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純国産の琉球パナマ帽「Ryukyu Panama by MAISON Birth」で伝統を復活させ、新しい価値をつくりだす
“受け継がれる帽子”をコンセプトにハイクオリティな日本製の帽子づくりで知られる「MAISON Birth(メゾン バース)」。良質な製品を手がけるなか、ブランドとして長い年月をかけて取り組んでいるのが「琉球パナマ帽」だ。今回はこの、「Ryukyu Panama by MAISON Birth(琉球パナマ バイ メゾン バース)」に注目したい。
MAISON Birthデザイナーにして、株式会社PERIODOS代表の清原 世太さんにお話を伺っていこう。
ブランドコンセプトは受け継がれる帽子
琉球パナマ帽のお話の前に、MAISON Birthというブランドについて伺っておこう。同ブランドは、有名百貨店や「銀座トラヤ帽子店」などの老舗帽子店でも取り扱われており、国内帽子ブランドとしてすでに広く知られた存在だ。ここで、あらためてその概要を確認しておこう。「2010年に始動し、2011年の春夏からブランドを本格的にスタートしました。“受け継がれる帽子”というブランドコンセプトがあり、素材選び、縫製方法、パターンなどをさまざまに組み合わせることで、洗えたり、型崩れしにくかったりと、長く使える帽子を作っています。
コンセプトの中には、“シェアし合って使う”という考え方も含まれているため、メンズ・レディースといったカテゴリーを設けず、ユニセックスで展開しています」


きっかけは沖縄に古くから自生するアダン葉
清原氏が琉球パナマ帽に着想を得て「Ryukyu Panama by MAISON Birth」をはじめるきっかけとなる出来事について、お話を伺っていこう。「2010年ごろのことだったと思いますが、MAISON Birthをはじめる前も帽子に関わる仕事をしており、帽子に関する古い文献を読んでいたとき、“アダン葉”という素材が目に留まりました。気になって調べてみたところ、それが沖縄に自生している植物だと分かり、興味が湧いて『これを製品として使ってみたい』と思いました。
そこで沖縄の知り合いなどに聞いてみたのですが、詳しい人がいなかったので、自ら沖縄へ行き、資料館や琉球大学などを訪れて調べ歩いたんです。そこで分かったのは、アダンという植物の葉で編んだ“琉球パナマ帽”という帽子が存在していたこと。
そして、この琉球パナマ帽の産業は1904年にはじまり、サトウキビや泡盛に次ぐ、沖縄で3番目を誇る規模だったこと。また、高級品として海外へも輸出されていたそうですが、第2次世界大戦などの歴史的背景から、やがて衰退してしまったということでした」


消えた伝統を探し続ける日々
伝統が途切れてしまっていることが分かり、それでも時間を見つけては年に何度か沖縄に足を運び、琉球パナマ帽のことを少しずつ調べ続けたという。清原氏がアダン葉を製品として使いたいと思ったときから、数年が経っていた。「調べを進めていくなかで、かつて琉球パナマ帽の生産が盛んだった地域がいくつか分かってきました。そこで、その地域を中心に訪ねさまざまな人に声をかけていったところ、『昔、編み方を教わったことがある』という方にたどり着くことができ、実際に会いに行ったんです。
そもそも、琉球パナマ帽がどのようなものかも見たことがなかったので、実際に編んでもらったり、資料を見せてもらったりして、また一歩、前に進むことができました」


100年以上前の伝統的な技術を現代に復活
資料が見つかり、編める人にも出会い、あとはアダン葉がどのような特性を持つ素材なのかが分かれば、製品化までたどり着ける、そんな段階まで来ていた。清原氏が琉球パナマ帽の調査をはじめてから、すでに2〜3年が経過していたが、製品として安定したクオリティに達するまでには、そこからさらに6〜7年の歳月を要した。そしてついに、第2次世界大戦後に姿を消していた琉球パナマ帽は、2019年、「Ryukyu Panama by MAISON Birth」として再び世の中に送り出された。
「アダン葉は、沖縄の都市化が進んだこともあって、昔ほど多くは生えていません。それでも、沖縄本島の北部や南部、そして近隣の島々では今も採取することができます。アダンの葉は、収穫した後に茹でて、乾燥させ、鞣(なめ)して、裂くという工程を経て素材として仕上げていきます。中には、“茹でる工程でシークワーサーを加える”と書かれた資料もありました。
その後、帽子の形を作る前段階である『帽体(ぼうたい)』を製作し、それを木型に入れて成型していくのですが、その際、どのくらいの加減で行うのが適切かは、トライアンドエラーを重ねながら、アダン葉の特性を見極めていくしかありませんでした。
沖縄では、帽子を編む職人のことを『ボウシクマー』と呼ぶのですが、その技術を他の人たちにも伝え、製品として通用するレベルにまで引き上げていく必要がありました。これは時間を要する取り組みであり、ボウシクマーの方々にも、原材料の収穫から協力してもらい、一緒に進めています。
こうして「Ryukyu Panama by MAISON Birth」として形にすることができ、琉球パナマ帽を復活させることができました。私がアダン葉に興味を持ったのは、MAISON Birthをはじめる前のことだったので、実現までに10年ほどかかったことになります」


Ryukyu Panama by MAISON Birthのアイテム
ここからは、実際にRyukyu Panama by MAISON Birthのアイテムを見せていただこう。編み方の種類は実に多様で、「琉球編み」と呼ばれる昔ながらのスタンダードな編み方をはじめ、さまざまな技法を組み合わせて柄を形成し、個性を表現しているという。アイテムは基本的にオーダー制で、ボウシクマーが一つひとつ手作業で丁寧に編み上げていく。1つの帽子を完成させるまでに、2〜3ヶ月の製作期間を要する。





この製品は一般財団法人伝統的工芸品産業振興協会が主催する、2024年全国伝統的工芸品公募展で入選している。
復活した歴史、伝統、技術を広めるために
清原氏がアダン葉に興味を持ち、琉球パナマ帽の調査をはじめたころ、ボウシクマーはわずか2〜3人ほどしかいなかったという。「編める人を増やしたい」と話し、技術の伝承を依頼したことで、現在では編める人の数はかなり増えたという。しかしそのなかでも、ボウシクマーと呼べるだけの技術を持つ職人は、まだ一握りにとどまっている。Ryukyu Panama by MAISON Birthには、“親から子へ、子から孫へと受け継がれる帽子”というテーマがある。アダン葉の耐久性は、他の天然草素材を凌ぐほどで、非常に長い年月使い続けることが可能だ。しかし、その素材の力を引き出すためには、ボウシクマーによる確かな技術が欠かせない。そうした背景から、さらなる技術向上を目指して、清原氏はこの6月、「琉球パナマスクール」を開校する。
「歴史や伝統、技術を絶やしてはいけないという思いから、ひとりでも多くのボウシクマーを育成したいと考え、このスクールをはじめることにしました。琉球パナマスクールで技術を広め、琉球パナマ帽の需要を増やし、ひいては産業全体の規模を大きくしていくことが必要だと感じています」

清原氏の長年にわたる取り組みが、Ryukyu Panama by MAISON Birthというブランドを生み出し、さらに琉球パナマ帽への強い思いが、ブランドの枠を超えて、失われつつあった産業そのものの復活を目指している。歴史と伝統、技術が詰まった逸品、Ryukyu Panama by MAISON Birthの存在を、ぜひ心に留めておきたい。
PROFILE

清原 世太 (きよはら せいた)
株式会社PERIODOS代表
MAISON Birthデザイナー
文化服装学院卒業後、大手帽子メーカーに帽子デザイナーとして勤める。 退職後、メンズ・レディースブランドやセレクトショップなどの数多くの商品を手がける。日本の帽子職人の技術と自身のクリエイションを融合させ、より幅広い層に帽子を楽しんでもらいたいという思いで、帽子ブランドMAISON Birthを2010年に始動。以降さまざまなプロジェクトやブランドに携わり、国内外で活躍している。












