2021.07.30

『布』がつなぐ、身体と環境:What's the Matter? 003イベントレポート

#What's the Matter?
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マテリアル、情報、体験を繋ぐ試みとして、東京大学、筧康明・准教授が提唱する「マテリアル・エクスペリエンス・デザイン」。ファッション領域でも衣服や素材をアップデートする試みも加速するなか、私たちの周囲にある素材やデバイスへの探求、マテリアルを介したインタラクティブな体験を創出する試みは、衣服/ファッションの未来像を考えるうえでも重要なヒントを存分に与えてくれるであろう。
 
そんな「マテリアル・エクスペリエンス・デザイン」にフォーカスした東京大学大学院情報学環・学際情報学府、筧康明研究室によるトークイベント「What’s the Matter?」の第3回が、2021年5月23日にオンライン開催された。今回のゲストは、西陣織りの老舗企業である株式会社細尾の代表取締役社長である細尾真孝さん。株式会社細尾と筧康明研究室、そしてZOZOテクノロジーズの共同研究開発の成果展示「Ambient Weavingー環境と織物」が開催されているHOSOO GALLERYから中継配信された。布という私たちの身体に最も近いマテリアルの可能性をめぐる、トークの模様をお届けする。

PROFILE|プロフィール
細尾真孝

HOSOO GALLERYディレクター株式会社細尾 代表取締役社長
MITメディアラボ ディレクターズフェロー 1978年、元禄元年(1688年)より京都で西陣織を手がける細尾家に生まれる。「工芸が未来をつなぐ」の哲学のもと、伝統的なきもの文化の継承と、西陣織の技術・素材をベースにしたラグジュアリーテキスタイルを展開。布を通じた美を追い求める事業を担う。 

PROFILE|プロフィール
筧康明

東京大学大学院情報学環 准教授
インタラクティブメディア研究者/メディアアーティスト
東京大学にて博士(学際情報学)を取得後、慶應義塾大学にて専任講師・准教授を務め、MITでの滞在研究などを経て、2018年度より東京大学大学院情報学環・学際情報学府にて研究・教育に携わる。ディスプレイやインタフェース技術を活用し実世界体験拡張を目指す研究・作品制作に加えて、近年ではMaterial Experience Designというテーマのもとで、物理素材特性を操作するフィジカルインタフェースやインスターション作品を多数発表する。
Webサイト

長い歴史に培われた美の探究の精神

トークはまず細尾さんから、西陣織と株式会社細尾の歴史、そして現在の事業展の紹介からスタートした。株式会社細尾は1688年に創業、西陣織というもの自体は1200年前から起源がある。特に京都が都だった1000年の間で、天皇家を始めとする多くのパトロンのもとで美を追求し続けてきたという。西陣と呼ばれ約5キロ圏内のエリアの中で生産され、それが今日にも継承されている。西陣織は全部で20工程があり、各工程にひとりずつ、総勢20名のマスタークラフトマンによって作られている。また全て内製化するのではなく、染めや箔を作る職人など分業化されていて、独立した職人のコラボレーションによって究極の美を作っていくのが特徴となるそうだ。

株式会社細尾では、伝統的な帯幅での生産だけではなく、広い布幅も織れる織機を自社開発して、主に海外のラグジュアリーブランドに展開する事業を10年前から行っている。例えばニューヨークのクリスチャンディオールの店舗の壁面や梁に用いられている。他にもリッツカールトン東京やフォーシーズンズといった多くのラグジュアリーホテルでインテリアとして、また、現代アートとしての展開や、LEXUSのような車の装飾などにも用いられている。細尾さんは、新たな素材開発を手掛けていくことで、西陣織の位置づけの拡張を考えているという。

画像: HOSOO FLAGSHIP STORE
HOSOO FLAGSHIP STORE

こういった事業と並行して、100年前の1923年からは日本全国の染色産地や日本国宝の作家の着物を専門店や百貨店に卸すようなプロデューサー業にも携わり、染色というとその土地の風土、歴史、人のキャラクターが密接に関わる、ある意味その土地のメディアと言えるものを日本文化として伝えていく、伝統を守っていくというところにも取り組んでいるという。そして、2019年9月に立ち上げられたHOSOOギャラリーで、染色を通して人間にとっての美とはなにか、人間とはなにかを問う展示企画を開催しているとのことだ。今回の「Ambient Weavingー環境と織物」もその一貫で、通算4回目の展示となる。

細尾さん自身はもともとパンクミュージックに影響を受け、大学卒業後にはミュージシャンとして活動していたという異色の経歴を持つ。こういった経験が、従来の伝統工芸の外側と接続しながら、ある種ラディカルなことを展開していることにも繋がっているという。

細尾さん:

西陣織っていうのはすごくクリエイティブだなっていうことに気づいて、この世界に戻ってきたんです。そこから、先にも話したような西陣織を今まで扱われてこなかった領域に持ち込むことにチャレンジしたいなと考え、色々な開発を進めてきました。まだ道長ばというところですが。

環境を取り込むという思想の歴史

続いては、現在HOSOO GALLERYで展開している展示についての紹介に。今年の4月から開催されている『Ambient Weaving--環境と織物』は、株式会社 細尾と東京大学・筧康明研究室、そしてZOZOテクノロジーズの共同研究開発の成果展示だ。もともとは山口情報芸術センター(YCAM)で2017年に開催された『布のデミウルゴス--人類にとって布とはなにか』という展覧会にて、細尾さんと筧准教授のコラボレーションは始まった。

今回はテーマとして環境というところに着目、織物が環境に呼応するような形で見た目や特性を変化させ、それを通じて環境と人との関係、環境の微細な変化が立ち現れる、知覚できるような形になるという試みだ。温度によって色柄が変化する作品、クロマトグラフィの手法を用いて色が染め替えれる作品、紫外線硬化のレジンを注入したチューブを織り込んで瞬間の変化を布自体がキャプチャーした作品、ELを箔として織り込んだ発光する作品、そしてPDLCを織り込んでプログラマブルに布の表面の透過度を変化させる作品、この5つの作品が展示されている。

筧准教授:

布をメディアとして捉えて、それ自身が人と環境とのインタラクションを介在するような、そんな布のあり方を捉えることはできないか。布を作るという作業を通して、環境というものを理解したり、再定義するような展覧会になるといいなと。

今回の試みは非常に先端的なものではあるが、同時に、西陣織の歴史のなかでは、異素材を織り込むこと、環境の変化を取り込む表現やトライアルというのは昔から存在していたという。細尾さんは、9000年の布の歴史においては、紫外線や雪、海といった自然を取り込みながら、それを美として昇華していくと説明する。また、麹塵染という天皇の着物は、紫外線が当たると色が変わるというもので、これもまた環境の影響の一例だ。また特に西陣織だと、例えば能の装束は糸を刺繍のように織り込むが、撚糸しない糸を織り込むことによって光を乱反射するような表現を可能としている。今回の展示でも、HOSOO STUDIESのリサーチチームが歴史的な背景からの考察をまとめ、環境を取り込む思考の歴史が提示されている。

筧准教授:

布というフィジカルなオブジェクトの限界を乗り越えるために、構造や素材を工夫して光を取り込む、色が変わるという動的な要素を取り込むという試みは、背景として少なからず存在していた。それに対して僕らは、今のデジタルテクノロジーとかインタラクションを用いて解釈しなおして、同時に、布というオブジェクトの構造の良さをうまく生かして、布が布である限界を意識しながら、また布と呼べる、西陣織と呼べる限界も意識しつつ、動的な要素をいかに取り込めるかがテーマとしてあったところですね。

民主化しても変わらない美の追求

何をもって西陣織と呼ぶのか、特に今回の展示のような先端的な試みや欧米のハイファッションの世界とも接続してプロダクトを生み出している細尾さんは、「西陣織が西陣織である条件」をどのように考えているのか。筧准教授から投げかけられたこの問いに対して、細尾さんの答えは以下のようなものだった。

細尾さん:

西陣織の定義は、おそらく上位概念の美ですね。人間にとっての美しいこと。非常に抽象的なことでもあるのですが、美というものを1200年間追い求めてきたのが西陣織の歴史です。西陣織は分業ということですので、美を上位概念に置きながら、協業/コラボレーションをベースにして、時代時代にイノベーション/革新を起こし続けることによって時代に合わせて変化を続けてきた。

しかし、そんな西陣織も明治期になるとパトロンを失って疲弊し、転換期を迎えたのだという。そこで西陣織は、旦那衆はお金を出し合ってフランスのリヨンへと渡航し、最新鋭の織物の技術を学びに向かった。当時のリヨンでは、ジャガード織機の発明によって劇的に生産効率が上がり、限られた人だけの美だったものがテクノロジーによって民主化されるという大きな転換期を迎えていた。西陣織もこの考えを持ち帰り、伝統的な技術や素材をそのままにイノベーションを起こすことによって、限られたものだった美を時代に合わせて多くの人に届けるようになったのだという。

細尾さんは、産業革命以降の大量生産・大量消費のなかでは、いかに効率的に多くのものを安く届けるかという考え方なのに対して、西陣織はテクノロジーを入れていくが、究極の美をダウングレードせずに追い求めていったことが面白い点だったと述べる。だからこそ、西陣織の最も大事な上位概念はやはり美であり、西陣織そのものなのだという。また、近年は帯が西陣織を多くの人に届ける民主化の展開としてあったが、一方でオーダーメイドで究極の美に応えていくということも続いている。

美の追求から生まれるテクノロジー

今回の展示では5つの作品が展示されているが、その過程では様々なトライアンドエラーがあり、今後の種として残っているものも数多くあるという。そうしたなかで筧准教授は、織物の織機や工程が、横糸に色々なものを入れていっても縦糸がうまく包み込むように布の形を作ってくれるっていうのが織物の魅力、プロセスの面白さでもあり、そういう意味ではかなりトライアンドエラーがしやすいと感じたという。

筧准教授:

機能をトライするということや、そのうえで美しさを両立するということが、織物というフォーマットだからこそ可能になっているのかなと思っていて。もう、織物じゃなくてもいいんじゃないかという妄想は膨らんでいるところもあるにせよ、やっぱり織物というものの、構造のシンプルさだったり、伝統的なの作り方が可能としているところもあると思っています。

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そして、このような新しい要素を入れ込みやすいフォーマットだからこそ、西陣織をこれからも残していくということと、どこまでを壊していくのかという部分も考えられるのではないかと投げかけていた。

細尾さん:

伝統の強さって、壊そうとしても、新しさをどんどんと飲み込んで変化していく、そこが強みかなと。本当に壊そうとしてめちゃくちゃにしても、引き戻されるんですね。しかも、振り幅があればあるほど、そのコントラストを吸収して変化しつづけている。壊そうとしても壊れない強さ、それを飲み込んでも変化しない強さが伝統的にあるということだとおもいます。

だからこそ、細尾さんは伝統を信じ、壊すつもりで新しいものを投入していくことが大事だと考え、むしろその手法自体が、本来の王道のやり方とも解釈しているという。人間は創意工夫して美を追い求めていくことをやめず、織機の技術から車が作られたように、様々な形でテクノロジーが美の追求の過程で生み出されてきた。織物という長い歴史を有するものを通して、人にとって美とは何なのかを考えることができるのではないかとのことだ。

長い時間軸で捉える視点の重要性

会場からも質問が寄せられ、「環境」をテーマにした展示ということでサステナビリティに対する考え方がトピックとなった。細尾さんからは、どうリサイクルできるかということも重要だが、ゴミになるとき土に還りますというものは使い捨てを前提にしており、元来の着物の文脈での長く使い続ける、世代を跨いで使っていくという考え方も重要なのではないか。そして、長く使いつづけるモチベーションとなるのは美であり、美しいものを大事に受け継いで残すという部分にフォーカスすることもよいのではないかと応えてくれた。

筧准教授からは、この展示においても長いサイクルでの変化、インタラクションを強く意識をしており、1秒間に何回も柄が変わるディスプレイのような布もあれば、数時間、数日、数ヶ月と徐々に変化していくものも作られた。長い時間での時間軸をプロダクト自体が内包するということはインタラクションデザインとしても面白い試みで、今回のトライアルが「環境」から「時間」にブレイクダウンしていき、環境との付き合い方を考える契機になればと述べてくれた。

経年変化というものは基本的に、現代のプロダクトではネガティブにしか捉えられていない。しかし、長いスパンの変化はむしろ、ポジティブに捉える必要があると筧准教授は提起する。今回のプロジェクトだけではなく、より多くのプロダクトデザインにおける潮流となっていくことが予想され、そのために材料から作っていくこともデザインのプロセスに入ることもありうる。筧准教授が押し進める「マテリアルエクスペリエンスデザイン」では、素材というプリミティブなところから作り、美とか感性、質感みたいなところとどう接続していくかも大きなチャレンジになるという。

細尾さん:

日本人は結構、布を残していくんですよね。長く残していくというのは、すごく強度があるとかいうものではなく、美しいものは大事に使われていく。美というのは物と人との関係を作り替えていくこともあると思っています。

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「布」という長い歴史を持ち、人間の身体の最もそばに存在する柔らかなメディアの可能性を探究した今回の「What's the Matter?」。筧准教授は最後に、布というものに着目する面白さを以下のように述べてくれた。

筧准教授:

布は体と環境の間にあるもの、だからこそ自分と外に接続するツールになっていく可能性があると思っていて。建築物のような外と内の間にあるところなど、着るだけではなく、多様な境目に対して柔らかい素材が関係を作っていくことを考えていきたい。それがまた、布の良さを考え直す契機になるかもしれない。

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