現在放送中の人気アニメ『薬屋のひとりごと』は、古代中国の後宮から着想を得たファンタジー作品だ。
作中には、毒見役の侍女である主人公・猫猫(マオマオ)や、宦官の壬氏(ジンシ)、猫猫が仕える皇帝の妃である玉葉妃(ギョクヨウヒ)など魅力的なキャラクターが多数登場する。そんな彼らが身にまとう宮廷衣装は、古代中国の伝統的な衣装「漢服」をもとにデザインされている。
日本ではあまり知られていない漢服。その歴史的背景や作品での表現へのこだわり、さらに自作する際のポイントについて、
文化学園大学の米井助教に詳しく伺った。
PROFILE
米井 由美(よねい ゆみ)文化学園大学国際文化学部 助教
首都大学東京[現 東京都立大学]大学院人文科学研究科博士課程満期退学。上海師範大学に高級進修生として留学。専門は中国近現代文学、女性誌研究。中国モダニズム研究会編『中華生活文化誌――ドラゴン解剖学 竜の生態の巻』(関西学院大学出版会、2018)では、第2章「着る――チャイナドレス、人民服、ファッション」を執筆した。現在、大学では中国語をはじめ、中国文化事情や日中関係論を教えている。
作品の舞台は漢服が花開いた唐の時代
まず、「漢服」とはどんな服なのでしょうか。
唐代の漢服。日中友好会館美術館 2024『長安・夜の宴 ~唐王朝の衣食住展~』より(展示品提供:大阪七絃琴館)漢服はその名の通り、漢民族が着ていた服を指します。広い袖や流れるようなシルエットを持つ中国の伝統的な服装で、高い身分の者から庶民まで幅広く着られていました。
女性の漢服は、華やかな装飾や裾が広がったスカートが特徴です。特にスカートについては、裾を引きずるほど長かったという記録も残っています。対して、男性の漢服は直線的でシンプルなデザインが一般的でした。
また、漢服は見た目の美しさだけでなく、快適さにも優れていました。素材を変えることで夏は涼しく、重ね着をすることで冬は暖かく着ることができる実用的な衣服だったのです。
漢服の歴史的な変遷について教えていただけますか?
漢服は非常に歴史が長い衣服ですが、着られていない時期も長いです。漢民族が中国を支配していた紀元前から中世にかけて、漢服は中国全土で広く着用されていました。
17世紀に満州族によって清朝が成立すると、服装も彼らの伝統から大きな影響を受けました。そのひとつが、今日でも有名な「旗袍(チーパオ)」として知られるチャイナドレスの原型です。
その後、中華人民共和国では「人民服」が推奨されます。1980年代に改革開放が進むと、西洋のファッション、特にジーンズなどが中国に流入し、服装の現代化と多様化が起きました。
漢服が再び着られるようになったのは、2000年代に入ってからのことです。漢服復興運動が起きたほか、SNSの影響で若年層に人気が出たこと、古代中国が舞台の宮廷ドラマが人気になったことが背景にあります。

漢服は約400年もの間着られることがなく、その文化は一時途絶えかけていました。しかし近年、ようやく漢民族のアイデンティティを示すものとして見直しが進んでいるといえるでしょう。
『薬屋のひとりごと』の服装のモデルは、唐の時代のものです。この時代の漢服の特徴とは?
唐代は、中国が統一されたことで経済的に大きく発展し、国内外の交流が盛んになった時代です。こうした時代背景をもとに服飾文化も発展し、ファッション性が高まりました。素材面では、絹織物の技術が進歩し、衣服の素材としての使用が増加していきました。
唐代の漢服。日中友好会館美術館 2024『長安・夜の宴 ~唐王朝の衣食住展~』より(展示品提供:大阪七絃琴館)一方、装飾面では、草木や動物をモチーフとした刺繍が普及しました。皇族を中心とした高位の身分の者たちが、金糸・銀糸を用いた豪華な刺繍を取り入れ始めたのも、この時代からとされています。
侍女の服は自然の素材を使って染められた
ここからは、登場キャラクターの服装について伺っていきたいと思います。まずは侍女の猫猫の服装についてです。
猫猫の衣装は、漢服のなかでも「襖裙(オウクン)」に近いのではないかと思います。
襖裙は唐代から存在した漢服の一種で、上下に分かれたデザインが特徴です。「襖(オウ、上着)」は直線的で広がりのある形をしており、その下に「裙(クン、ロングスカート)」を合わせます。
明代や清代、中華民国期に着用されていましたが、なかでも猫猫の服に印象が似ているのは、中華民国の頃に女学生の制服となっていた襖裙です。女学生たちが襟元をチャイナボタンで留めていたのに対し、猫猫はヒモで結んでいるという違いはありますが、全体の印象は似ていると思います。
頻繁に走ったりものを運んだりする活発な猫猫にとっては、このような服装が動きやすくて快適なのでしょう。
えんじ色と緑色の配色は、一見珍しい組み合わせに思えますが、これは当時実在した配色だったのでしょうか?
当時の女性には、朱色が好まれました。朱色に近いえんじ色も、一般的だったと思われます。緑も当時の中国ではよく着られていたとされています。なので、この組み合わせは実際ありえるものですね。
朱色が好まれまれていたという唐代の漢服。日中友好会館美術館 2024『長安・夜の宴 ~唐王朝の衣食住展~』より(展示品提供:大阪七絃琴館)猫猫の服をまねして作るファンも多いと聞きます。彼女のような服を着たい・作りたいと思った場合、気をつけるべきポイントはありますか?
素材と色だと思います。当時、身分が高い人は絹、一般庶民は麻や綿の服を着ていました。猫猫は侍女という設定なので、ざらっとした麻布を使う方が実際の雰囲気に近くなりそうですね。それから、色についても、身分が高い人はあざやかで派手な色、庶民は自然の素材で染めた地味な色の服を着ていました。
特に侍女は、身分が高い人より目立たないよう、地味な色のものが多かったと考えられます。実際の猫猫に近づけるのであれば、落ち着いた色を選ぶといいでしょう。
また、スカートはゆったりしたものを合わせましょう。ボリュームを出したい場合は当時と同じく、袴のようなワイドパンツをスカートの下にはくと、シルエットを近づけられるかもしれないですね。
宦官から妃まで、身分で異なる後宮の装い
続いては後宮で働く宦官の壬氏です。表向きは宦官ですが、実際の身分には謎があります。また、作中では猫猫の上司に近い立場です。
当時、後宮に仕える役人である宦官(かんがん)はグレーや青など控えめな色の服を着ていました。なので一見すると、壬氏も特別に高い身分の宦官ではないように思えます。しかし、壬氏の上着には、皇族や高官だけが使用を許された金色らしき縁取りが施されています。ここから、彼が普通の宦官ではないことが暗示されているように感じます。
また、(作中に登場する)他の宦官は「幞頭(ボクトウ)」と呼ばれるかぶり物を着用していますが、壬氏はそれを身に着けていません。
これもやはり、彼の立ち位置が特殊であることを示しているのでしょう。
左から猫猫、壬氏(©日向夏・イマジカインフォス/「薬屋のひとりごと」製作委員会)服装でキャラクターの複雑な身分が表されているんですね。作中には晴れ着を着ている壬氏も登場しますが、その際、彼の服には龍の紋章が使われています。
龍は、中国では皇族など身分が高い人のみに許される紋章ですね。ただ、宦官でも皇族に気に入られ許可をもらった者であれば、身に着けることができたという話もあったりするんですよ。
壬氏の身分は作品の重要なポイントでもありますが、服装が伏線にもなっているんですね。続いては、玉葉妃・梨花妃(リファヒ)・里樹妃(リーシュヒ)・阿多妃(アードゥオヒ)ら後宮に住まう上級妃4名です。
玉葉妃は中央の赤い服の女性、梨花妃は中段右の青い服の女性、里樹妃は上段中央のピンクの服の女性、阿多妃は上段右の紫の服の女性(©日向夏・イマジカインフォス/「薬屋のひとりごと」製作委員会)まず、玉葉妃が前に垂らしている帯の形は珍しいと思いました。表面に施されている刺繍も特徴的です。他の妃との違いを見せるためのものと思われますが、漢服由来の形ではなく別の文化の影響を感じます。
梨花妃の服は、胸元が大きく開いていますね。上級妃はお世継ぎを生む立場にあるため、健康的な豊満さを強調できるこうした服装が実在していたのです。
里樹妃は、袖部分にフリルらしきものがついていますね。これは(実際の漢服で)あまり見たことがありません。里樹妃の幼さや、可愛さを演出しているように見えます。
それから、漢服は淡い色だけでなく、阿多妃のような暗い色のものもあります。阿多妃は他の上級妃よりも年上なので、落ち着いた雰囲気を演出するためにこの色が用いられたのではないでしょうか。
服装にそれぞれの個性が表れていていいですね。
玉葉妃は首都から離れた西の都出身とされているので、衣服でもそれが反映されているのかもしれません。実際の唐代の上級妃も、日常的にこういった服装で過ごしていたのでしょうか?
そうですね。漢服では人前に出るとき上着の「衫(サン)」、スカートの「裙(クン)」、ショールの「披帛(ヒハク)」の3点セットを身に着けます。衫は絹でできた衣で、夏に着るものです。夏以外は「襦(ジュ)」という、短い上着を着ました。
猫猫のような侍女とは違い、上級妃は普段からこの3点セットを身に着けていました。動きにくそうに見えますが、身の回りのことは侍女がやるので動く必要がなかったんですね。
また、普段から華やかな服装をしていましたが、祭典になるとさらに絢爛豪華な装いに着替えていました。
現代より髪飾りも多いですが、これも動く必要がなかったためなんですね。
唐代は多様な髪飾りが生まれた時代でもあり、身分が高い女性は一度に多くの髪飾りをつけていました。なので、この点ついても史実に近いと感じます。
唐代の多様な髪飾り。日中友好会館美術館 2024『長安・夜の宴 ~唐王朝の衣食住展~』より(展示品提供:大阪七絃琴館)ただ髪型については、当時は前髪を作らないヘアスタイルが一般的でした。
昔の中国では「親からもらった髪を傷つけてはいけない」という考えがあり、性別問わず基本的に髪は切りませんでした。
後ろ髪は、頭上でお団子のような髷に結い、前髪も切らずに伸ばして後ろ髪とともにまとめていたと考えられます。里樹妃などは前髪を切っていますが、これは現代の日本に合わせてアレンジされた髪型だと思います。
最後に、作品についての感想を教えてください。
『薬屋のひとりごと』は、歴史的な正確さを保ちながらも、現代の視聴者に親しみやすいよう、細部にわたって巧みなアレンジが施されている作品だと感じました。作品に登場する漢服は、時代背景や人物の個性を取り入れたデザインとなっており、キャラクターの特徴をうまく表現していると思います。
冒頭でお話ししたように、漢服は約400年もの間着られることがなく、その文化は一時途絶えかけていましたが、近年になってようやく見直されるようになりました。
『薬屋のひとりごと』で描かれる美しい衣装が、多くの方に漢服の歴史や文化に興味を持っていただくきっかけになればうれしく思います。
ヘッダーキャプション:
©日向夏・イマジカインフォス/「薬屋のひとりごと」製作委員会
画像協力:
TVアニメ『薬屋のひとりごと』展
日中友好会館美術館 × 大阪七絃琴館2024『長安・夜の宴 ~唐王朝の衣食住展~』
<展示情報>
TVアニメ『薬屋のひとりごと』展
会期:2025年3月26日(水)~4月14日(月) ※全日日時指定制
会場:松屋銀座 8階イベントスクエア
開場時間:午前11時~午後8時※3月30日(日)、4月6日(日)、13日(日)は19:30閉場 ※最終日は17:00閉場 ※最終入場は閉場1時間前まで
入場料:一般1,800円・高校生900円・中学生700円・小学生500円・グッズ付き3,900円 ※金額は全て税込
問い合わせ:松屋銀座 03-3567-1211(大代表)
公式HP:https://kusuriya-exhibition.jp/
公式X:@kusuriya_ex
※本展覧会に関する情報は予告なく変更になる場合があります。
※最新情報、詳細、注意事項を展覧会公式サイトにて必ずご確認ください。
Text by まいしろ