ポピュラー・ミュージックとファッションの歴史的・文化的背景を、アイコニックなアーティストとともにたどりながら、ジェンダーなどの現代的な問題意識と重ねて考察した『音楽とファッション 6つの現代的視点』(リットーミュージック)が、7月23日に出版された。
音楽とファッション、そして現代的視点との関係性とは、どのようなものなのだろうか。著者の青野賢一に、本書に込めた想いと合わせて聞いた。
1968年東京生まれ。株式会社ビームスにてPR、クリエイティブ・ディレクター、〈BEAMS RECORDS〉のディレクターなどを務め、2021年に退社、独立する。音楽、ファッション、映画、文学、美術といった文化芸術全般を活動のフィールドに文筆家/DJ/クリエイティブ・ディレクターとして活躍している。著書に2014年の『迷宮行き』(天然文庫/BCCKS)がある。
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これまで、ミュージシャンの音楽性やファッションに関する歴史を描いたり、解説したりすることについては、ある程度やり尽くされているところがあると思います。今更「この楽曲はこうだ」とか「あのファッションはこうだ」という話だけをしても、ピンと来ないのではないでしょうか。
その中で、「今この時代に、音楽とファッションに関する本を出す意義」を考えていったとき、読んだ人に少しでも問題意識を持ってもらえたり、「調べてみる」「聴いてみる」「観てみる」「着てみる」といったアクションのきっかけになったりする1冊を出したいなと思ったんです。
たとえば、音楽について考えてみると、社会生活を営む上での「現実逃避の手段」として楽しむ側面だけではなくて、「現実の社会と向き合うこと」に繋がる面もあります。もちろん、音楽それ自体をただ楽しむだけでも全く問題はないのですが、好きなアーティストのメッセージを見聞きして「自分と似ているな」と感じることや、彼ら/彼女らの行動を見て世の中について考えてみることも、大事だと思うんです。一つの側面として、「そういう見方もあるよ」と伝えることには意義があるなと思いました。
そう考えたなかで、今回選んだ6つの現代的視点は「ジェンダー」から「文化の盗用」まで、普遍的なものからリアルタイム性を重視したものまで選びました。その上で、「この視点に当てはまるミュージシャンは誰か」と考えるケースが多かったですね。
ですから、本書で取り上げているからと言って、必ずしも私個人が熱心に聴いているミュージシャンが選ばれているわけではありません。だからこそ、新しい発見がたくさんあったと思います。
レディー・ガガやビリー・アイリッシュなどが面白いなと感じましたね。
彼女たちの楽曲については、選曲の仕事をする際に聴いてはいましたが、熱心なファンだったわけではありません。しかし、「ジェンダー」や「ルッキズム」というトピックを前提に調べていく中で、彼女たちのそうした問題に対する姿勢や発言と、音楽表現やミュージックビデオなどのビジュアル表現が、リンクしていることがわかりました。
ガガについて考えてみると、ミュージシャンと言われる人たちは感覚的に表現しているという軸で切り取られたり、実際にそういう人も多かったりする中で、「今の自分が何者であるか」を理解した上で行動していて、音楽からファッション、社会的な発言も含めて一貫性があります。そのため、説得力をもって受け止められているのだと思います。さまざまな活動が可視化される現代において、そこに自覚的であるところに、クレバーさを感じました。
ビリーについても、彼女自身は自分のやりたいことをやっているだけと語っていますが、同世代を中心にリアリティを持って受け取られているのは楽曲に加えて、全てを知られたくないという想いでルーズフィットの衣装を好んで着たり、ドレスをオーダーする際にはリアルファーを不使用にしていたりする姿など、彼女の態度からどういう人間であるかという信念が見て取れるからだと思います。それが、ひいては彼女のファンに社会的なアクションを促すことにも繋がっていると思いますし、とてもスマートな印象を持ちました。
ニコラス・デイリーは、個人的にも交流があるんですけども、彼は自身のアイデンティティやそれを形成した文化を、拠点であるイギリスの音楽ムーブメントと合わせて、誠実に服として表現しているところがいいなと思います。
例えば、現時点での最新コレクション(2022-2023年秋冬)では、イギリス生まれのガンズ・アンド・ローゼズのギタリストであるスラッシュ、ジョージ・クリントンやブーツィー・コリンズといったファンクのアーティストなどからインスピレーションを受けています。
もちろん、ファッション分野では、モッズやパンク、グランジなど、過去のムーブメントが本来の文脈を離れて、記号的に使われることは抗えない宿命でもあります。ある種の分かりやすさみたいなものが重要でもあるので、個人的にもそれが必ずしも悪いことだと思っているわけではありません。
しかし、その一方で、彼のように音楽とファッションとアイデンティティの関係性 を、突き詰めた上で表現をしてる人もいます。ですから、上澄みをすくっただけの表現って面白いのかな、という問いかけをしたい気持ちはありますね。
そうですね。ミュージシャン自身も今の時代にフィットしたファッションを身にまとうケースが増えています。
ファッション全体を考えると、特に日本ではファストファッションが出てくる前後ぐらいから、おしゃれの偏差値というか、平均点がすごく上がったと思うんですよね。おしゃれな人、おしゃれを気にしている人、全然気にしていない人の3パターンがあるとすると、全然気にしていない人が、ユニクロや海外のファストファッションなどの影響で底上げされた印象があります。
音楽の世界もそれと並行して、時代に合っているという意味でのファッションが多くなってきたと思い ます。さらに、昔と比べた場合、ミュージシャンにスタイリストがつくケースが増えました。そうなってくると「スタイリストが考えるファッション」になってくるので、音楽性と結びつかなくなるのは、ある意味で自然なことでもあります。
その一方で、パンクやメタルなどのジャンルに見られるように、音楽とファッションの関係性を美学として貫いている人たちもいますし、もともとの精神性それ自体はずっと続いているのだと思います。
冒頭でもお話ししたように、少しでもアクションに繋がったらいいなと思いますね。
この本を読んで、音楽やファッションについて知ってもらうことはもちろん、ミュージシャンの姿を通して、社会の見方や行動に変化が生まれることも、決して悪いことではないと思います。私自身、今回取り上げた人たちについて、すごく頼もしいし、かっこいいなって思いました から。
その上で考えていることなのですが、インターネットで色々調べられる時代なので、今回の本を読んだ上で「正解」を知ろうと思いたくなる方もいるかもしれません。
でも、本書で取り上げた事柄をどう解釈するかについて正解はないと思いますし、それよりも自分なりの視点で捉えたり、自分の心にどう響いたのか、響いてこなかったのかを一度立ち止まって考えたりしてもらえるといいなと思っています。
過去の歴史を振り返ってみても、やはり文化の広がりは、良い意味での誤解みたいなところからスタートしてるところもありますし、それがその人の個性に繋がっていくと思います。そういう姿勢で考えてみること、行動してみることが、今の時代だからこそ大事なんじゃないのかなと思います。