Fashion Tech News symbol
Fashion Tech News logo
2024.02.29

「腕が4本増えたら」どんな服を着る? 身体拡張をファッション視点で考える【東京大学・稲見昌彦教授】

「ファッション」として私たちが身に着けるアイテムは無数にある。服、靴、眼鏡、リングやハットなどのアクセサリー。もちろんメイクも重要だ。最近はスマートウォッチなどのデバイスにこだわる人も増えている。
ではその延長線上にある未来、人々は何を・どこまでファッションとして楽しめるようになるのだろうか。スマートグラスは眼鏡のようなおしゃれの道具になりうるのか。VRゴーグルはどうか。もしロボットを身体に装着し、手足を増やすことが可能になったら? 服を着る身体の形さえまったく変わってしまうだろう。
実際にそんなチャレンジをしているプロジェクトが東京大学にある。「稲見自在化身体プロジェクト」。テクノロジーによる身体拡張を専門とし、先進的なウェアラブルデバイスやロボットが人間に与える影響を研究している。本記事ではプロジェクトを率いる東京大学先端科学技術研究センター・稲見昌彦教授に取材。まだ誰も定義できていない「近未来のファッション」について考えた。
PROFILE|プロフィール
稲見 昌彦(いなみ まさひこ)
稲見 昌彦(いなみ まさひこ)

東京大学 総長特任補佐・先端科学技術研究センター 副所長 / 教授

1999年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了 博士(工学)。電気通信大学、慶應義塾大学等の教授を経て2015年より東京大学教授。 自在化技術、人間拡張工学、エンタテインメント工学に興味を持つ。米TIME誌Coolest Invention of the Year、文部科学大臣表彰若手科学者賞などを受賞。超人スポーツ協会共同代表、情報処理学会理事、日本バーチャルリアリティ学会理事、日本学術会議連携会員等を兼務。著書に『スーパーヒューマン誕生!人間はSFを超える』(NHK出版新書)、『自在化身体論』(NTS)他。

研究対象は「自動」と「自在」のテクノロジー

JST ERATO 稲見自在化身体プロジェクト
「稲見自在化身体プロジェクト」について教えてください。
現在、労働をはじめとした私たちのさまざまな行為は、AIやロボットなどのテクノロジーによって代替されようとしています。これを一般的に「自動化」と言いますね。しかし一方で「自動化されたくない」行為もあるわけです。
たとえば美味しい料理を食べる。身体を動かしてスポーツを楽しむ。もちろん、服を着ておしゃれをすることも。こうした営みをテクノロジーで活性化させることを「自動化」に対して「自在化」と呼び、それによって身体や人間そのものがどう反応・変化・拡張するのかも含めて研究しているのが「稲見自在化身体プロジェクト」です。

同プロジェクトでは「身体に装着するロボット」などのユニークなデバイスが多く研究されています。今回の取材では、こうしたウェアラブルなデバイスを「器具」「装置」としてでなく「ファッション」の視点でどうとらえられるのかを考えたいと思います。
とても面白いテーマですね(笑)。ぴったりの事例を紹介しましょう。電気通信大学の宮脇陽一教授とフランスCNRSのGowrishankar Ganesh主任研究員のチームが開発した「第6の指」という人工身体があります。センサーで筋肉からの電位を感知して、ある程度装着者が自由に動かすことができる。つまり「指を1本増やす」デバイスです。
『第6の指 6th finger』
『第6の指 6th finger』
もともと脳に「指を6本動かす」機能はないのですが、慣れると扱えるようになる。このようにテクノロジーによって身体・人間の側にも変化と拡張がしばしば起きるわけですね。
ファッションについての面白い話はここからです。2022年にこの人工指を一般の方にもつけてもらうワークショップが行われました。使用したのはブロック玩具製の動かない「第6の指」の模型でしたが、集まった参加者の皆さんが楽しんだのは指を「デコる」ことだったんです。
2022年に日本科学未来館で開催されたワークショップ「LEGO®でつくる6本目の指―身体の自在化を体験してみよう!」より
2022年に日本科学未来館で開催されたワークショップ「LEGO®でつくる6本目の指―身体の自在化を体験してみよう!」より
ウェアラブルロボットがファッションアイテム化したと。
はい。これが「自動化」ではなく「自在化」が起きているわかりやすい状態だと言えます。現在ほとんどの福祉機器は「補綴(ほてつ)工学」の領域で設計されています。「補綴」とは義足や義手などで欠けた身体機能を補うことを指し「マイナスをゼロに戻す」考え方です。対して「第6の指」のような「拡張」の場合は、ゼロからプラスになる。そして拡張すると「デコりはじめる」。つまりファッション化するのではないか。こうした視点では、ファッションは「自在化」そのものだと言えるのです。

ウェアラブルロボットが教えてくれた「人間にとってファッションとは」?

こうしたデバイスが普及すると、服のような「着こなし」が出てくるのでしょうか。
そう考えます。すでに眼鏡、時計、イヤホンなどファッション化されたデバイスは身の回りにあふれていますよね。特に「眼鏡」は視力を補う補綴的な器具であるにもかかわらず、装飾品としての価値が高い面白いデバイスです。13世紀に発明されましたが、その後100年経たないうちに「伊達眼鏡」が売られはじめているんですよ(笑)。このように補綴とファッションは相互に複雑に関係しています。身体拡張デバイスでも同じことが起きる可能性は十分にあります。
1 / 2 ページ
この記事をシェアする