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2022.10.07

性差からみるファッション(新實五穂)

ファッションが多様化した現在において、男性が女性のファッションアイテムを取り入れたり、逆に女性がメンズライクなコーデを楽しんだりすることは、当たり前になっている。ファッションブランドも今日の社会的な変化に応じて、特定のジェンダーに依拠しない服飾デザインを取り入れるようになってきた。
歴史的にみた場合、異性の服飾を身につけることは特異なことと見なされており、当時のジェンダー規範などと大きな関係があった一方で、昔から異性装をする人々は存在しており、その理由が研究から明らかになってきている。
それでは、そもそも服飾における性差はどのようにして誕生したのだろうか。そして、異性装をする人々にはどんな理由があり、近年のジェンダーレスファッションとはどんな関係性にあるのだろうか。
そこで今回、西洋服飾史を専門にするお茶の水女子大学の新實五穂准教授に、異性装の歴史や現在のジェンダーレスなファッションについてお話を伺った。
PROFILE|プロフィール
新實五穂(にいみ いほ)
新實五穂(にいみ いほ)

お茶の水女子大学基幹研究院人文科学系准教授。

専門は西洋服飾史、ファッション文化論。

主な著作として、単著に『社会表象としての服飾―近代フランスにおける異性装の研究―』(東信堂、2010年)、共著に『フランス・モード史への招待』(悠書館、2016年)、編著に『歴史のなかの異性装』(勉誠出版、2017年)などがある。

はじめに、新實先生のご研究について教えてください。
これまで、服飾における性差を研究し続けてきました。服装を事例にしたジェンダー研究と言っても良いかもしれません。具体的には、服飾産業の基盤が作られたとされる19世紀フランスにおいて、ジェンダー規範や慣習的なドレスコード、理想的な身体イメージなどが、いかにして構築されたのかを調査しています。
とりわけ学生時代は、「なぜ女性が男性の恰好をするのか」という点に疑問を持ち、女性による異性装について研究に取り組みました。この異性装という言葉が使用されるようになったのは、岩波書店から刊行された『岩波女性学事典』(2002年)の影響が大きいと思います。同事典では、異性装が「身体上の性別と性自認は一致しながらも、外見上の装いを自分とは異なる性別に変える行為や状態」と定義されています。ただ、この定義には身体上の性と性自認の不一致などは考慮されていないので、扱いに注意が必要です。
それを踏まえた上でお話すると、異性装の研究にはいくつかの流れがあります。最初の研究は医者による症例研究で、異性装の事例が収集されました。異性装が性的な逸脱行為と見なされ、行為の原因を明らかにして、治療の方法を考えるために研究がなされたのです。研究が開始された当初、異性装は特殊な事例として捉えられていました。
変化が起きたのは、1980年代のジェンダー研究による影響です。ここから異性装は社会や文化の構築物であり、大衆文化のなかに存在する行為として考えられるようになります。
しかし、これまでの異性装に関する史的研究では、ヨーロッパを対象とした場合、事例が多い近世の研究が盛んで、愛国心と結びついて英雄視されがちな兵士として武装する女性たちが主に検討されてきたと言えます。
また女性による異性装に関しては、長らく警察・裁判記録を主な資料として調査がされてきた経緯があるため、異性装を行った動機が、社会の共感を呼び、他者が受け入れやすいものになりやすい傾向があり、研究上の問題点がありました。
その研究の在り方に疑問を持ち、英雄視された人物や偏った記録だけに頼ることなく、日常生活の中で、女性が異性装をする機会があったのか、あったとすればそれはどういう理由だったのかを調べたいと思いました。
つまり、これまでのように女性の異性装を著名な人物の個人史とするのではなく、歴史の中に位置付けようと考えたのです。
こうした経緯もあり、19世紀の女性作家ジョルジュ・サンドの男装と、ほぼ同時代に女性運動を牽引したとされるサン=シモン主義(初期社会主義思想の1つ)の女性たちがズボン型の下着を着用したことを事例にして、日常生活の中で異性装をしている女性たちを分析できないかと研究を始めました。
編著の表紙、筆者撮影
編著の表紙、筆者撮影
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