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2022.08.22

「VTuberの哲学」序論――多様化するVTuberと「身体」としてのアバター(山野弘樹)

「VTuberとは、一体どのような存在なのか?」
近年、ますます注目を集めるバーチャルYouTuber(VTuber)。その存在は今やインターネットの世界にとどまらず、様々な企業とのコラボやメディア展開などを通して、私たちの生活に浸透しつつある。
そんなVTuberを哲学的に捉え、「VTuberの哲学」という新たな学問分野を立ち上げようとしているのが、東京大学の山野弘樹さんだ。果たして、VTuberを哲学するとはどういうことなのか、そこから見える世界とは一体どのようなものなのか。
今回、山野さん自身の“VTuber体験”も色濃く反映された「『VTuberの哲学』序論」をお届けする。
PROFILE|プロフィール
山野弘樹(やまの ひろき)
山野弘樹(やまの ひろき)

1994年、東京都生まれ。2017年、上智大学文学部史学科卒業。2019年、東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻(比較文学比較文化)修士課程修了。同年より日本学術振興会特別研究員DC1(2022年3月にて任期終了)。現在、同大学院博士課程。専門は哲学(特にポール・リクールの思想)。2022年より「VTuberの哲学」の研究を始める。主著に『独学の思考法』(講談社現代新書、2022年)。2019年、日本哲学会優秀論文賞受賞。2021年、日仏哲学会若手研究者奨励賞受賞。「哲学の知と実社会を繋ぐ」という理念のもと、哲学の〈意義〉と〈魅力〉を世に幅広く発信することをライフワークとしている。
(Twitter:https://twitter.com/Ricoeur1913

(プロフィール写真:嶋田礼奈)

白銀ノエルさんの故郷、大分県の旅館の一室で、私は歴史的な瞬間を目撃していた。それは兎田ぺこらさんのチャンネル登録者数が200万人を突破する瞬間であった。いつも空気を盛り上げてくれるムードメーカーで、誰よりも明るく振る舞っている兎田ぺこらさんがリスナーに「本音」を吐露する瞬間に、私は居合わせていた。
本稿の目的は、「VTuberの哲学」という最新の学術領域について解説を行うことである。「VTuber」のことをよく知らない方でも読めるように書いているので、「哲学研究」そのものに興味のある方は、ぜひ本稿を読んでみていただきたい。
本稿は、次の三つのトピックから構成されている。
(1)なぜVTuberを哲学的に研究しようと思ったのか?
(2)「VTuberの哲学」とは何か?
(3)VTuberにとって「身体」とは何か?
それぞれ、一つずつ説明をしていきたい。

(1)なぜVTuberを哲学的に研究しようと思ったのか?

「大分県出身の有名人を知っていますか?」——旅館の一室でそのパンフレットの文章を読んだとき、真っ先に私の頭に浮かんだのは、白銀ノエルさんであった。
むしろ、私にとってはその人名以外は思い浮かばなかった(ユースケ・サンタマリアさんと深津絵里さんが大分県出身なのは大変驚いた)。というのも、私に「VTuber文化」の魅力を最初に教えてくれたのは、この銀髪翠眼の女性に他ならなかったからである。
去年の5月27日、何気なくYouTubeを開いた私にお勧めされたのは、兎田ぺこらさんのチャンネルのライブ配信であった。よく見ると、そこには「『ドラゴンクエスト』35周年記念特番公式ミラー配信」と書いてあった。大学院に入りたてのとき、『ドラゴンクエストXI』をクリアしていた私は、この『ドラゴンクエスト』の名前に惹かれてそのライブ配信をクリックした。
そこにいたのが二人のVTuber、兎田ぺこらさんと白銀ノエルさんであった。「バーチャルYouTuber」という単語自体は、キズナアイさんの動画でうっすらと知っていたが、それ以上のことは何も分からず、彼女たちの名前もそこで初めて見かけたのであった。
なんとなく、「バーチャルYouTuber」という存在に対しては、「新しい二次元キャラクター」のようなイメージを持っていた。キズナアイさんの完成された振る舞いは、少なくとも私にはアニメの延長線上にあるキャラクターの姿のように見えていた。
だが、兎田ぺこらさんのチャンネルでは、「好きなドラクエシリーズ」の話題を生き生きと話す白銀ノエルさんの姿が映っていた。そして彼女は、「自分が一番大好きなのは『ドラゴンクエストIV』」だと答えていた。
実は、私も『ドラゴンクエストIV』には大変強い思い入れがあった。私が全クリしている数少ないドラクエシリーズだったし、何より私が愛してやまない『トルネコの大冒険3』の主人公の一人、トルネコが登場する作品だったからである(私はもう一人の主人公ばかり操作していたが)。
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