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沖縄が生んだ1足数百円のローカルサンダル――「島ぞうり」の歴史とその魅力
沖縄のおみやげ屋には必ずと言っていいほど置いてある「島ぞうり」。沖縄の強い日差しを思わせる鮮やかな色のサンダルだ。
ではファッションアイテムとしてはどんな歴史と特徴を持つのだろうか?
沖縄でもっとも古くから島ぞうりの販売を行い、“元祖島ぞうり”を販売する沖縄月星株式会社の與那原社長に聞いた。
PROFILE

與那原 良光(よなはら りょうこう)
沖縄月星株式会社 代表取締役社長
靴・履物、レインウエア、スポーツ用品などの企画・卸販売を手掛ける。1950年に松本商店を創業し1956年に松本商会に改組,卸部門と小売部門を分離独立し1972年より株式会社ムーンスターの沖縄総代理店として「沖縄月星株式会社」を設立し事業を展開。
沖縄県民の「ソウルシューズ」に隠された歴史

そもそも「島ぞうり」とは、沖縄で日常的に履かれている鼻緒つきのサンダル(トングサンダル)を指す。
ほとんどはゴムやEVA製でロープライスな商品だが、なかには「MADE IN OKINAWA」にこだわったものや、本革製の島ぞうりもある。
「島ぞうりは、気温が高く、海がそばにある沖縄で誰もが身につけている便利な履物です。ソウルフードならぬ『ソウルシューズ』というわけですね」
いわゆるビーチサンダルではあるものの、海や水場だけではなく、街履きでもあり、ビジネスシーンを除くあらゆる生活の場面で使われている。
「沖縄の家庭では、家族ひとりに1足は島ぞうりがあることが当然というくらい普及しています。
なかでも当社は沖縄でもっとも古くから島ぞうりを取り扱っているため、現在は“元祖島ぞうり”として販売しているのです」

沖縄月星が島ぞうりの販売を始めたのは戦後すぐの1950年代。当時は「松本商店」という屋号だった。
日本が貧しく「靴」そのものが不足している時代、人々は裸足で歩いていた。そこで沖縄県内でゴム製のサンダルを生産し安価で提供を始めた。素材のゴムは軍用車の古タイヤから調達していたとも言われる。
「『靴が手に入らないから、ビーチサンダルを履いた』ということなんです。島ぞうりという呼び名はかなり後の時代につけられたもので、私が子どもの頃はみんな方言で『サバ』と呼んでいました」
と與那原社長は語る。サバは、1950年代は沖縄県内の工場で生産され、松本商店(のちの沖縄月星株式会社)はそれを卸して販売していた。
しかし1960年代に工場が閉業し、フィリピン産のサンダルの輸入販売に切り替えたという。
1970年代に入るとフィリピンの商社も閉業となり、県外の商社を通してインドネシア産のサンダルを仕入れるようになった。
サバが島ぞうりと呼ばれ始めたのもこの頃だという。その体制が現在まで続いている。

「当社にとって島ぞうりは気軽で、履きやすく、どこでも買えて、安くなければならない。価格は数百円。物価高で値上げはやむを得ないとしても、1足1,000円を超えたくはないですね」
島ぞうりは沖縄の人々が戦後の混迷期をサバイブするために生まれ、製造や輸入が途切れそうになりながらも続いてきた、戦後史を背負ったアイテムとも言えそうだ。
島ぞうりの代表ブランド「SKYWAY」とは?

島ぞうりを取り扱っているメーカーは多々あるなかで、沖縄月星は島ぞうりの最大販売数を誇るブランドを擁している。それが元祖島ぞうり、「SKYWAY(スカイウェイ)」だ。
「SKYWAYは、当社が1970年代に商社を通して輸入を始めたインドネシアのブランドです。本国では少々高価格帯のブランドですが、沖縄ではシューズショップだけでなくスーパーやコンビニでも売っています」

沖縄月星のビジネスもSKYWAYとともにあったと言える。県民のニーズに合わせ、海の向こうのブランドが島ぞうりとして進化してきた。
「SKYWAYの輸入を始めた1970年代の価格は380円だったと思います。高品質な生ゴム製のサンダルでした。しかし素材の特性上、どうしても劣化し割れやすく、滑りやすいという欠点がありました。
そこで2000年代に入りEVA製に切り替えました。片足60g程度まで軽くなり、通気性も向上しました。靴底も足裏部分もほどよく柔らかく、グリップも良くなりました」


構造はフットベッドとアウトソールの2種のEVAを接着したベーシックなもの。サイズも14〜28センチと幅広く、単一のモデルでここまでサイズ展開があるサンダルは非常に珍しい。
「子どもから大人まで履けるように工夫してきました。小学校などでは、鼻緒つきのサンダルはきれいな足のアーチをつくる効果があるということで、島ぞうりを子どもたちに履いてもらっているようです」

素材をアップデートしてきたSKYWAYだが、ずっと変わらない部分もある。
鼻緒部分のパーツは1970年代の輸入当初から現在まで一切変更がない。柔らかさ、角度などが日本人の足にも合っており、いままで事故やクレームは発生していないという。
「島ぞうり」が世界に帰るとき
SKYWAYの元祖島ぞうりは、用途がさらに広がりつつある。「EVA製になり、発色も鮮やかになりました。販売当初はレッド・ブルー・イエローの3色展開でしたが、現在は14色。一番人気はオールブラックです」
年齢や性別を問わず履くことができ、カラーも増え、かつリーズナブルであるためユニフォームなどとしての一括購入や、ノベルティ、ブランドコラボにも活用されている。

さらに島ぞうりならではの面白いトレンドがある。
「SKYWAYの元祖島ぞうりは2層構造で、フットベッドを削るとその下にアウトソールが見えるため、彫刻をすることができるんですよ。もともとはサーファーの方がみんな同じ島ぞうりを履いていて自分のものがわからなくなってしまうため、名前を彫り込んだと言われています」
圧倒的な普及度から自然発生した、ユニークなカスタマイズの文化。ユーザーが自分で絵柄を彫り込んだり、手彫りを加える専門の「島ぞうりタトゥー」の店まで出てきている。
履きやすくて、長持ちし、どこでも買えて、価格も安い履物。ブランディングからは無縁にも思える元祖島ぞうりだが、そこには色濃い歴史とものづくりの哲学があった。

最後に、與那原社長に今後の展望を聞いてみた。
「沖縄ではみなさんに愛されている島ぞうりが、これから全国でも履かれる存在になればと思いますね。実際『元祖島ぞうり』を扱う取引先は暖かい地域だけでなく日本各地にありますが、大都市圏にはあまり普及していません。
街履きもできて、ほかのブランドとのコラボレーションにも向いている優秀なフットウエアだと伝えていけたらと思います」
そして、国際社会への貢献もしていきたいと話す。
「軍事政権下にあるミャンマーや、かつて最貧国のひとつとして数えられていたカンボジアなどに『元祖島ぞうり』を送る支援をしています。かつての沖縄がそうだったように、世界にはまだ履く靴がない国があり、裸足で生活している人がいますから。私たちにできるせめてもの貢献ではないかと考えています」
戦後の貧しさから生まれ、海外製のサンダルを進化させながら続いてきた沖縄のローカルなソウルシューズ「島ぞうり」は、いま世界を足元から助けようとしている。
ユニークな歴史を持つ知られざるブランド「SKYWAY」を、この夏に一足いかがだろうか?
Text by GANTAN
















