミラールックを家族で楽しんでいました。幼少の頃は、提案されたものを着ることが多かったです。自分から初めて『これを着たい』と言ったのは、小学校4年生のときでした」
そのとき着てみたいと思ったのは、スカートだった。フリフリのスカートをはいているテレビアニメ『プリキュア』の衣装に憧れたり、おままごとで人形にスカートを着せたりするなかで興味を持ち、「自分もはいてみたい」と思うようになったという。
しかし、当初は思うように楽しめなかった。学校やテレビ、洋服店など、身の回りの環境を見ると、“スカート=女性が着るもの”が一般的だったからだ。
「当時はその既成概念が、自分にも強く刷り込まれていた」と井手上さんは振り返る。その意識が揺らいだのは、中学生になって自らファッションの世界を学び始めたのがきっかけだった。
16歳の井手上さん
「中学生になり、インターネットで世界中のファッションを目にするようになりました。なかには男性がスカートをはいている国もあり、日本の常識がすべてではないことに気付きました。
特に衝撃を受けたのは、ランウェイを歩くモデルさんの姿でした。その方は性別が判別できないような中性的な身のこなしをしており、何となく違和感を覚えた一方で、すごくかっこよく見えたのです。そのとき、『私はこういう生き方がしたい』と強く思うようになりました」
刷り込まれていた既成概念を軽やかに超えていく――その美しさとの出会いが、井手上さんの“自己表現”の原点となった。

母親からもらう愛情が、自分を信じる強さに

理想を追い求める道は平坦ではなかった。井手上さんの地元は自然に囲まれた小さな離島で、おしゃれをすると浮いてしまうような環境だったからだ。好きなファッションを気兼ねなく楽しめるようになるまでには、周りの目との葛藤が常にあった。
「中学2年生のときに、母親と深く話し合う機会がありました。それまでの私は、ファッションだけでなく、髪型や性別、性格など、すべてを否定されていると思って生きてきました。そのときに母は『漠は漠のままでいい』と言ってくれて。その言葉には、今でも救われています」
その話し合いをきっかけに、井手上さんはより自分自身と向き合うようになる。ファッションはもちろんだが、以前から興味を持っていた美容にも没頭。好きなことを好きなだけ楽しめるようになった。
井手上さんは、「母は厳しい人でしたが、私にとっては愛のある厳しさで、とても信頼できる人」と教えてくれた。日々のルーティンを大切にすることを教えてくれたり、毎月何らかの言葉をプレゼントしてくれたりと、行動の端々に愛情を感じていたという。その揺るぎない愛情こそが、井手上さんの中に「自分を信じる強さ」を育んでくれたのだ。

ファッションと美容で生まれる「自信」

井手上さんにとって、ファッションとは表現をする手段のひとつである。以前は自分が着たいものを着るスタイルだったそうだが、現在は「会う人に合わせてその日の服装を決める」という。
「私の中でファッションは、人とのコミュニケーション方法のひとつです。相手の好みに合わせて選べるセンスが、私の強みでもあると思っています」
その表現をより深く彩るのが「美容」の存在である。井手上さんは今年、『自信がつく美容、美容でつく自信』という美容本を出版した。その理由について聞くと、「私の人生において美容が自信をくれたし、自信が美容につながった」と熱い思いを明かしてくれた。
今年、初の美容本『自信がつく美容、美容でつく自信』を出版
「私は『美容の力で外見を美しくすることによって、心がより豊かできれいになる』と考えています。
幼い頃から美容が好きだったにもかかわらず、周りの目を気にしてなかなか踏み出せない時期がありました。自身を醜いとさえ感じていた頃は、他者への否定的な感情や心の壁を自らつくっていたように思います。
しかし、美容にのめり込むようになってから、その感情は徐々に解消されていきました。美容が私を救ってくれたのです」
その言葉からは、美容には“外見を装うもの”以上の価値があることが伝わってくる。メイクアップは、井手上さんにとって自己表現の最たるものだ。
テーマは小悪魔メイク。井手上さんは国際メイクアップアーティスト検定1級を取得しており、メイクは自身で行うことが多いという。
ファッションは相手に合わせる一方で、メイクは自分自身のやりたいようにやるという。メイクには、前日に見た映画や会った人など、自身の感情やインスピレーションが色濃く反映される。他者の美しいメイクや表情からヒントを得て、「どうすれば自分の素材でそれを再現できるか」を常に考えているそうだ。
「メイクやファッションをきちんとしていると、気持ちがとても引き締まります。座り方や話し方にも自然とそれが反映されて、背筋を伸ばして座ったり、所作に気を付けたりできるのです」
美容とファッションは、その人の内面と深く連動する――『自信がつく美容、美容でつく自信』は、そんな井手上さんの思いを存分に知ることができる一冊だ。
カジュアルメイクの日。メイクはその日の表現したいイメージに合わせるため、日々変わるという。
井手上さんは、「美容には損がない」と力強く語る。第一印象が重要視される現代において、眉毛の形やアイメイクひとつで、相手に与える印象は大きく変わるからだ。
「美容は『自分をどう見せるか』を表現する上で役立つ強力な手段です。ハードルが高く感じる人もいるかもしれませんが、実はとても簡単にできます。そのことを、多くの人に知ってほしいのです。
もし、『人生を変えたい』『ちょっと違う道を歩んでみたい』と思っているなら、その手段のひとつとして美容を選んでくれるとうれしいです」
今後は、「美容関連のアイテムを自分で生み出すことにも挑戦したい」と意欲を見せる。
自分を知り、表現すること。それは誰もが持っている「変わる力」なのかもしれない。井手上さんの言葉と生き方は、これからも私たちに、自分らしく生きる勇気を与えてくれるはずだ。

Text by 奥山 りか

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