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肌悩みを解決する新素材:桃谷順天館が140年の技術で開発した「モイストファイバー」繊維とは?

2025.04.02
衣服が肌に触れて、かゆみや不快感を覚えたことはないだろうか。近年、先進国を中心にアトピー性皮膚炎やアレルギー症状を訴える人は増加傾向にあるという。
こうした肌悩みに立ち向かうのが、世界初の繊維「モイストファイバー」を開発した化粧品の老舗メーカー・桃谷順天館だ。同社の桃谷総合文化研究所 所長の杉野哲造さんに、新繊維の可能性や開発秘話を聞いた。

PROFILE

杉野 哲造 (すぎの ていぞう)

株式会社桃谷順天館 桃谷総合文化研究所 所長

肌悩みに挑む桃谷順天館の使命

1885年(明治18年)創業の桃谷順天館は、創業者が妻の肌悩みを解決すべく開発した「にきびとり美顔水」から始まった。「より多くの人々のお役に立ちたい」という創業精神を守りながら、今日まで多数の製品を世に送り出してきた。
同社の「モイストラボ」や「メディショット」などの製品は、手にしたことがある人も多いだろう。しかし、なぜ化粧品会社がモイストファイバーという繊維を開発することになったのか。
「モイストファイバーの開発は、アトピー性皮膚炎の増加に注目したことから始まりました。アトピー性皮膚炎やアレルギーに苦しむ人は先進国に多く見られ、世界の発展にともない今後も増えていくと考えられています。しかし、アトピー性皮膚炎やアレルギーについては、まだまだ科学で解明できていない部分がたくさんあります。
私たちは、長年の化粧品開発の知見や自社研究所で見出した科学的なエビデンスを生かして、アトピー性皮膚炎やアレルギーに悩む人々のお役に立ちたい思いで日々研究をしています」
アトピーでなくても湿疹やかゆみは起こりうる。多くの機能性繊維が開発されており、中には敏感肌や乾燥肌の人が刺激や違和感を感じることがある。
「衣服は第二の皮膚ともいわれ、肌と外環境の間のバリアとして大きな働きを持っています。そこで私たちは、化粧品開発の知見を繊維開発に生かし、肌が敏感な人でも自由にファッションを楽しめる素材の開発を目指しました」
桃谷順天館は130年以上にわたり肌の常在菌や殺菌技術を研究してきた。その成果のひとつが、世界初の抗菌成分「フローラコントローラ FC161」だ。
モイストファイバーは、このFC161を繊維に練り込んだ新素材で、繊維会社・オーミケンシ株式会社と共同研究を進めている。
「かつては美肌のためには菌を排除すべきと考えられていましたが、近年は肌にとって有益な菌も存在しているという考え方が主流です。肌状態を理解するには、水分量や油分量などの情報に加えて、肌常在菌叢のバランスも重要です」
杉野さんによれば、黄色ブドウ球菌は毒素を出して肌のバリア機能を壊す悪玉菌だという。
「悪玉菌のみを抑えるFC161を繊維に練り込んだモイストファイバーは、肌に直接触れることでお肌に浸透して潤いを与え、肌フローラ(常在菌叢)を整えます。着ることでスキンケアができる"着る化粧品"として開発しています」

特許技術が生み出す独自の効果

桃谷順天館のモイストファイバーは、FC161を特殊な技術で繊維に練り込み特許を取得している。市場の保湿アイテムとは、加工方法や効果検証において大きな違いがある。
「保湿機能をうたう繊維製品は多数ありますが、多くは繊維自体の吸湿効果を表現するものであり、お肌への保湿効果とは異なります。また繊維に保湿成分を付与する方法には2種類あり、繊維ができる工程で付与する練り込み法と、繊維が出来上がったあとに付与する後加工法があります」
後加工品は一般的には洗濯で効果が落ちやすいが、練り込み法は繊維にしっかり付着するため、洗濯しても加工が落ちにくい。素材にはパルプ由来のレーヨンを選択したという。
「レーヨンは成分を練り込みやすく水分保持に優れ、着心地もよいため、あらゆる繊維製品に応用可能です。ただしレーヨンだけではもろくなるため、繊維会社やクライアントの知見も参考に製品開発を進めています」
そのモイストファイバーの加工には、クレンジングオイルの技術が応用されているという。
「効果を発揮するには、十分な量の成分を練り込む必要があります。そこで当社のクレンジングオイルの処方技術を応用しました。クレンジングオイルは水分をほとんど含まないため、油溶性の有効成分を多く配合するのに適しています。かつ、繊維製造時の水槽に添加すると、有効成分をマイクロエマルジョン化させることができ、効率よく繊維に取り込むことができるのです」
効果検証も徹底的に行った。
「着用4時間後の肌水分量、8時間後の肌バリア機能と柔軟性を測定し、効果を確認しています。アパレルでは効果の対象が肌触りだけに留まりがちですが、私たちは化粧品と同じように多角的な面から効果を検証し、肌悩みを持つ人の役に立つことを目指しています」

実用化への道のり

モイストファイバーの実用化では、多くの課題に直面した。
「繊維や素材の種類が多いのが難しいポイントでした。研究ではモイストファイバーを30%配合した生地で効果を確認していましたが、実際の製品開発では効果が確認できないケースもありました」
原因を調査すると、繊維のpHに問題があることが判明。ある繊維がアルカリ性に偏っており、効果に影響してしまっていた。また、染色工程で使われる加工剤の抗菌力が強すぎて、美肌菌まで殺菌してしまう問題も発生した。
「縫製によっても効果に差が出るため、肌に触れる方の糸をモイストファイバーにするなどの工夫をしました。そもそもアパレル製品を化粧品化するプロセスがほとんどない状況からのスタートで、課題は山積みでした」
製品化までの道のりは長く、1つのサンプル作成に2~3ヶ月を要したという。
「通常の化粧品開発より時間がかかり、もどかしさもありましたが、繊維業界との連携から新たな知見が生まれ、世界初のモイストファイバー繊維が生まれました」

桃谷順天館が大阪万博で描く未来

大阪万博での出展ブースイメージ
桃谷順天館は、今年間近に迫った大阪万博でモイストファイバーを展示する。『サステナブルに基づく繊維・ファッション産業の未来共創プロジェクト』の『Kira Kira zone』で、"肌トラブルなく、快適でワクワクする未来"を提案する予定だ。
「同プロジェクトにはアパレルメーカーが多く出展しており、化粧品メーカーは桃谷順天館だけです。モイストファイバーを生かしながら、"光合成する服"や"透明に見える服"など、未来や環境へのメッセージも発信したいと考えています」
香りを生かした展示や、肌常在菌についてゲームで学べる体験も計画中だ。「ライフサイエンス×テクノロジーで、多くの方に"肌トラブルのない未来"を感じていただけたら」と杉野さんは話してくれた。
アトピー性皮膚炎の世界市場は、2030年までに214億米ドルの価値に達する[1]と予想されている。モイストファイバーは肌悩みを抱える多くの人の救いとなるとともに、化粧品とアパレル業界を活性化する可能性を秘めている。

[1]参考:Panorama Data Insights Ltd.のレポートより

Text by 継田 理恵(美容家/ライター)

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