Fashion Tech News symbol
Fashion Tech News logo
2022.05.11

藤岡里圭「百貨店の存在はどうなるのかーー革新をもたらした小売業の誕生とその未来」

かつて日本人は西洋風の建築に胸を踊らせ、百貨店での買い物を楽しんだ。いまでこそ私たちは自由にお店に出入りし、ウィンドウショッピングをしているが、これらはすべて百貨店が生み出したサービスであったことを忘れている。過去を振り返ってみると、百貨店の誕生が小売業に与えた影響は計り知れない。
ところが、昨今ECサイトによるオンライン販売やファストファッションの需要の高まりによって、百貨店の売上が減少傾向にあるというニュースも耳にするようになった。百貨店はかつての輝きを取り戻せぬまま、衰退する運命にあるのだろうか。そこで今回、現在のグローバル時代における百貨店のあり方を考えるために、関西大学の藤岡里圭さんにお話を伺った。
PROFILE|プロフィール
藤岡里圭
藤岡里圭

関西大学商学部教授。大阪市立大学大学院経営学研究科博士後期課程単位取得退学、博士(商学)。長崎県立大学経済学部、大阪経済大学経営学部を経て、2012年4月より現職。2009年度オックスフォード大学アカデミックビジター、2016年度エラスムス大学ロッテルダム客員研究員、2022年4月より日本学術振興会学術システム研究センター専門研究員。著書に、『百貨店の生成過程』(有斐閣)、Global Luxury: Organizational Change and Emerging Markets since the 1970s(Palgrave Macmillan)(共編著)など。

戦前から今日にいたる小売業の発展に注目

藤岡さんのご関心やこれまでの研究の概要を教えてください。
私の関心は、小売業態の発展にあります。戦前から小売業が発展していくなかで、百貨店がどのような役割を担ってきたのかについて興味を持ち始めました。
たとえば、戦前の日本には西洋家具を扱うところがほとんどなかったため、百貨店ではヨーロッパから輸入してきた家具を、日本建築に合うようにアレンジする必要がありました。そのためには国内の家具生産者に対する技術的な教育が必要でしたし、絨毯の販売に際しては消費者にどのように使用するのかを説明するイベントを開催していました。こうしたことから、百貨店は単に商品を販売するだけでなく、生産者と関係を構築し、消費者に新しい消費のあり方を発信するキープレイヤーであったということがわかります。百貨店のこのような役割に注目をして、研究を行ってきました。
『百貨店の生成過程』(有斐閣、2006年)では、戦前を中心に百貨店の発展を描いたのですが、次第に戦後の百貨店にも興味を持つようになりました。たとえば大丸は1953年にクリスチャン・ディオールとライセンス契約していますし、三越はティファニーと1972年に提携し、独占販売を始めました。いまでこそ、ラグジュアリーブランドは世界同一価格、同一水準で販売していますが、当時はラグジュアリーブランドだけで日本の銀行口座を開設するのも難しく、外商客を紹介するなど百貨店がブランドを日本で定着させるために果たした役割は非常に大きなものだったのです。そちらについては、共編著 Global Luxuary: Organizational Change and Emerging Markets since the 1970s にまとめています。
最近では、グローバリゼーションやデジタライゼーションに伴う、百貨店のビジネスモデルの転換を研究しています。これまではONWARD、レナウン、三陽商会といった卸業者と百貨店が互いに協力しながら発展してきましたが、昨今ではECサイトやファストファッションでの売上が高まったことにより、百貨店の低迷が課題とされています。このような競争構造の転換や競争原理を分析するために、アパレル企業の調査を進めています。

百貨店の成立とその販売の変化

著作の表題に掲げている「生成過程」に注目されたのは、どのような理由だったのでしょうか。
世界的に見ても、1980年代、90年代は百貨店研究が盛んに行われた時代でした。当時の日本の百貨店研究では、そのほとんどが三越を取り上げていました。日本を代表する小売機関であっただけでなく、三井グループの創業ビジネスでもあったことが大きな理由です。経済界での三井の存在感は大きく、明治維新以降に呉服店の業績が悪くなったことで、三井家から外されることになります。その後、切り離された呉服店は三井銀行から派遣された人たちによって、旧来型の古い番頭システムから百貨店という新しい販売形態への転換がもたらされました。
三越百貨店、1910年、"Japan to-day; a souvenir of the Anglo-Japanese exhibition held in London 1910 " by Mochizuki Kotaro, Tokyo, "The Liberal news agency"
三越百貨店、1910年、"Japan to-day; a souvenir of the Anglo-Japanese exhibition held in London 1910 " by Mochizuki Kotaro, Tokyo, "The Liberal news agency"
この過程自体は非常に興味深いものなので、多くの研究者がそこに注目しました。ですが、小売業や百貨店の発展に注目するならば、三越の事例だけでは十分な説明ができないのではないかと考えました。実際、三越のように外から改革できる呉服店は多くありません。そこで高島屋や松坂屋の議事録を調べてみると、内部で悩みながら方向性を探っていたことが明らかになりました。このことがきっかけで、高島屋の研究を始めました。
1 / 3 ページ
この記事をシェアする