Fashion Tech News symbol
Fashion Tech News logo
2023.02.20

【リレーコラム】「段取り」じゃない、「LINE通話」の使い方――テクノロジーは舞台芸術にどのように移入されるか?(柴田惇朗)

PROFILE|プロフィール
柴田惇朗
柴田惇朗

芸術社会学。主なテーマは「小劇場演劇・パフォーミングアーツの価値の社会的生産」。京都を拠点に活動するパフォーミングアーツ・グループ「ソノノチ」にアーカイブ担当として参加しながら、長期でフィールドワークを行っている。これまでの刊行物に「芸術家とアイデンティティ・ワーク――新たな演劇人研究に向けた理論的準備」(論文、2021)など。
立命館大学大学院先端総合学術研究科・博士後期課程在学中。学振特別研究員DC1。
researchmap

「おやおや、あちらで風を求めているひとがいますよ」
「ふわん、ふわん、ふわん」
「さーっ」
「そろそろ、次の旅に行きましょう」

私は小劇場演劇の研究をしている。といっても、戯曲を読み込んだり、演出の歴史的変化について調べたり、ある時代の演劇の動向について考察したりするといった、いわゆる人文的な「演劇研究」ではない。
私のバックグラウンドは社会学にある。質的調査やフィールドワークなどと呼ばれる方法で、社会集団に入り込む調査をしている。ある集団でどのように日々の活動が遂行され、どのようなことが話題に上り、どのような価値が育まれているのか。こうしたことをフィールドで活動に参与しながら観察し、社会学的な理論化を試みている。

上記の引用は私が普段からフィールドワークを行っているパフォーミング・アート グループ「ソノノチ」[1]によって作られた作品『風景によせて2022 たびするつゆのふね』[2]で用いられたテキストの一部である。
このテキストはセリフではなく、「LINE通話」を用いてスタッフからパフォーマーに出される指示からの抜粋である。詳しくは後述するが、演者はお互いの存在も確認できないほど離れた位置に置かれているため、この指示を頼りに演技のタイミングをとる。

本稿ではこの「LINE通話」の事例を通じて、舞台芸術に技術が移入される過程について考える。着目したいのは実践とテクノロジーの関係だ。舞台芸術において技術が利用されるようになるとき、先立つのはテクノロジーか、はたまた芸術か。この小さな「LINE通話」の事例は、そのような大きな話をする足がかりになるように思えるのだ。

画像: 上演中、LINE通話を用いて指示を送るスタッフ
上演中、LINE通話を用いて指示を送るスタッフ

舞台芸術・ミーツ・テクノロジー

日本国語大辞典によると、テクノロジーとは「科学技術…また、ある社会集団が生産に際して技術を利用する方法の体系」を意味する。ここでは特に後者の意味でテクノロジーを考えたい。すなわち、劇団(あるいは“パフォーミング・アート グループ”)という「社会集団」が作品の「生産に際して」利用する「技術」について考えたいということだ。

ソノノチに限らず、舞台芸術とテクノロジーは切っても切れない関係にある。もとい、現代の舞台芸術はテクノロジーなしでは成立しない。(舞台芸術の技術史に関して私から述べられることは少ないが、文献は豊富にあるので参照されたい[3]

個別的な厳密さを犠牲にしつつ、舞台芸術とテクノロジーがどのように関係しているか大づかみで考えてみる。一つの切り口として考えられるのは、舞台芸術で用いられるテクノロジーの種類だ。たとえば、舞台美術、音響、照明、衣装といった「もの」を扱う領域はもちろんのこと、演出や演技といった行為や時間を扱う職域にも多くの技術が用いられている。工学の用語を借用すれば、それぞれ「ハード・テクノロジー」および「ソフト・テクノロジー」と呼ぶことができるだろう。

また別の切り口として、舞台芸術においてテクノロジーが使用されるようになる(あるいは、使用されなくなる)プロセスへの視点がある。技術の導入に話を限定するのであれば、外で生まれたテクノロジーが舞台で使用されるようになる場合と、テクノロジー自体が舞台芸術の実践の中から生み出された場合が考えられるだろう。

前者(「移入型」としておく)の例は枚挙にいとまがなく、革新的な技術はいつでも舞台の中で利用されてきた。近年の大きな潮流として、デジタル・テクノロジーの利用がある。伝統芸能にプロジェクション・マッピングが用いられたり(引用文献6参照)、ロボットによる演劇が上演されたり(引用文献7参照)、使うテクノロジーがその上演の大きな個性や魅力となっている場合もある。

後者(こちらは「ホームグロウン型」とする)に関しても例は多い。特に「ソフト・テクノロジー」である演技や演出に関する技術は基本的に舞台芸術の文脈の中で用いられるため、多くは「ホームグロウン」であろう。一方、「どの席から見ても同じ景色が見えるように」という意図でワーグナーが作ったバイロイト祝祭劇場(引用文献8参照:p140−143)のように、「ホームグロウン」な「ハード・テクノロジー」もある。

このように、一口に舞台芸術とテクノロジーの関係といっても、さまざまなパターンが考えられる。次節ではこれらの類型を使いながら、「LINE通話」がどのようにソノノチの実践と関係しているか考える。

「LINE通話」というテクノロジー、を用いたテクノロジー

画像: 上演中のLINE通話画面
上演中のLINE通話画面

まず、簡単にソノノチという集団について説明したい。

2013年に京都で活動を開始したパフォーミング・アート・グループである。筆者は2017年から断続的にソノノチをフィールドに調査を行っている。ソノノチはここ3年ほど、滞在制作を活動の中心に据えているため、その滞在地が京都から離れた場合、筆者はアーカイブ担当者として参与しながら、間近で活動の現場を見ている。

ソノノチは「小劇場演劇」を行う集団として非典型的だ。「平均劇団」はそもそも想定しづらいのだが、おそらく「小劇場演劇」と聞いて皆さんがイメージするものを、ソノノチは作っていない。

近年彼らが取り組んでいる〈ランドスケープ・シアター〉(以下〈LST〉)と呼ばれる作品群は、中山間地域の屋外で上演されることが多い。観客は屋外――田園のあぜ道や野原の切り株など――に設置された客席に案内され、風景を眺めるようにパフォーマンスを鑑賞する。演者までの距離は少なくとも数十メートル離れていて、舞台となる風景の中をトラックが通り抜けたり、近所の人が農作業をしに出てきたりする。『たびするつゆのふね』においても4名のパフォーマーが前触れなく登場し、はける[4]ため、最後までその登場に気づかない観客がいたこともあった。

画像: 屋外の客席から〈LST〉を見る観客
屋外の客席から〈LST〉を見る観客

そのような非典型的な舞台において用いられるLINE通話について、再度考えてみる。先の類型に照らして、ソノノチとテクノロジーはどのような関係を持っているといえるだろうか。

まず、LINE通話とは言わずと知れた、あのLINEの通話機能のことである。国内では9割以上の人が使っている(引用文献9参照)、ほとんどインフラのような位置づけのアプリだ。無料な上、複数人での安定した通話ができることから、ソノノチではここ数年の〈LST〉の創作において、LINE通話が用いられている。

LINE通話自体は、まごうことなき「ハード・テクノロジー」である。そして、それは本来舞台芸術の作品中で指示を送るために開発されたわけではないので、「移入型」の使用例である。

しかし、それだけではない。

次に、この通話において用いられている独特の言い回しについて考えたい。再度、電話越しにこの文章が読まれていることを想像してほしい。音響卓の操作をしながら、エンジンを切った車の中で終演後の準備をしながら、はたまた稲穂が揺れる風景=舞台の上で、パフォーマンスを遂行しながら聞く、この一行一行。

「おやおや、あちらで風を求めているひとがいますよ」
「ふわん、ふわん、ふわん」
「さーっ」
「そろそろ、次の旅に行きましょう」

繰り返すが、このテキストは観客に聞かせるものではない。では、なぜこのような独特の言い回しが選択されるのか?そこには、「ソフト・テクノロジー」としての意図が隠されている。

2022年11月3日、稽古に参与した際のフィールドノートの記録が手元にある。その日は京都のとある公園で、全4名のパフォーマーとの稽古に参加していた。10時から2時間ほどかけ、それまで現地での滞在制作や、京都に戻っての稽古で作り上げられたいくつかの「動き」を試し、タイミングや表現のバランスを調整する。

画像: 屋外で稽古を行うパフォーマー
屋外で稽古を行うパフォーマー

そして、動きを組み上げ、その日初めての「通し」を行ったすぐあとに、あるパフォーマーが全体にとある提案をした。

「今までは(指示出しの担当に)『せーの』って言ってもらってたけど、段取りっぽいよね。『煙が出てきました』[5]とか言ってもらって動きを作っていったら、自分の気持ち、やってる感覚が変わるんじゃないかな。」

すると他のパフォーマーたちも我が意を得たりと、それぞれに新しい指示の文言を提案し始めた。

「じゃあ、『3・2・1』(とカウントダウンする)の代わりに『もくもくー、もくもくー、もくもくー』にしたいかな」
「[風をモチーフにした動き]も『ふわー、ふわー』とかにしようか。その方が世界観というかね、途切れないから」

出来上がった指示を試してみると、パフォーマーたちはその効果に確信を得たようで、即採用が決まった。それまでLINE通話での指示は「〇〇さん、登場してください」「△△の動き 3・2・1」といった調子で、事務的にこなされるのが通例だった。しかし、数回の上演を経て、動きによって示したい世界観とパフォーマーの内心に隔たりが生まれてしまう=動きが「段取り」になってしまうという問題意識がパフォーマーたちに醸成されたのである。

かくして、芸術生産の側からの要請によって、この独特の言葉遣いによる指示という「ホームグロウン型ソフト・テクノロジー」が作り出された。LINE通話を移入する過程で、新たなテクノロジーがその小さな社会集団の中に生まれたのである。

これが写し出すのは、パフォーマーの自身の仕事へのこだわりとプライドである。たとえ客席から見えているものが同じであっても、「段取り」であると感じている動きではいけない。そのような言語化困難な領域でのミクロな調整の結果として、「ふわん、ふわん」なのである。

***


舞台芸術にテクノロジーが移入されるとき、一見するとテクノロジーが芸術に先立つように思える。実際、LINE通話、もしくはそれに変わる「ハード・テクノロジー」は、〈LST〉の実践に不可欠だといえる。しかし、それはテクノロジーを漫然と享受し、流用することではない。テクノロジーは常に局所的なニーズに応じて修正され、その修正自体が新たな「ソフト・テクノロジー」となってその先の創作を支える。

私の研究は芸術全体からすれば極小の領域を扱っており、その中でも今回扱ったLINE通話をめぐる話は特に小さい。しかし、芸術と技術をめぐるこの話は広がりがある。このような実践はソノノチに限られるものでないからだ。他所から移入してきたテクノロジーと、現場のニーズに合わせて生み出されたテクノロジーをある社会集団が混ぜ合わせる。そのプロセスから浮かび上がるのは、芸術生産という実践の、ある重要な部分ではないだろうか。

[1]ソノノチは「劇団」ではない。「劇団」という呼称の使用が厳格に避けられている理由は割愛するが、それはグループのアイデンティティーの自己定義にとって重要な事項である、とだけ述べておきたい。アイデンティティの自己定義は舞台芸術従事者にとどまらず、芸術家全般にとって重要な問題である(引用文献1を参照)。また、「劇団」ではないものの、小劇場演劇の世界とつながりを保っており、ルーツも小劇場演劇にあるため、彼らの活動を私は広義の「小劇場演劇」の文脈に入れて理解している。
[2]上演の詳細については以下のリンクを参照:https://landscape.sononochi.com/archives/826
[3]現在の日本の舞台芸術における技術をまとめた文献は多い(劇場等演出空間運用基準協議会編『舞台技術の共通基礎』(2020)、舞台監督研究室編『舞台監督読本』(2021)など)。舞台技術の個別の領域の歴史に関しての文献も枚挙にいとまがないので、「舞台照明 歴史」などで検索してみてほしい。英語で舞台技術一般は「Stagecraft」と呼ばれており、ブリタニカ百科事典(英語版)の同項でも舞台技術の歴史が分野別に細かく記述されている。また、「演劇の歴史」が冠された文献は概して舞台技術史として読むことが可能だ。
[4]客席から見える位置にいる舞台上の演者が、見えない位置まで移動すること。
[5]その日試していた動きの中に、滞在先の野焼きの煙をモチーフにした動きがあったことをふまえての発言。

引用文献
1.柴田惇朗,2021,「芸術家とアイデンティティ・ワーク――新たな演劇人研究に向けた理論的準備」『Core Ethics』17: 117−127.
2.「テクノロジー」『〔精選版〕日本国語大辞典』
3.劇場等演出空間運用基準協議会編,2020,『舞台技術の共通基礎: 公演に携わるすべての人々に 改訂版2020』フリックススタジオ.
4.舞台監督研究室編,2021,『舞台監督読本――舞台はこうしてつくられる』四海書房.
5.Holmes, Ralph , Cruse, William , Barker, Clive , Gillette, J. Michael , Bay, Howard , Tripp, Maureen Heneghan and Dufford, Stanley. "Stagecraft". Encyclopedia Britannica, 2 Aug. 2022 (URL: https://www.britannica.com/art/stagecraft)
6.米山敬太,2015,「伝統芸術×最新テクノロジー」『電通報』(URL: https://dentsu-ho.com/articles/3027
7.石黒浩・平田オリザ,2011,「事例紹介:ロボット演劇」『日本ロボット学会誌』29(1): 35–38.
8.高山明,2021,『テアトロン――社会と演劇をつなぐもの』河出書房新社.
9.総務省,2022年,『令和3年度情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査報告書』(URL: https://www.soumu.go.jp/main_content/000831290.pdf

TOP画像・プロフィール画像撮影:脇田友

LINEでシェアする