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2021.05.11

アートが拓くこれからの『あじわい』:What's the Matter? 002イベントレポート

マテリアル、情報、体験を繋ぐ試みとして、東京大学、筧康明・准教授が提唱する「マテリアル・エクスペリエンス・デザイン」。ファッション領域でも衣服や素材をアップデートする試みも加速するなか、私たちの周囲にある素材やデバイスへの探求、マテリアルを介したインタラクティブな体験を創出する試みは、衣服/ファッションの未来像を考えるうえでも重要なヒントを存分に与えてくれるであろう。

そんな「マテリアル・エクスペリエンス・デザイン」にフォーカスした東京大学大学院情報学環・学際情報学府、筧康明研究室によるトークイベント「What’s the Matter?」の第2回が、2021年3月9日にオンライン開催された。今回のゲストは、食体験を通して私たちの感覚を揺さぶる作品を数多く発表されるアーティスト、food creation主宰の諏訪綾子さん。私たちの最も身近な身体感覚である『あじわい』というものは、アートやテクノロジーによってどのように拡張されうるのか?諏訪さん森の中のアトリエと繋いで繰り広げられた、筧准教授とのトークの模様をお届けする。

PROFILE|プロフィール
諏訪綾子

アーティスト/food creation主宰
石川県生まれ。金沢美術工芸大学卒業後、2006年よりfood creationの活動を開始、主宰を務める。欲望、好奇心、進化をテーマにした食に関する作品をパフォーミングアート、インスタレーション、ダイニングエクスペリエンスなどの手法で数多く発表。本能的な無意識の感覚に訴えることのできる表現の媒体として「食」を扱い、感情、記憶などの内在する感覚を「あじわい」で伝えることで、体験者に新たな問いや発見をもたらす作品が特徴。 美食でもグルメでもない、栄養源でもエネルギー源でもない新たな食の可能性を追求している。
Webサイト

PROFILE|プロフィール
筧 康明

東京大学大学院情報学環 准教授
インタラクティブメディア研究者/メディアアーティスト
東京大学にて博士(学際情報学)を取得後、慶應義塾大学にて専任講師・准教授を務め、MITでの滞在研究などを経て、2018年度より東京大学大学院情報学環・学際情報学府にて研究・教育に携わる。ディスプレイやインタフェース技術を活用し実世界体験拡張を目指す研究・作品制作に加えて、近年ではMaterial Experience Designというテーマのもとで、物理素材特性を操作するフィジカルインタフェースやインスターション作品を多数発表する。
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感情をフルコースで味わう/あじわう

トークはまず、諏訪さんのこれまでの活動紹介からスタートした。諏訪さんが最初に発表した作品は、2008年の「感覚であじわう感情のテイスト」。人間の喜怒哀楽の感情を食べ物を通してあじわうというコンセプトのこの作品は、後を引く悔しさとさらに怒りさえも込み上げるテイスト、痛快さのテイスト、幸せのテイストといったような名前が付けられた一口サイズの食べ物から構成されている。それらを金沢21世紀美術館の中で、また同時に新宿伊勢丹の地下にある食品売り場でも提供し、同じコンセプトをアートを発表する美術館と、食の消費の現場であるデパ地下と両方で発表するという試みを行った。そしてこの作品は、駅の地下道や元造幣局の屋根裏、工事途中の商業ビルなど、レストランがありそうもない場所で数日間のみ開店する「ゲリラレストラン」のメニューとして、世界各地で発表されたという。

(諏訪さん)「普段食べたりあじわったりしている栄養摂取や美食目的ではない食体験を提供するために始めました。私が考えるあじわうとかテイストというのは単に物質的な食べ物だけではなく、それがどういう場所にあるのか、どういうお皿に載っているのか、それが暗闇か明るい場所なのか、誰が運んでくるのか、それに対して何を言うのかも含めたもの。体験としての”あじわい”と考えて作っています。」

そして諏訪さんは実際に食べるだけではなく、それを見る観客も招き入れ、シチュエーションを通して様々な階層であじわうという体験を作り出した。口に入れることはできなくとも、そこで運ばれた食べ物を見たり、それをあじわう人の表情とか反応を見て想像が掻き立てられること自体が一種の「あじわう」行為であるという。そして、それは体験者のこれまでの経験や知識に基づいたもので、ある意味では物理的口に入れて味わうよりも、あじわえているんじゃないかと考えているそうだ。

“あじわう”ことは旅と似ている

次にご紹介された作品が「journey on the table」という、5カ国で何年にも渡って開催されたプロジェクトである。テーブルの上で旅をするようにあじわう体験をするというコンセプトには、「食べること、あじわうこと、味覚は五感や五感以上の色々な感覚を総動員して感じるという意味で、すごく旅に似ている」という諏訪さんの考えが反映されている。3時間のフルコースディナーとして順番にテーブルに着席したままでいながら、まるで色々な場所を移動しているような体験ができるという作品であるが、それは非常なプリミティブな感覚をもってあじわう体験で、まるで動物になって草木をかき分けていくと、うっそうとした草むらのような奥に何かの食べ物を見つけて食べるといった体験をするものだという。

そして、この「journey on the table」から派生したものが、「journey on the tongue」という筧准教授と、サウンドアーティストであるevala氏ともコラボレーションした作品。舌の上で旅をする、というこの作品体験は、12種類の得体の知れない匂いを嗅ぐことから始まる。これらの匂いの中から旅に出発したい方向を直感で選ぶのだが、好きな匂いではなく、ざわざわする匂い、ドキドキする匂いなどを選ぶことを勧められる。その方がより遠くへ冒険の旅へ出ることができるから。その後、奥にある部屋で椅子に座り、耳栓をしてリラックスして目を閉じ、外側の感覚をすべて閉じるところから旅がスタートする。

体験は4分間、舌の上の感覚に意識を集中する。得体の知れない不思議な形のものから出た棒の先に食べ物がついており、それを口に入れて舐め続るのだ。それを舐め続けると、食べ物のあじわい、匂い、食感や温度に加えて、デバイスから伝わる音や振動が歯や頭蓋骨の骨電動を通して脳にダイレクトに伝わり、身体の外側の感覚を使わずに、内側の感覚だけで、空間移動をしたり時間が伸び縮みするような不思議な感覚が巻き起こるそうだ。

(諏訪さん)「その旅の行き先も人それぞれなんですが、上空をすごい勢いで飛んだり、海の底に沈んだり、獣に囲まれて襲われたり、土砂降りでずぶ濡れになったり。色々な自然条件の中を旅するようなあじわい、匂い、音と振動が来るんですね。そうすると、それぞれの脳の中にある過去の体験や知識、記憶が組み合わさって、100人いたら100通りの旅ができるというものです。」

自然と人間の関係性への思索

そして最新作となるのが、「記憶の珍味」という作品。2020年1月から3月にかけて銀座の資生堂ギャラリーにて開催された展示は、コロナ禍による半年間の中断を経て、再開後にコロナ前とコロナ禍を表す2つの作品となって再発表された。

これも記憶をあじわうという体験ではあるが、テーマとなるのは自然と人間の今の関係性だという。コロナ前の作品では、自分の記憶と結びつく匂いを1つ選び、暗闇で自分自身の記憶の珍味を1人ずつあじわうというものだ。また「記憶の珍味をあじわうリチュアル」という、記憶という個人的なものを見ず知らずの他人と感覚的に共有する、というあじわいの体験を開催している。しかし再開後は、感染症対策もあり、これらの体験を実現することが難しい状況となった。

そこで諏訪さん自身がコロナ禍中にアトリエを森に移したこともあり、誰もが持っている自然と自分自身の繋がりの記憶をあじわう、という新たな作品へと更新したそうだ。銀座にあるギャラリーは圧倒的な森の匂いで満たされ、さらに森から運ばれた枝葉から放たれる匂いを体験者はマスク越しに嗅ぐ。それは森の土や根や植物などから抽出された匂いで、自分自身の記憶と結びつくものをひとつ選び、その匂いのシールをマスクの外側に貼る。するとギャラリーを出たあとも、銀座を歩いても満員電車に乗っていても、呼吸するたびマスクの中が森になる。体験者それぞれが持っている自然との記憶をあじわう、というものだ。


異界に触れるような体験

このような諏訪さんの作品を初めて知った時、筧准教授は「そこに無いものを内面から引き出すために食べる行為、食べ物を媒介させるような活動は、バーチャルリアリティそのもの。もしかしたら、僕らの実践するバーチャルリアリティよりも更にバーチャルリアリティなのかもしれない。」と感じたという。そして交流を通じ、「journey on the tongue」のコラボレーションへと展開したという。

諏訪さんの「気配をあじわう」という試みに対して筧准教授は、「当初僕は気配は皮膚で感じとるというイメージを持っていて、それをあじわうとなるとどんな感覚になるのだろうと想像するところからアイディア出しを始めた。試作・実験を経て最終的に作品の形をとなった時には、口の中から空間が立ち上がってくるような感覚として、イメージが共有され体験が具体化されていった。」と話す。そして触覚だったり視覚だったりと、すべてを統合して「気配をあじわう」ことを考えていったという。

このような様々な感覚を駆使した体験はたった4分間でも没入感が大きく、人によっては23時間にも感じたり、終了後はまるで浦島太郎のような反応をしたりという。そして100人いたら100通り、同じ匂いを選んで同じ体験をしても全く異なるものになるそうだ。亡き親族に会う人、得体の知らない生き物に自分が変身する人、自分の体内に入って胃液で溺れたという人など、それぞれに夢を見ているような感じ、ある意味で異界に触れる、時空を超えるような旅となる。

「食」だからこその共有しやすさ

筧准教授はさらに、この展示の面白かったポイントとして、体験後に語り合う時間を設け、隣の人と自身の体感したものを語り合うところを挙げた。諏訪さんはこれに対し、食べ物だからこそ可能となることなのかもしれないと話す。

(諏訪さん)「例えばカフェで見ず知らずの人と相席になる、初めて会った人と食事会をする、そこで同じものを食べて美味しかったり辛かったときに、言葉のコミュニケーションではなく、目や表情で同じ感覚を共有するようなコミュニケーションが生まれると思うんです。さらにその先に、その人なりのあじわった感覚とか体験があって、そういったことを共有しやすいというのが食にはあるのかなという風に思ってます。それを考えると、言語だけではない内臓感覚的なコミュニケーションというものが、将来的にはありうるのではないかなと。」

(筧准教授)「食材と人との関係だけではなくて、人と人との関係も着目していますね。そこでは空間とか、すべての多様な要素が効いてきている。その場所の文脈を引き継ぎつつも全然違うタイミングで合わさってくる、まるでレストランがメディアのようになっていて。
何かを食べること自体よりも、その情報がもう大きなメッセージになって心を作っている。」

共通項を取り出すための言葉

一方で、このように内発的に体験が抽出されていくようなアプローチだからこそ、そこで伝えたいものも個人差や文化差によってズレも生じるだろう。ここでオーディエンスからは、「感情を数値化することは難しいと思うが、それぞれの感情と味の対応をいかに決定していくのか」という質問が投げかけられた。これに対し諏訪さんは、同じ時代を生きている人間同士だからこそ持つ、ある程度の共通感覚、それが感情ならば喜びとか怒りといった言葉で括られる共通認識があり、それが結びつくだろうと考えているという。

ここで筧准教授は、諏訪さんの作品はメインの体験だけではなく、体験後の時間や体験前の心の持ちようなど、物語を丁寧に世界観として作るからこそ成立しているのではないか考察する。つまり、体験後に言葉にするという行為を通じて共通項を取り出すことができる、この体験を実は言葉が支えているのではないか、と。そして、このアプローチはデザインの領域でも人が補完する、想像を掻き立たせるための技術として非常に面白く、可能性が大きいのではないかと話していた。

また、「美しいコスチュームであったり、空間装飾のような視覚的な要素をどう捉えているのか?」という質問も投げかけられ、諏訪さんは「今は特に視覚重視な世界だからこそ効果的で、特に食べ物は、視覚や情報であじわっている部分が大きい」と答えていた。視覚によってあじわいを作り出すこともできるし、反対に目隠ししてあじわうことで引き出せる部分もあるという。

諏訪さんの森のアトリエにて
諏訪さんの森のアトリエにて

コロナ禍での変化から新たな創作の探索へ

そして最後に話は、諏訪さんの森での生活についてへ。コロナ禍でアトリエを森の中に移した諏訪さんであるが、森のアトリエで過ごすようになり生活は大きく変わったという。山奥でコンビニも無く、森に入ると食べられそうなものがたくさんある。村の猟師さんから鹿や猪の肉をもらい、山菜を採り、最近では養蜂も始めたそうだ。

こうした生活を通じて、自分で採取したものを食べ、自然の一部を食べ、自分が循環の一部になっているという感覚を味わっているそうだ。そして、そこには都市生活での贅沢な食とは異なる豊かさ、ラグジュアリーさがあると感じている。そして森での生活は諏訪さんにとって、使ってなかった感覚、使わなくなっていて眠っていた野性を掻き立て、呼び覚ますものだという。

(諏訪さん)「アトリエの中でスープを作って窓が開いていると、動物たちがやってくる。私たちが食べる一方ではなくて、食べられたり横取りされる中で一動物としてどう生きるか、フラットな関係でですよね。そういう体験は面白く、スリリングですね。」

「食」という私たちにとって最も日常的な実践を通じて、人とモノの関係性、そこで生まれる体験やコミュニケーションについて探求された今回の「What’s the Matter?」。「コロナ禍で先が見えない中でも、いかに新しいことを見つけていくか、好奇心を見つけていくか、そこがアートやデザインの力を求められるところ。」この筧准教授のメッセージと共に、今回のトークは締めくくられた。

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