昨今、個人レベルのものづくりを支援するテクノロジーの発展が目覚ましい。今後それらのテクノロジーは社会にどのような影響を与えるのだろうか。
今回取材した明治大学総合数理学部先端メディアサイエンス学科准教授の五十嵐悠紀さんは、ぬいぐるみや3次元ビーズ細工などのものづくりを支援するシステムの研究・開発を行なっている。今回は五十嵐さんに、支援テクノロジーの最適なユーザーインターフェイス、それらのテクノロジーに必要な要素、今後の展望などについてインタビューを行なった。
2010年東京大学大学院 工学系研究科 博士課程修了.博士(工学). 日本学術振興会 特別研究員DC2, PD, RPDを経て2015年より明治大学 総合数理学部 先端メディアサイエンス学科 専任講師,2018年より同准教授.IPA未踏プロジェクトマネージャ兼任.インタラクティブコンピュータグラフィックス,ユーザーインタフェースに関する研究に従事.書籍「縫うコンピュータグラフィックス」(オーム社)、「スマホに振り回される子 スマホを使いこなす子」(ジアース教育新社)他。
学部生時代に、コンピュータグラフィックスやインタラクティブ技術の国際会議「SIGGRAPH(シーグラフ)」で発表された、現・筑波大学教授の三谷純さんの論文を読んだのがそもそものきっかけです。
その論文はペーパークラフトを題材としており、当時から趣味でぬいぐるみをつくっていた私の目には、論文中に掲載されていたペーパークラフトの型紙がぬいぐるみの型紙に見えたんです。
自動車会社のCADシステムの設計に携わっていた父と家政科出身で裁縫を得意としていた母のもとで育った私にとって、コンピュータグラフィックスと手芸はどちらももともと馴染みのある分野でした。三谷教授の論文の影響もあり、私はそれらの分野を融合させてぬいぐるみの研究をしたいと思い、いまでも続けているライフワークになっています。
「Plushie」は、ユーザーが描いた線から3次元モデルとそれに対応する2次元の型紙をコンピューターが自動で生成するシステムです。ユーザーがモデリングする度に型紙がインタラクティブに更新される仕組みで、家庭用PCでもリアルタイムで稼働することを目指しています。
ユーザーが描いた線をそのまま型紙にしてしまうとぬいぐるみにした時に一回り小さいかたちになってしまうため、縫ったあとに綿を詰めた時のかたちが描いた線に倣うよう、膨らみ具合を数秒間に数万回のシミュレーションを繰り返して最終的な型紙を表示しています。
切断面をつくれば、その面に対応した型紙を即座に生成することも可能です。突起部分を追加で描けば、ぬいぐるみの胴体と繋がった腕や足部分のように突起部分と本体の内部がつながっているケースと、ぬいぐるみの耳や尻尾部分のように突起部分と本体が別パーツになっているケースの2パターンを提示して、ユーザーが選択できるような機能も備えています。
ほかにも輪郭線を引き伸ばすことで形状を変化させられたり、縫い目を追加・削除することもできます。また、基本的には3次元モデルだけを操作していればデザインできるのですが、型紙を操作することでも形状を変化させることも可能となっています。
「Beady」は、ユーザーのジェスチャー操作によって3次元ビーズ細工をデザインするシステムです。正多面体モデルの組み合わせでデザインが可能で、それに対応するビーズモデルを提示します。このシステムでは全て均一な大きさ・形状のビーズを用いており、全ての辺の長さが等しい多面体をデザインするという問題に置き換えてコンピュータで計算しています。システム内部では常に全ての辺の長さが等しくなるようシミュレーションしています。
従来の3次元のビーズ細工は専門家がデザインした製作図をもとに制作する必要があり手順も複雑ですが、「Beady」ではユーザーがデザインした3次元モデルから適切なワイヤー経路を自動計算して、1段階ごとに制作手順を表示します。
ビーズをつなぐワイヤーの経路に関しては、一筆書きの要領でビーズモデルの表面をたどって作りますが、一筆書きをグラフ理論のオイラーグラフ問題としてコンピュータで計算しています。
ただ、一筆書きの経路は複数のパターンが存在するので、パターンによっては人間の手だけでは制作しづらい方法もありえます。なので、全ての面を一度だけ通過して始点に戻るようなハミルトンパスをグラフ理論を用いて解くことで、人間の手でつくりやすいよう、多面体の面ごとに完成するような方法をコンピュータで計算して提示しています。
いずれのシステムとも、手芸の設計プロセスを大学の情報系学部で学ぶような数学・物理の基礎的な理論を用いたコンピュータで計算できる問題に置き換えたシステムとなっています。一方で、使用するユーザ側から見ると、そういったことを意識せずにデザインできるシステムになっています。
もともと「Beady」は3次元ビーズ細工をたくさん観察した結果、3次元ビーズ細工は全ての辺の長さが全て等しい多面体と捉えることができ、全てのビーズが単一という制約を入れた方がコンピューターでデザインしやすいと気づけました。
ワイヤー経路に関しても、最初はビーズを3次元モデルの頂点に対応させて考えていたのですが、適切なオイラーグラフがつくれませんでした。オイラーグラフは頂点の数が偶数であれば成り立つという条件がありそれがクリアできず、1年近く試行錯誤していたのですがビーズを観察するうちに、ビーズを辺と見立てればビーズを通過する前の地点とビーズを通過したあとの地点は必ず偶数になるということに気づけたんです。そこからビーズを3次元モデルの辺に対応させた方法を思いつきこの問題を解くことができたので、やはり対象をよく観察した上で思い込みを捨てて柔軟に捉え直す必要はあると思います。
自ら開発したシステムの場合、自分ひとりだけでは使いづらい場面に気づき辛くなってしまいます。なので、対象となるユーザーに使用してもらうことを心がけています。
子供向けワークショップなど実証実験の現場でユーザーがどのように使っているのか、どのように楽しんでいるのか、どの部分で困っているのか、ユーザーの実現したいことを支援できているのか、やりたいこと阻害していないかなど、フィードバックを直に受け取ることは大事だと思います。また、ワークショップでは参加者同士の交流が生まれている様子が見られます。知らない人同士がお互いの作品を評価しあったり、それぞれのアイデアに触発されて自身のデザインをつくり変えたりと、その場で生まれたコミュニケーションもシステムの研究・開発の糧になりますね。
一方で過剰に支援しすぎるシステムは個人のアイデアや試行錯誤の経験を奪いかねないと考えているので、個人が考える余地を残せるようにしたいと意識しています。
型紙と縫製した結果の対応関係から、どの程度歪むのかを可視化できる機能を備えたCADシステムも世の中にはあるのですが、その提示を見て歪みが削減できるよう、型紙を調整するにはある程度の設計に関する知識が求められてしまいます。「Plushie」の場合はそれらの提示はできる限り少なくするように工夫しています。
3次元モデルを見てイメージが膨らむ人、型紙が生成される様を見て楽しむ人など、ユーザーによってシステムの捉え方や使い方は様々です。使い手の知識がゼロの状態でも使えるように、何が必要とされていて、何が必要とされていないのかは常に意識しています。
たしかに様々な種類のビーズを組み合わせれば、ビーズクラフトデザイナーが手がけた作品のように素敵なものができるかもしれません。そのような複雑なものをつくり出せるシステムを開発しようと思えばできるのですが、その分UIが複雑になってしまい、初心者にとって使いづらいものになってしまいます。ものづくりの経験がない人でも簡単につくれるようにするためには、ある程度の制約は必要なのかもしれません。
個人的に、全くスキルを持たない人の最初の一歩を支援することに魅力を感じて研究をしています。複雑なものをつくる段階は、ゼロイチの段階と比べて展開の多分が少ないように思えるためあまり興味がありません。研究者としての時間も有限なので、それならば次の題材でのゼロイチの段階を研究したいと考えてしまいますね。
いきなり大きいものをつくるのではなく、小さいものからつくっていくといいかと思います。洋服ではなくぬいぐるみ、ぬいぐるみではなくコースターのように、失敗してもそれが愛嬌だと許せるような小さなものから試してみるのもいいかもしれません。
また、私が親の影響を受けたのと同様に、私自身がつくっている様子を見てか子供たちが工作をするようになりました。親世代がものをつくる姿を子世代に見せることも大事かもしれないです。
ぬいぐるみ設計士の方などに取材をすると、やはり自身の仕事が奪われるのではないか、機械に置き換わるのではないかと懸念を示される方も少なくありません。ですが、これらのテクノロジーは既存の職人の仕事をなくすためにあるのではなく、いままで関わることのなかった人たちにまで間口を広げるためにあるべきだと考えています。
それはぬいぐるみづくりだけでなく、伝統工芸などの分野も同様です。ユーザーが支援テクノロジーを使うことで、特定の分野のものづくりに興味を持つようになるかもしれない、ひいては職人になるかもしれないですよね。いずれにせよ、伝統的なものづくりの文化やノウハウを尊重する姿勢は必要だと思います。
たとえば布地の織り方のモデリングとシミュレーションはできると思います。また、流体シミュレーションを組み合わせれば、風で飛びづらい帽子などをつくることもできるはずです。その他アクセサリーのデザインにも使える可能性も高いのでファッション・アパレル領域との相性はいいと思います。
現在のプロトタイプのシステムだけでは使える方も限られてしまい、アプリ化するとしても開発費用や期間の課題があります。なので、興味を持っていただいた企業と共同で研究・開発に取り組めたらと思います。
ただし、特定の団体・企業が持つぬいぐるみづくりのノウハウを組み込んでしまうとより便利になる一方で、権利的な問題が発生してしまい一社独占の技術になってしまう可能性もあります。個人的には幅広く使ってもらいたいと考えているため、それらの課題を解決しつつ製品化に向けたコラボなどを視野に展開できればと思います。
いきなりぬいぐるみをつくれと言われてもできないで終わってしまうところが、支援ツールがあるのであればやってみようと思うかもしれません。
また、自らオリジナルのぬいぐるみをつくれたら、もしかしたら次に違うものをつくってみようと思うかもしれないですし、場合によっては数学やプログラミングに興味を持つようになるかもしれないですよね。ものをつくりたくなる気持ちを後押しすることで新たな道が開けるきっかけに貢献できればと思います。
Text by Naruki Akiyoshi