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骨と革の共鳴:奈良祐希×ポルトローナ・フラウが紡ぐ異素材の対話

2025.04.20
作品と環境が調和した空間に出くわすと、全身が深くその空間へ沈み込んでいくような感覚に陥る。作品が単体で発する鋭利で短い波長ではなく、水面に浮かべた布が水を含みながらジワリと沈下していく様子に似た、重く長く、心地のよい波長だ。
私はその感覚を、アーティスト・奈良祐希さんの陶芸作品「ボーンフラワー」が、イタリアの家具ブランド「ポルトローナ・フラウ」が特別にしつらえた展示台に収まっていたときに感じた。
陶芸家と建築家の二刀流で、金沢を拠点にこれまでにないアートのかたちを社会に提示する奈良さんに革へのこだわりを聞く。

PROFILE

奈良 祐希(なら ゆうき)

陶芸家、建築家、アーティスト
建築デザインラボ EARTHEN ディレクター

350年続く大樋焼と現代アートの融合

石川県金沢市に、大樋焼という350年の歴史を持つ窯がある。加賀藩5代藩主・前田綱紀が、1666年に茶道の普及のために京都から仙叟(裏千家4代・千宗室)を招いた際に、大樋長左衛門という陶工が随伴した。長左衛門はその後も金沢に残り、初代となってその名跡は現代まで金沢で続いていくのだが、奈良祐希さんはその当代11代・大樋長左衛門の年雄さんを父に持つアーティストだ。
祐希さんの作品は伝統工芸と一線を画す。将来12代を継ぐ立場ではあるが、現役の建築家でもある。飴色で手捻りの造作が温もりを感じさせる伝統的な大樋焼に対して、祐希さんの作品はCADでデザインされ、素材に牛の骨灰を用いた無機質で輝く白。そこに今回コラボレーションをしたポルトローナ・フラウは、牛革の表情が美しい展示台を据えている。
「そもそも私がポルトローナ・フラウのファンでした」
祐希さんは語る。ポルトローナ・フラウは1912年に創業したラグジュアリーブランドだ。独特な柔らかさを持つ最高級の革「ペレ・フラウ」を代表格に、最高品質の自然素材を用いながら、木工、テキスタイルに精通した熟練の家具職人が作り上げる製品とそのデザイン性は、ホテルや美術館、空港ラウンジの内装、高級車のシートなど各国のラグジュアリーシーンを彩ってきた。
「イタリア家具の王様ですし、建築家とのタイアップもすごいなと思っていました。たとえば以前、香港で見たザハ・ハディドの建築。そこでは家具が全部フラウでした」
その後、両者が意気投合して実現まで4年の歳月をかけて今回のコラボレーションに至るのだが、扱うテーマを展示台にしたのには、美術品に対するある潜在的な需要からだ。
「作品のご縁をいただく際に、展示台もセットでしつらえてほしいと言われることが多いんです。展示台って小洒落たものは少なく、白のいわゆる直方体のものしかないんですね。フラウにそれをプレゼンテーションしたときに可能性を感じてくれて、実現に至ったんです。建築では周囲の環境も相対的に考えます。周囲の環境も含めて責任を持ってデザインしていくことで、陶芸が次のフェーズに行くような気がしています」
祐希さんのボーンフラワーは、羽のようなプレートを幾重にも重ねて全体が構成されている。その下を伸びやかな曲線をもって張られたポルトローナ・フラウのグレーの展示台が支える。ボーンは「骨」、フラワーは「花」の意味。作品名のように、祐希さんの陶器は生が過ぎ去った後の静寂をどこか感じさせるが、かたやポルトローナ・フラウのレザーの展示台は骨を内包した肉片のような身体といった感じで、両者が合わさった際に、その上下の引き合わせが美しい。
「素材の違いから対比で浮き彫りにさせることは意図していました。骨と革というのも非常に親和性がありますし、骨灰もレザーもすべて牛由来ということが、とても面白いと思いました。人間が生み出していない素材を使い、人間が何か一つの美しいものを作るという行為。それを国も文化もまたいで行うことに、何としてもこのプロジェクトを完成させたい気持ちがありました」

日伊での文化的価値観の違い

今回のコラボレーションでは、展示台のデザインは祐希さんが行い、そこにポルトローナ・フラウの職人技を重ねた。
「展示台の高さは90センチくらいなんですが、革の幅はおそらく70センチくらい。それを職人さんがぎゅっと引っ張って貼るんです。展示台を触ると革の張り具合がよりわかると思います。なぜそんなことをしたかというとレザーに表情を出すためです」
牛のレザーを手に取ったとき、そこに部位の表情を感じることはあまりない。しかし、本来は牛の革も部位によっていろいろな表情があったはずだ。
「たとえば、脇の下はずっと閉じているから繊細な模様があり、背中は丸みで引っ張られているから、また異なったものになる。レザーを作るときは、そういうものをなかった状態にするんです。つまり『なめす』わけですね。
これが工業製品としてのレザーなんですけど、私は土という自然素材を用いて作品を作っている以上、牛の生き様にも向き合わないといけないと思っていて、それを可視化したかったんです。どうしたら牛の表情が出てくるのか。革をぎゅっと引っ張る。そうすると、それが現れてくるんです」
一方で、日伊で苦心が生じたのは色味だ。アートに対した際の価値観が、日本とイタリアで異なっていたからである。
「大きな議論になりました。展示台と作品という2つの関係性において、日本人が展示台をデザインすると、展示台をより作品が目立つ色合いに抑えたり、作品よりも展示台の形を落ち着かせたりすることで、作品を引き立たせる調和的な考え方になると思うんです。
一方で、イタリアはお互いが主張して引き立て合う形。当初の色味はビビッドで、展示台もアート以上に存在感を出したものでした」
横たわる価値観の壁。日本とイタリアで連絡を取り合いながらも、最終的にそれが溶解したのは対面でのやり取りがきっかけだった。
「イタリアでフラウ側と直接話す機会を持ったんです。そこでやっとお互いの抱く意味合いがわかってきました。フラウはアートと戦っていこうという気持ちだったと思うんですけど、そういうことではなく、お互い手を取り合って調和の関係性の中でやっていきたいというのを理解してもらえた。時間はかかりましたが」

建築なのか陶芸なのか

ポルトローナ・フラウとは今回だけでなく、2026年には伊ミラノで開かれる世界最大級の家具見本市「ミラノサローネ」でボーンフラワーと照明とのコラボレーションを発表予定だ。また祐希さんは過去にドイツの家具ブランド「ロルフベンツ」とも協業をしている。建築と陶芸、そして異業種と、さまざまな分野の横断を試みるのはなぜか。
「どの分野にも序列や慣習みたいなものがあるような気がするんです。陶芸に関して言うと、自分がそういう家にいたからなおさら思っているかもしれないんですけど、伝統だったり出自によって決められていたりすることがある気がしていて、それが陶芸を志す若い学生を少なくしている。
だから、何かと何かを組み合わせて楽しむというよりも、陶芸の何か新しい見せ方を社会に提供して、生涯取り組んで一つのロードマップを描ければ、陶芸の業界に参入してくる才能も増えるし、いろいろな焼き物のあり方を模索する人が増えると思っています」
異なる分野が頭の中に立ち並んでいても、制作過程においてスイッチを切り替えるわけではないそうだ。
「物を作るという意味では何も変わらないです。陶芸をやっているときに建築をやっている感覚もあるし、逆も然り。物を作るという流れの中で、たまたまそういう大きいもの(建築)と小さいもの(陶芸)があるというか。何か意識的に線引きをしているわけではなく自然に任せています。PCで図面を描いているときに陶芸のことも考えていたりしますし、まったく違うことをすることで新しいヒントが見えてくることも多いです」
4月から開幕する大阪万博。そこでボーンフラワーは、高さを3メートル幅2メートルのオブジェになり会場を飾る。
「陶芸をやっているんだけれど建築にも見える、建築なんだけれどすごく大きな陶芸にも見えるというようなものを目指しています。大阪万博のボーンフラワーは金属加工したパブリックアート。それってもはや陶芸とは言えないですよね」
目指すところはどこか。
「たとえるとミックスジュース。今まではトマトジュースに建築のシロップを加えていただけなんです。しかし今は、いろいろなフルーツを入れてミキサーにかけたいと思っています。それ、どちらとも言えるよねっていう。見たことのないイメージを作りたいです」
多角的な視座の中より生じる創造。土となった骨が新たな花を開かせる。

Text by 守隨 亨延

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