2021.12.17

【リレーコラム】クラブに何を着ていくべきか?(山内智瑛)

PROFILE|プロフィール
山内智瑛

一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程。専門は都市研究。現在は、日本においてナイトタイムエコノミー政策がいかにして成立したのかを研究している。論文に「ナイトライフと『安全・安心なまちづくり』政策――大阪・アメリカ村におけるクラブ摘発問題の事例から」(『年報社会学論集』、2020年)など。

身体に響く音と振動、様々な色に光り輝くレーザー、美味しいお酒、ダンスフロアの人びとの熱気――クラブ(1)という空間は、こうした家庭や職場等の日常生活ではなかなか味わうことができない体験を与えてくれる。それだけにそうした空間でどのように振る舞えばよいのか、とりわけ「クラブに何を着ていくべきか?」という問題は経験の浅い人間ならば誰しも抱える問いである。御多分に漏れず、筆者もそうだった。クラビングの経験が無かった時分は、正直あまりファッションに興味がなかった。「とりあえず裸じゃなければ良いだろう」といった考えしかなかったため、大きな街に服を買いに行くなんてこともなく、近所のスーパーの2階や3階にある洋服売り場で適当に仕入れていた。

そんな自分が衣服に意識を向けるようになったのは、今の研究テーマに取り組みはじめたことがきっかけである。筆者は現在、日本におけるナイトタイムエコノミー政策の成立過程を研究テーマにしている。具体的に言うと、日本では2010年代前半の東京・六本木や大阪・アメリカ村を中心としたクラブの一斉摘発が示すように、クラブは長らく取締りの対象となっていた。しかし、今や都市経済成長のための「夜間経済(ナイトタイムエコノミー)」としてインバウンド観光戦略(2)の中に組み込まれている(COVID-19流行により、また状況は変化しているが)。こうした転換がいかにして生じたのかという点に筆者の関心がある。元々、卒業論文執筆の一環でアメリカ村をフィールドに、地元町会を中心とした防犯活動について調査していたのだが、インタビューの中でクラブをめぐる諸問題(例えば、騒音、客の蝟集行為、暴行・傷害)が地域の解決すべき「問題」として話題になる場面がしばしば見られた。この経験から、クラブとその周辺地域、そして風営法改正をはじめとする新たな政策の動きに興味を抱くようになったのである。

上記からわかるように、筆者はおしゃれなファッションに身を包み、音楽を愛してやまない「クラバー」とはかけ離れた人間である(実際、ゼミで研究報告する中で、何度白い目で見られたことか)。しかし、研究テーマを決めてしまった以上、背に腹は代えられない。「クラブ 初心者 服装」といったワードで必死にネット検索をし、大きな街に出てそれなりの服を買いあさった。また、そうした服に合うようなメイクをするために、近所のドラッグストアに何度も足を運んで化粧品を購入した。それでも不安は拭えず、初めてクラブに行く道中、電車の窓に映る自分の顔がひきつっていたのを今でも覚えている。そんなこんなでナーバスになりながら会場に足を踏み入れたが、いざ中に入ってみると気張っていないカジュアルな服装の人がほとんどであることに気付いた。また、クラブの空間自体が薄暗いので服装の細かい部分はわからない。ダンスフロアに行けば、各々が他人の事など気にせずに、音楽に聴き入りながら身体を揺らしている。全ての店舗がそうとは言い切れないが、ファッショナブルで音楽に詳しい模範的な「クラバー」でなくとも、クラブで楽しく一夜を過ごすことは可能であることがわかった。これは筆者にとって大きな驚きであった。

(クラブを訪れたことのない人間が想像しがちな)「クラバー」のイメージと実際のユーザーとの乖離は、ここ十数年のクラブの役割の変化によるものと考えられる。かつてのクラブは、ファッションデザイナー、ミュージシャン、DJといった文化生産者が交流することでストリートカルチャー(3)を育む場であり、またサラ・ソーントンが述べたように文化やファッション等に関する知識の有無によって、その人の尊敬の享受や地位、経済的資源獲得の度合いが決定する差異化を特徴とした空間であった(4)。つまり、クラブは最先端のカルチャーを生産する文化生産者が情報収集し、ネットワークを形成するための場として機能していたのである。しかしながら、2000年代後半以降のインターネットおよびSNSの普及と、技術的進歩に伴うDJ機材のコストダウン・小型化はそうした機能に変化をもたらす。前者は時間・場所にとらわれずに最先端の文化を生産・消費することを可能にし、また文化生産者のネットワーク形成の場をインターネット空間上に開放した。後者はクラブカルチャーを文化生産者ではない一般層にも普及させた。こうした要因により、文化生産者の情報収集およびネットワーク形成の場であったクラブは一般層の遊び場・社交場へと変容したのであった(5)(ナイトタイムエコノミー政策はこの流れをさらに加速させるものと考えられる)。

そうなると、ファッションの役割もまた変化する。近年のクラブのファッションの指南記事を見てみると、共通して「動きやすい服装(ピンヒール等は非推奨)」、「個性を出し過ぎない範囲内で(たとえば、過度な露出やアクセサリー)、普段より少し冒険した格好」、「ラフすぎる格好(たとえば、ジャージ、スウェット、サンダル)はNG」という文言が見られる。このことから、ファッションはかつてのようなクラブカルチャー内における自らの個性や立ち位置を際立させるための道具ではなく、家庭や職場等とは違ったクラブの非日常的な空間を演出する一要素としての側面が強くなっていると言えるだろう。最先端のカルチャーにさほど敏感でない筆者でもなんとかクラブイベントで浮かずに楽しむことができた背景には、こうしたクラブ(およびファッション)の位置づけの変化があった。

どんな楽しいイベントも、夜明けと共に終わりを迎える。道端に散乱したゴミ、それを回収するゴミ収集車、おこぼれを狙うカラスの鳴き声――夜の街に日常が戻っていく様を、余韻に浸りながら眺めつつ帰宅する。だが家に着いた瞬間、その余韻は消え去る。というのも、着ていた服から強烈なタバコ臭がするからである(筆者は非喫煙者)。筆者にとっては、タバコの臭いが染みついた服を洗濯機に投げ入れることが、自分の頭を日常へと切り替えるスイッチとなっている。したがって、「クラブに何を着ていくべきか?」という問いに対しては、ひとまず洗濯機で丸洗いできる服と回答しておきたい。

(1)ここで言うクラブは、「DJが選曲し音楽をプレイし、オーディエンスが自由に踊る店舗空間」(太田健二, 2013, 「風営法による規制とクラブカルチャー――摘発の増加と規制の論理」『四天王寺大学紀要』55: 75‒90.を参照)のことを指す。

(2)2018年の観光庁提言「『楽しい国 日本』の実現に向けて」(2021年12月15日取得, https://www.mlit.go.jp/common/001229313.pdf)を参照。

(3)本文におけるストリートカルチャーの定義は、「大企業が供給するポピュラーな消費文化から相対的に自立した消費下位文化」(三田知実, 2007, 「文化生産者による文化消費者の選別過程――東京渋谷・青山・原宿の『独立系ストリートカルチャー』を事例として」『応用社会学研究』49: 227‒240.を参照)とする。

(4)Thornton, S, 1995, Club Cultures: Music, Media and Subcultural Capital, Cambridge: Polity Press.

(5)山内智瑛, 2020, 「ナイトライフと『安全・安心なまちづくり』政策――大阪・アメリカ村におけるクラブ摘発問題の事例から」『年報社会学論集』33: 180-91.

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