1982年に誕生し、誰もが知る不朽の名作といえる「ナイキ エアフォース1」。その当時としては高い機能性とデザイン性を兼ね備えた同モデルは、バスケットボールシューズの枠を超えて人気を博し、1990年代のヒップホップブームにより、スニーカーを知らない一般層にまでその認知が広がっていった。
現在も絶大な支持を集めている同モデルの歴史や誕生秘話、その魅力やここまでの人気を得るようになった理由を、「
スニーカーショップSKIT」の代表である鎌本勝茂さんに伺った。
デザインを手がけたのはブルース・キルゴア氏
もはや不朽の名作ともなっている「エアフォース1」が「ナイキエア」を搭載した初のバスケットボールシューズとして登場したのは1982年のこと。その誕生秘話について鎌本さんはこう語る。
アッパーからアウトソールまでオールホワイトでまとめ上げたシンプルな一足は通称“トリプルホワイト”ともいわれる。ここ20年で一番売れたスニーカーはこの“トリプルホワイト”の「エアフォース1」だろう。15,400円(税込)「デザインを手がけたのは、後に『エアジョーダン1』、『エアジョーダン2』をデザインすることとなるブルース・キルゴア氏。彼は『ナイキ』に入社するまで自動車の設備や家電のデザインを手がけていたそうです。
そんな彼が、歴史的なランニングシューズである『テイルウインド』にも採用された『ナイキエア』を搭載したバスケットボールシューズを作るという使命を受け、生み出したのが『エアフォース1』でした」