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2023.05.18

シャネルを支える11工房が集まった「Le 19M」、急速に変化するパリ北東部が今面白い

薄暗い印象だったパリ北東部にぽつりぽつりと新たな明かりが灯り始めている。そのひとつとして今注目されているのが、シャネルが傘下に約40あるアトリエのうち、11をパリ市内19区へ移動させオープンしたLe 19M(ル・ディズヌフ・エム)だ。
北東部にあるパリ19区、および隣接するオーベルビリエといえば、パリに住む人々からすると擦れたイメージのある地域だ。好んでその場所へ行くこともなく、治安も決して良いエリアではない。しかし2024年に迫るパリ五輪を機会に、関連施設などが今までの街並みを塗りつぶすかのように建ち始め、通りを隔てた向こう側とは、再開発前後で別の街と思えるような光景が生まれている。
(C) Le 19M
(C) Le 19M
同時に、オーベルビリエは巨大な繊維問屋街を抱える街でもある。2000年頃から中国系移民の卸業者がこの地に集まりだし、今ではヨーロッパ最大の繊維街が形成されている。労働者階級向けの巨大な団地が立ち並び、「まとめ買いのみ」と張り紙がされた商店がひしめくように軒を連ねる。あわせてアフリカ系の出自を持つ人々も多く暮らし、異国で根を張ってきた彼らの力強さを否応にも感じられるだろう。
それら新旧、整然と雑然がせめぎ合う19区とオーベルビリエとの市境に、ル・ディズヌフ・エムはできた。建物の設計は、マルセイユにあるヨーロッパ地中海博物館も担当したイタリア人建築家リュディ・リチオッティ。高さ24メートル、231の外骨格モジュールで構成され、白い織物が建物全体を覆ったようなデザインだ。それが、至る所にスプレーで落書きされたパリの環状道路ペリフェリックを睥睨(へいげい)するように建っている。
(C) Le 19M
(C) Le 19M

一つ屋根の下に集うシャネルの職人集団

ル・ディズヌフ・エムは「メゾンダール(Maisons d’art)」と呼ばれるシャネルを支える卓越した職人たちが働く工房の集合体である。約600人の職人が2万5,500平方メートルある一つ屋根の下に日々集い、シャネルというファッションおよびラグジュアリー業界でもっとも偉大なブランドを支えている。
ル・ディズヌフ・エムの「19」はシャネルの創始者であるガブリエル・シャネルの誕生日、8月19日の「19」であり、シャネルのラッキーナンバーとされる数字。19区にあるという意味も含まれる。「M」は「メティエ(Métiers:技工)」「モード(Mode:ファッション)」「マン(Main:手)」を表す。
ル・ディズヌフ・エムは、職人たちの仕事場であることに加えて、左翼の地上階には、彼らが披露する職人技との接点を得られる場「ラ・ギャルリー・デュ・ディズヌフ・エム」が設けられている。ここでは「メティエダール(Métiers d’art)」と称されるシャネルを支える職人技の作品を展示する企画展などを開催。職人たちによるワークショップも開かれる。予約制で一般開放されており、これら催しを通じて来館者は職人たちの息吹に触れられるのだ。
ソファーなどはシャネルの倉庫に眠っていた素材を再利用したもの(C) Le 19M
ソファーなどはシャネルの倉庫に眠っていた素材を再利用したもの(C) Le 19M
加えて飲食スペース「ル・カフェ・デュ・ディズヌフ・エム」もあり、同カフェは文化施設などのクリエーションを専門に担当するフランスのエージェンシー「グラン・キュイジーヌ」とのパートナーシップにより立ち上げられた。グラン・キュイジーヌの創始者であるパトリシア・ムニエとマット・ガレは、アートと美食に焦点を当てた国際シンクタンク「ジェリナス!」を運営していることでも知られている。
企画展などが開かれるラ・ギャルリー・デュ・ディズヌフ・エム(C) Le 19M
企画展などが開かれるラ・ギャルリー・デュ・ディズヌフ・エム(C) Le 19M

ギャラリーとワークショップを通してメティエダールを知る

実際に館内へ入ってみよう。入り口の荷物チェックを通り抜けると、明るく開放的な空間の中で、ル・ディズヌフ・エムの係員がまず出迎えてくれた。この日担当してくれたのは、ブロンドの髪と薄いエメラルドグリーンの目が美しい小柄な女性、アストリッドさん。荷物を木製のクロークに預けて、ル・ディズヌフ・エムのコンセプトから順に、館内の説明をしてくれた。
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