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【リレーコラム】「段取り」じゃない、「LINE通話」の使い方――テクノロジーは舞台芸術にどのように移入されるか?(柴田惇朗)

PROFILE|プロフィール
柴田惇朗
柴田惇朗

芸術社会学。主なテーマは「小劇場演劇・パフォーミングアーツの価値の社会的生産」。京都を拠点に活動するパフォーミングアーツ・グループ「ソノノチ」にアーカイブ担当として参加しながら、長期でフィールドワークを行っている。これまでの刊行物に「芸術家とアイデンティティ・ワーク――新たな演劇人研究に向けた理論的準備」(論文、2021)など。
立命館大学大学院先端総合学術研究科・博士後期課程在学中。学振特別研究員DC1。
researchmap

「おやおや、あちらで風を求めているひとがいますよ」
「ふわん、ふわん、ふわん」
「さーっ」
「そろそろ、次の旅に行きましょう」

私は小劇場演劇の研究をしている。といっても、戯曲を読み込んだり、演出の歴史的変化について調べたり、ある時代の演劇の動向について考察したりするといった、いわゆる人文的な「演劇研究」ではない。
私のバックグラウンドは社会学にある。質的調査やフィールドワークなどと呼ばれる方法で、社会集団に入り込む調査をしている。ある集団でどのように日々の活動が遂行され、どのようなことが話題に上り、どのような価値が育まれているのか。こうしたことをフィールドで活動に参与しながら観察し、社会学的な理論化を試みている。
上記の引用は私が普段からフィールドワークを行っているパフォーミング・アート グループ「ソノノチ」[1]によって作られた作品『風景によせて2022 たびするつゆのふね』[2]で用いられたテキストの一部である。
このテキストはセリフではなく、「LINE通話」を用いてスタッフからパフォーマーに出される指示からの抜粋である。詳しくは後述するが、演者はお互いの存在も確認できないほど離れた位置に置かれているため、この指示を頼りに演技のタイミングをとる。
本稿ではこの「LINE通話」の事例を通じて、舞台芸術に技術が移入される過程について考える。着目したいのは実践とテクノロジーの関係だ。舞台芸術において技術が利用されるようになるとき、先立つのはテクノロジーか、はたまた芸術か。この小さな「LINE通話」の事例は、そのような大きな話をする足がかりになるように思えるのだ。
上演中、LINE通話を用いて指示を送るスタッフ
上演中、LINE通話を用いて指示を送るスタッフ

舞台芸術・ミーツ・テクノロジー

日本国語大辞典によると、テクノロジーとは「科学技術…また、ある社会集団が生産に際して技術を利用する方法の体系」を意味する。ここでは特に後者の意味でテクノロジーを考えたい。すなわち、劇団(あるいは“パフォーミング・アート グループ”)という「社会集団」が作品の「生産に際して」利用する「技術」について考えたいということだ。
ソノノチに限らず、舞台芸術とテクノロジーは切っても切れない関係にある。もとい、現代の舞台芸術はテクノロジーなしでは成立しない。(舞台芸術の技術史に関して私から述べられることは少ないが、文献は豊富にあるので参照されたい[3]
個別的な厳密さを犠牲にしつつ、舞台芸術とテクノロジーがどのように関係しているか大づかみで考えてみる。一つの切り口として考えられるのは、舞台芸術で用いられるテクノロジーの種類だ。たとえば、舞台美術、音響、照明、衣装といった「もの」を扱う領域はもちろんのこと、演出や演技といった行為や時間を扱う職域にも多くの技術が用いられている。工学の用語を借用すれば、それぞれ「ハード・テクノロジー」および「ソフト・テクノロジー」と呼ぶことができるだろう。
また別の切り口として、舞台芸術においてテクノロジーが使用されるようになる(あるいは、使用されなくなる)プロセスへの視点がある。技術の導入に話を限定するのであれば、外で生まれたテクノロジーが舞台で使用されるようになる場合と、テクノロジー自体が舞台芸術の実践の中から生み出された場合が考えられるだろう。
前者(「移入型」としておく)の例は枚挙にいとまがなく、革新的な技術はいつでも舞台の中で利用されてきた。近年の大きな潮流として、デジタル・テクノロジーの利用がある。伝統芸能にプロジェクション・マッピングが用いられたり(引用文献6参照)、ロボットによる演劇が上演されたり(引用文献7参照)、使うテクノロジーがその上演の大きな個性や魅力となっている場合もある。
後者(こちらは「ホームグロウン型」とする)に関しても例は多い。特に「ソフト・テクノロジー」である演技や演出に関する技術は基本的に舞台芸術の文脈の中で用いられるため、多くは「ホームグロウン」であろう。一方、「どの席から見ても同じ景色が見えるように」という意図でワーグナーが作ったバイロイト祝祭劇場(引用文献8参照:p140−143)のように、「ホームグロウン」な「ハード・テクノロジー」もある。
このように、一口に舞台芸術とテクノロジーの関係といっても、さまざまなパターンが考えられる。次節ではこれらの類型を使いながら、「LINE通話」がどのようにソノノチの実践と関係しているか考える。
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