2022.01.28

【対談】高野公三子・飯田豊「都市を観察しつづける定点観測、そこでの考現学」

#特集004「都市とメディアの過去/現在/未来」

メディア研究者である立命館大学産業社会学部准教授・飯田豊氏とお送りする特集企画「都市とメディアの過去/現在/未来」。今回は、株式会社パルコが運営するメディア『ACROSS』編集長の高野公三子氏をお迎えし、都市とメディア環境の変化、都市を観察する方法としての考現学について、飯田氏自らインタビューを行いました。

東京のストリートを生きる若者を観察しつづけてきた高野氏が、現在の都市文化に何を思うのか、都市とメディアをめぐる多様な対話をお届けします。

PROFILE|プロフィール
高野公三子

(株)パルコ『ACROSS』編集長


パルコのファッション&カルチャーのシンクタンク「ACROSS」の代表。社内および関連会社、ならびに外部企業等からのリサーチや共同研究、コンサルティング業務などを行なっている。編集室の近著に『ストリートファッション1980−2020定点観測40年の記録』(PARCO出版)。共著としては、『ファッションは語りはじめた~現代日本のファッション批評』(フィルムアート社)、『ジャパニーズデザイナー』(ダイヤモンド社)他。昭和女子大学、文化学園大学院講師。

PROFILE|プロフィール
飯田豊

立命館大学産業社会学部准教授。専門はメディア論、メディア技術史、文化社会学。1979年、広島県生まれ。東京大学大学院 学際情報学府 博士課程 単位取得退学。著書に『テレビが見世物だったころ:初期テレビジョンの考古学』(青弓社、2016年)、共著に『メディア論』(放送大学教育振興会、2018年)、編著に『メディア技術史:デジタル社会の系譜と行方[改訂版]』(北樹出版、2017年)、共編著に『現代文化への社会学:90年代と「いま」を比較する』(北樹出版、2018年)、『現代メディア・イベント論:パブリック・ビューイングからゲーム実況まで』(勁草書房、2017年)などがある。

「定点観測」から見えてくる、都市の変化

定点観測のはじまり

高野:

ストリートファッションのマーケティング調査である「定点観測」は、1980年の8月に第1回目が始まりました。『ACROSS(アクロス)』の前身である『月刊パルコレポート』を見ると、1970年代には「ポップアイ」というスナップがありました。当時は街角のおしゃれスナップに近く、写真は全身の場合も足元だけの場合もあるのですが、街に浮上していたファッションを撮っていました。1970~80年代の雑誌は、大胆なエディトリアルデザインが出てきた時期です。この企画は外部の方が入り、地味でお硬いマーケティングの雑誌のなかで、そのページだけは紙媒体ならではの面白いレイアウトになっていました。

こういった前史があり1980年8月に定点観測を行ったのは、1973年にパルコが渋谷にでき、若者が池袋や新宿ではなく渋谷に集まるという現象が確かにあったからです。定点観測の目的は、売り上げなどの結果の分析ではない「先を読むマーケティング」をするために、路上で最先端と思われる若者に話を聞くというものでした。つまり、街に若者がたくさん集まり、そこに詰まっている多様な情報を取得しようとしたというわけです。

1980年代は、渋谷と原宿両方にスポットがあたっていましたが、若者と都市はずっと密接な関係にありました。2000年過ぎたあたりからは、街の情報の核にあるストリートの主役が幅広い年齢層に変わったといえると思います。
それ以降は、必ずしも都心部にいる人達が最先端とも限らなくなりました。アフター・インターネットとしてスマホが9割以上浸透した2010年代くらいから、今あるものと過去に露出したものがミックスすることにより、時間軸がかなり見えにくくなってきましたね。街からトレンドを見るというのは、ずっと観察しつづけていないとわからなくなる現象になっています。主役となる年齢層が変わったこと、また地域性にも変化が生じたことで、定点観測が始まった頃のストリートとは根本的に変わってきていると感じています。

人が集まる「場」の変化

高野:

かつては確実に路上が集まる場所であったし、商業施設も集まる場所として強固に魅力的なものとしてあったと思います。表参道でのフリーマーケットや歩行者天国など「そこに行けばみんながいる」という場所があり、そういった場所性はクラブカルチャーでも強く作用し、国内外に繋がる独特のネットワーク型コミュニティが形成されていました。

また、単に集まるということではなく、人と人の繋がりを場所がつくるということも重要です。2000年代以降、必ずしも街そのもの、施設そのもの、箱そのものというよりは、あらかじめ人がネットワークで繋がり、ある場所に集まるという状況になったのかなと思います。それが確実に言えるようになったのは、mixiが登場した時期だと思いますね。

こういったメディア環境の変化が都市風景に与えた変化という点に関しては、スナップに集約して言うと、1990年代には紙媒体とストリートが等価になったと言われています。『東京ストリートニュース』のように見開きに100人くらい掲載されていて、街そのものが誌面となっているものです。それ以前は、おしゃれな人や編集者の視点が優位だったのですが、1990年代後半にはそれがフラットになっていきます。
2000年代前半はブログが一気に浸透して、そこでスナップを見せることが流行しました。『ACROSS』がオンライン化したのも、2000年です。調べてみると、当時は本当にスナップとそれをウェブで公開するブロガーが急増した時期です。また、そういった各地のスナップを地元メディアが取り上げ、ストリートスナップという行為が、普通の人が社会を撮るという行為として浸透したのが2000年代前半くらいかなと思います。ここでは、撮る/撮られる主体がフラットになっています。

コンテンツマーケティングの影響

高野:

ファッションスナップは、ファッションに関心がある人達が自然発生的に行っていた時代があり、そのあと5~10年かけて、商業的なコンテンツとして起用しようという動きが増えました。最初は『DROP』や『FASHIONSNAP』といった媒体が展開して、当時はまだ「コンテンツマーケティング」という言葉があまり浸透していなかった時代でしたが、自然に集客とアクセス数が上がっていった形かと思います。

また広告とファッションの関係でいえば、インフルエンサーへの注目はECの浸透と比例している部分が極めて大きいです。ZOZOによる「WEAR」のリリースや、パルコでいうとショップスタッフによるブログでの商品紹介といった取り組みと関連しています。当時、ファッションスナップで活躍されていたフォトグラファーのシトウレイさんなどは、そういった集客コンテンツに着地するつもりでやっているわけではなかったですが、そのように消費された時代でもありました。
インフルエンサーは現在、マーケティングのサンプリング手法として取り込まれていっています。昔は女子高生マーケティング、女子大生マーケティングといったものがありました。若者をモニターとしてサンプリングしてアンケートを取るということを、アナログな時代からずっと行っていたわけです。それがデジタル上で整備されていき、もっと効率良く展開されています。そういったところから、若者マーケティングと情報発信を行う研究機関「SHIBUTA 109 lab.」のような動きも出てきていると、客観的には見ています。

都市を観察する手法としての考現学

考現学と定点観測

飯田:

定点観測が1980年から始まったことは知っていたのですが、その前身となるものがあったことは初めて知りました。2021年に出版された『ストリートファッション1980-2020:定点観測40年の記録』(PARCO出版)では、考現学という手法を前面に出されていますが、1995年に出版された『ストリートファッション1945-1995:若者スタイルの50年史』(PARCO出版)には、考現学という言葉は出てこず、その代わり「ストリート写真」の可能性が強調されています。

考現学との結びつきは、定点観測を始める際に強く意識されていたと思っていたのですが、今のお話だと必ずしもそれだけではなかったのかなとも感じました。このあたりの経緯はご存知ですか?

高野:

紙媒体だったときから「考現学と定点観測」という特集があったので、最初から意識していたと思います。また川添登先生の『今和次郎―その考現学』のなかで、1980年代前半にACROSSだけでなく博報堂生活総合研究所も定点観測を行っていたという記述があります。

また、「定点観測」といわゆるスナップでは違いがあります。定点観測では事前にプレ・サーベイを行って、何を観察するのかテーマを決めるんです。そういった事前準備なく撮っていると、主観的に素敵だと感じる人、可愛い人が撮影対象となってしまうので(笑)そうではなく、顔にかぎらず、人を観察することを第1回目から行っていたのは、今和次郎さんの手法に倣っているということです。まったく同じではないですが、そうすることで流行の浸透を測定する行為となっていて、スナップは測定を目的とはしません。

飯田:

博報堂生活総研は『生活新聞』ですね。考現学に関連した本を読むと、定点観測が考現学の末裔の筆頭に挙げられていますが、そうなった経緯はほとんど知られていない気がします。編集部の若いスタッフさんたちの間で、考現学と定点観測の結びつきは自明のことなのでしょうか?

高野:

昔はそれほどではなかったと思いますが、今は広く知られていると思いますね。

考現学の始まりとその再評価

飯田:

この10年くらいで、考現学の再評価が進んできたと感じています。高野さんの立場から、そう実感することはありましたか?

高野:

商業施設をつくる前には、コンテンツやターゲット、セグメントをどうするかといった調整が行われます。定点観測だけを基準にしているわけでは決してないですが、マーケティングの分野ではさまざまな定量調査や定性調査を行なっています。
たとえば、福岡や静岡、仙台にパルコができる前に、考現学的手法を用いて街で何回か「定点観測」を行いました。私たちだけだとわからないことがあるので、地元の大学生と一緒に行いました。その他にも、クライアントワークとして長崎や鹿児島などで定点観測をやった時期もありました。2010年前後くらいだったと思います。

このように定点観測は商業施設の発展の歴史とも密接に関係しており、そこで手法としての考現学がブラッシュアップされたということは、強く意識してます。そのため、今のスタッフにも考現学との繋がりが浸透しています。

飯田:

こうした取り組みは知らなかったので驚きました。考現学は元々、1925年が始まりと言われています。関東大震災によって東京が焼け野原になった後、新しい生活や文化が立ち上がっていく様子を、ありのままに描写しようということですね。このようなルーツがあるためか、東日本大震災の後の東北でも考現学的な実践が生まれ、そうしたことが再評価のきっかけではないかと思っていました。高野さんの周りでは、それよりも前から定点観測だけでなく、商業施設に関するマーケティングでも考現学が意識されるようになっていたということですね。

学術的には2010年代、ブリュノ・ラトゥールたちのアクター・ネットワーク・セオリー(ANT)が流行しました。モノと人間を等価なアクターとみなして、相互の関わり合いに着目するわけですが、モノと人間の関係をいかに記述できるかが広範な学問領域で議論されるようになり、こうしたなかで考現学的アプローチに対する注目が高まってきたという面もあるかもしれません。

画像: 『ストリートファッション1945-1995:若者スタイルの50年史』
『ストリートファッション1945-1995:若者スタイルの50年史』

考現学の新たな可能性

アフター・コロナの定点観測

飯田:

コロナによって都市の風景が変わり、メディアの風景も変わってきました。とはいえ、具体的に何がどう変わっているのかが不明瞭で、眼の前で起きている現象の新しさを言語化することが難しいなかで、それでも移り変わっていくものごとをしっかりと記録する必要性を考えると、考現学的アプローチとしての定点観測が今こそ重要であると思います。

コロナの影響を高野さんがどう感じていらっしゃるのか、また方法としての定点観測についてのお考えをお聞きしたいです。

高野:

個人的に考現学的な思考は昔から好きなので、ずっと観察しています。たとえばベルリンに行っても、考現学的に見てしまいます。そこに集う人と集わない人、こっちにいる人とあっちにいる人、なぜこんなにも違うのかということを頭のなかでマッピングしていたり(笑)考現学は周期的に再評価されるのですが、その理由は何であるのか、また考現学はなぜ学問にならないのか、疑問です。

コロナの影響について言えば、街に人がいなくなったことが気になり、車で見てまわりました。その際、東京がサイバーシティになっているような印象を受けました。このような状況では、原則的には「見る/見られる」ことが根底にあるストリートファッションは生まれないかもしれないとも感じました。
それでは、どこで生まれるかというと、インターネット、とりわけInstagramです。今、一部の感度が高い人以外は雑誌をほとんど読まなくなっています。インタビューで、ファッションの参考にしている人の名前を伺っても、皆さんいろんな人物に言及していて、もちろん、有名ユーチューバーなどの名前も上がりますが、そこまで共通した存在がいるわけではないので、トップ5も示せません。私が知らない人の名前に毎月必ず出会います。それほど多くのインフルエンサーが存在していて、互いに影響し合い、民主化している現状は、まさにInstagramメディア期を表しています。

この延長線上で、みんな結果的に似ている服装をしているという結果になっているとも思います。自分自身での創意工夫が生まれにくくなり、最も大事なクリエイティブを生む部分が退化しているようにも感じます。つまり、昔と違って外部化されることに慣れていて、その力はものすごく強く、影響を受けてしまうのも無理はありません。
特にコロナ禍では、街に行かないからネットを見る時間も増えました。また、メタバース的な場所を利用する試みも多くあり、たとえば大学のオープンキャンパスをcluster(クラスター)を使って行っていましたね。

アバターに何かを着せて集まることで、そこには「見る/見られる」の空間が生まれるのだけど、イベントが終わって久しぶりに覗きに行ったら誰もいない(泣)そんな光景を見て、結局は人であると感じました。人が集まれば、メタバースでも定点観測を行ってみたいですし、リアルとの差異があるのか/ないのかということに、とても興味があります。しかしながら、現状では小さい単位でのコミュニティが多すぎるので、なかなか読み解くのが難しいかなとも思います。

飯田:

最後のお話は、この特集で行った他の対談とも共通するご指摘です。速水健朗さんとの対談は渋谷の話が中心でしたが、都市そのものの力があって初めて仮想空間が魅力的になるとおっしゃっていました。ゼロから仮想空間をつくっても、その内部にコミュニティやファンは形成されますが、空間を越境する社会的な広がりは生まれにくいということですね。

また、身体性メディアなどの研究に取り組んでいる南澤孝太さんは、現実と完全に分離したVRではなく、身体性を再認識したり、取り戻すためのVRのあり方を構想していらっしゃって、その考え方とも通じると感じました。

高野:

たとえばGatherはレゴの人形のような質感で、身体的に現実の人間に近い姿ではないです。少し前に、ここで集まりますと言われたことがあり、使い方に戸惑いながらやってみました。最近、たまごっちが流行っているみたいに、まったく逆に振ったローファイなものも浸透するかもしれないですね。ちょっとポップカルチャー的な要素が強いもの、それぞれの好みによるとは思いますが。

学問としての考現学

飯田:

考現学がなぜ学問として成立しなかったのか、諸説ありますね。今和次郎が学としてのあり方を追求したのに対して、その後に広がったのが断片的な採集でした。細やかな観察と記録を重視し、どちらかというとアートに近い取り組みでした。そのため、アカデミズムからは一線を画すような位置に落ち着いたということでしょう。

今和次郎自身も元々、考現学的調査を学会などで発表したわけではなく、その初出は『婦人公論』でした。その後も『建築新潮』や『婦人之友』など、多くの成果を商業雑誌で発表しているんですよね。
1980年代以降、考現学的な実践が『ACROSS』を筆頭に、商業雑誌で花開きました。アートに近い断片的採集として有名なのは、南伸坊が『漫画サンデー』に連載した「ハリガミ考現学」、赤瀬川原平が『写真時代』の連載を通じて紹介した「超芸術トマソン」などですね。

このように考現学と雑誌ジャーナリズムには不可分な関係があって、しかも投稿文化との相性も良かったため、路上観察学会などは、読者を巻き込んだ集団的な観察も行いました。雑誌文化の盛り上がりと連動していたからこそ、考現学的な実践は、雑誌からインターネットへの過渡期にいったん低調になったのではないかと推測しています。

それに対して、2010年代にはまったく別の理由で、考現学が再び脚光を浴びたようにみえます。

近年における考現学の再評価には、少なくとも3つの特徴があると思います。

1つ目は、今和次郎自身の思想と方法への着目であり、とりわけ民俗学との関係性の捉え直しです。考現学は戦後、マーケティングとの親和性が発見されたことにも後押しされ、民俗学と対立するものであるという誤解が長年ありました。『現代思想』2019年7月号の特集「考現学とはなにか」でも、今が柳田国男に「破門」されたという神話に多くの執筆者が言及しています。少なくとも柳田自身にとっては生涯、変わりにくい「⺠俗」と移ろいやすい「風俗」とは補完的な関係だったはずですが、アカデミズムにおいては長年、対立的な思考が当たり前になってしまったのだと思います。しかしながら民俗学の立場からも近年、考現学を再評価する動きが出てきたという状況があり、なおかつ民俗学自体への関心も高まっています。たとえば、2021年11月に六本木のANB Tokyo で開催された
「END展:死×テクノロジー×未来=?」においても、民俗学の視座がキュレーションに強く織り込まれていました。

2つ目は、考現学の思想と方法がどのように継承されてきたか、その系譜の豊穣さであり、とりわけ組織的な観察の可能性に注目が集まってきたということです。そもそも組織的な観察なくして、思想や方法の共有や継承は達成しがたいですし、定点観測を学生さんと実践するという話ともつながりますよね。私自身もそうですが、たとえば大学のゼミでフィールドワークを行い、集団で何か調査をするさいにも、考現学のわかりやすさやある種の手軽さを参考にして課題を設定することがあります。『現代思想』の考現学特集では、社会学者の加島卓さんは大学でのデザインリサーチについて、同じく社会学者の祐成保志さんは1930年代にイギリスで行われた「マス・オブザヴェーション」という研究手法について書かれており、それぞれ考現学との共通性が多分に見いだされることが指摘されています。

3つ目は、デジタルメディア社会における考現学的実践の可能性で、高野さんがおっしゃった「見る/見られる」、「撮る/撮られる」の関係がフラットになってきたということですね。InstagramなどのSNSで流通している写真が考現学的な眼差しの対象になっている一方、カメラやGPSが搭載されたスマートフォンをみんなが持っているという状況が、新しい調査の可能性を示唆しています。かつての雑誌に代わる、考現学を下支えするメディアについて、みんなが考え始めているのだと思います。

デジタルプラットフォームでの考現学

高野:

デジタルメディアでの考現学的な実践として、どういった事例があるのでしょうか?出口として、次のトレンドを読むといったマーケティング的なことは置いておいて、「見る/見られる」がデジタル空間でも行われていることを立証していたり、比較しているといったものは、すでにあるのでしょうか?

飯田:

まだこれからだと思います。メディア理論家のレフ・マノヴィッチが、Instagramにアップロードされた膨大な写真をデータサイエンスの手法を用いて定量的に分析していますが、このようにSNS で流通する写真や動画などを対象として、ビッグデータ解析や深層学習などを駆使した考現学的実践も、技術的には可能になっています。今和次郎が「ぐるり調べ」や「一切しらべ」と呼んだ、数量的な調査と定量的な分析を、必ずしも個々のデータに人間が触れることなく実現できるようになっているわけですね。​​したがって今後は、雑誌かインターネットか、あるいはアナログかデジタルかという線引きよりも、人間主導の”ゆるさ”を許容する考現学的実践と、技術主導のオートマティックな考現学的実践との二極化が焦点になるのかもしれません。

それとは別に、実際にメタバースで参与観察を行い、そこで起こっている出来事をスケッチしたり、スクリーンショットを撮ったりして分析することは、オーソドックスな考現学として十分可能だと思います。それこそ来年あたりには学生の卒業研究として、そういう論文が出てきてもおかしくないと思いますし、近い将来、メタバースが多くの学生に身近な存在になるようであれば、メタバース上の考現学の方法論をゼミで練り上げていってもいいと考えています。

高野:

バーチャル空間に多くの人が集まっていたら良いですが、そこに行ってひとりきりだったら観察もできないですよね。緊急事態宣言で学校などが全部クローズになったとき、慶應義塾大学の学生たちがドローンで撮影した湘南藤沢キャンパスをバーチャルで再現して、Cluster上で学園祭を開催していました。そういう場所であれば、ACROSSチームのアバターが参加して、写真を撮る、スケッチをするといったこともやってみたいな、と思いました。

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