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国井栄之のKICKS OF THE WEEK

30周年で初期プロトタイプ仕様にアップデート「NIKE(ナイキ)」の「AIR MAX 95 “BIG BUBBLE”(エアマックス95 “ビッグバブル”)」

2026.02.25
「ミタスニーカーズ」のディレクターである国井栄之さんが、毎週、独自の視点で気になるスニーカーをピックアップして率直な主観で語る動画「国井栄之のKICKS OF THE WEEK」との連動企画。
第14回は、日本でのハイテクスニーカーの牽引役となった「NIKE(ナイキ)」の「AIR MAX 95(エアマックス95)」から、初期プロトタイプに採用されていた“BIG BUBBLE(ビッグバブル)”を紹介。今回、このモデルにまつわる思い出やその魅力について国井さん本人に聞いた。

国井さんにとっても「AIR MAX 95」は思い出深い一足

「NIKE」の「AIR MAX 95」といえば、日本のハイテクスニーカーブームを作り出した伝説的モデル。今回のモデルは初期のプロトタイプにあった一回り大きなエアバッグが搭載された“BIG BUBBLE”仕様だ。歴史に残る傑作について、国井さんはどんな思い出を語ってくれるのか、詳しく聞いてみた。
「このモデルが発売される1995年当時は、僕はまだ『ミタスニーカーズ』にも入る前で、レーサーを志していた時期でした。普通にトレーニング用のシューズとして『AIR MAX 95』に足を入れたのが最初です。
爆発的なヒットを記録し、社会現象を巻き起こした1995年発表の「AIR MAX 95」。誕生30周年を記念して蘇る“BIG BUBBLE”仕様の復刻モデル。各24,200円(税込)
実は人気があったネオン、通称“イエローグラデーション”はトレーニング用の1足の他にもう1足持っていました。当時、原宿を歩いていたときにスポーツ用品のセレクトショップである『オッシュマンズ』の前に人だかりができていて、なんだろうと思って行ってみたら『AIR MAX 95』が再入荷ということで、運良くもう1足購入できてしまった思い出があります」
そんな思い出を語ってくれた国井さんだが、「ミタスニーカーズ」に入ると同モデルのコラボを担当することになったそう。当時は主な情報源が雑誌しかなかったそうだが、その頃の思い出をこう語ってくれた。
「当時は雑誌『Boon(ブーン)』の情報が濃くて、食い入るように読み漁っていました。『ミタスニーカーズ』に入ってだいぶ経ってから『AIR MAX 95』をいじらせてもらえる機会があればやりたいと思っていたモデルがあります。それが当時『Boon』に掲載されていたこのモデルのデザイナーであるセルジオ・ロザーノ氏の小さなインタビュー記事の写真に写っていた、シュータンが真っ黒になったプロトタイプの一足だったんです。
シュータンが黒仕様になった「ナイキ」と「ミタスニーカーズ」共同企画の通称”プロトタイプ”。国井さんが仕掛けた本作は海外でも話題となった(参考商品)
海外の雑誌のインタビューで、『ナイキ』と『ミタスニーカーズ』の共同企画に関して何がプロトタイプなのかという質問を受けたときに、雑誌『Boon』を見せながら、ここに掲載されたシュータンが黒になっているものがプロトタイプで、それを踏襲する形で世に送り出したんだ、という話をしたら、海外からも理解され、これはヤバいモデルだと話題になった思い出があります」
雑誌の隅々まで読んでいた国井さんの知識やその発想力が、海外にも認められた瞬間だったのだ。

セルジオ・ロザーノ氏からの意外な一言

「ミタスニーカーズ」で最初に作った「AIR MAX 95」の共同企画に対して、まだまだ思い出があるという国井さん。その思い出をこう続けてくれた。
「『AIR MAX 95』の20周年のタイミングで、セルジオ・ロザーノ氏と対談させてもらう機会がありました。
そこで、以前に『ミタスニーカーズ』として作った黒いシュータンの『AIR MAX 95』に関して、インタビューがまわっていないタイミングで聞くチャンスがあったのです。
シュータン部分の“airmax”のロゴがグラデーションになっているのも洒落ている
元々、セルジオ・ロザーノ氏は黒のシュータンが作りたくてその案を出したのですが、当時、『NIKE』のプロダクトチームとセールスチームの間で、こうじゃないと売れないというディスカッションがあって、その結果シュータンは白の方が売れるという判断から、色を変えられてしまったという事実を聞きました。
そこで彼からは、「本当に自分がやりたかったことを形にしてくれてありがとう」と言っていただきました。
今回のモデルの最大の特徴でもある“BIG BUBBLE”。初期プロトタイプで採用されたマニアにはたまらないディテールだ
自分としては、本当は白のシュータンが完成形で黒のシュータンはあくまでプランBだと思っていたので、勝手にやってしまったという思いが強かったこともあり、その感謝の言葉を聞いて報われたし、すごくテンションが上がった思い出があります」
デザインした張本人であるセルジオ・ロザーノ氏からも認められるその国井さんのセンスが、本物であることを証明したエピソードである。

発売当時、イエローグラデは不人気だった!?

「AIR MAX 95」に関してはさまざまなエピソードがあるものの、リリース当時はあまり人気がなかったという話もある。そこに関しても国井さんはこう語ってくれた。
「当時のバイヤーさんからは画期的だし好評だったものの、フューチャーオーダーの段階ではあくまで慎重なオーダーにとどめていた。それでも実際には売れていたという話を業界の諸先輩たちから聞きました。ずっとスニーカーを見てきたバイヤーや身内が良いと思ったものがシーンに浸透するまでにタイムラグが生じる現象は、現代でも起こりうると思います。
また、当時売れるスニーカーの条件として絶対的に挙げられたのが“白ソール”だった時代でした。
当時はサイドステッチの仕様に“シングルステッチ”と“ダブルステッチ”が存在し、“シングルステッチ”が初期のディテールと思われたが、初期ロットに“ダブルステッチ”が含まれていることも確認されていて、真相は藪の中となった
黒ソールというとコンフォートシューズや革靴というイメージが強いので、イエローグラデーションはそういう意味でも前衛的なカラー配置でした。
それが今では逆に、“トリプルブラック”と言われるアッパーもソールも全て黒というモデルが大人気だったりするので、その辺の価値観がアップデートされているのは面白いなと思います」
現代では人気のあるトリプルブラック。当時は黒ソールというと売れないスニーカーの代名詞だったのだ
最後に国井さんは今回の「AIR MAX 95 “BIG BUBBLE”」に関してこう話してくれた。
「今回のモデルはモデル名どおり、エアバッグが大きくなったり、カラーがシックになったりと語るべきディテールポイントはたくさんあります。ただ個人的にはこの2026年に、30年以上前に出たモデルを現代の若者がどう履きこなすのかは興味がありますね」
40代以上の世代には伝説のモデルだった「AIR MAX 95」。国井さんが語るように、現代の価値観を持った人たちがどのような評価をして、どのように履きこなしていくか、今後も見届けていきたいと思う。

PROFILE

国井 栄之(くにい しげゆき)

mita sneakers ディレクター

東京の下町である上野から世界へ向けて独自のスニーカースタイルを提案するmita sneakersでディレクターを務める。数多くのブランドとのコラボモデルや別注モデルを手掛け、その手腕を発揮。現在は虎ノ門ヒルズにオープンしたショップ「Herringbone Footwear(ヘリンボーン フットウェア)」の外部ディレクターも務める。世界的プロジェクトから国内インラインのディレクションまで多岐にわたり、スニーカープロジェクトに携わるスニーカー業界の最重要人物。

mita sneakers

東京都台東区上野4-7-8 アメ横センタービル1F路面店TEL:03-3832-8346 営業時間(平日)11:00~19:30、(土日・祝日)10:00~19:30

https://www.mita-sneakers.co.jp/

Photo by Hiroyuki“Lily”Suzuki(StudioLog)

Text by Yasuyuki Ushijima(NO-TECH)

Original Movie

国井栄之のKICKS OF THE WEEK #14 NIKE「AIR MAX 95 “BIG BUBBLE”」

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