Fashion Tech News symbol
Fashion Tech News logo

【リレーコラム】修復の技術と沈黙の声(長谷川祐輔、川尻優)

PROFILE|プロフィール
長谷川 祐輔(はせがわ ゆうすけ)
長谷川 祐輔(はせがわ ゆうすけ)

一般社団法人哲学のテーブル 代表。
新潟大学大学院博士前期課程修了。専攻は美学、現代フランス哲学。共同制作やアートプロジェクトの活動を通して、哲学が現代社会のなかで果たせる役割を探求することに関心がある。著書に『哲学するアトリエ』(一般社団法人哲学のテーブル、2023)

PROFILE|プロフィール
川尻 優(かわじり ゆう)
川尻 優(かわじり ゆう)

1998年生まれ。多摩美術大学統合デザイン学科を卒業後coconogacco、松葉舎で学ぶ。
昨年FASHION FRONTIER PROGRAM 2023にてグランプリを受賞。
身のまわりや様々なものづくりの現場での「行き場を失ったもの」との出会いのなかで衣服制作や写真撮影、リサーチを行う。

2023年に『哲学するアトリエ』という本を出版した。この本は、美術家や俳優と共同制作を行い、制作のプロセスにおいて生じたエピソードや、作品には反映されないが書き残しておきたいとわたしが判断した出来事を文章にしてまとめた本である。この本をつくった動機のひとつには、自分なりの哲学のスタイルをつくりたいという想いがあった。
大学院での研究を通して、専門的な研究を続けることのよさと違和感が同時に育まれていた時期でもあった。哲学の専門的な研究に取り組むことを通して、問いの立て方や概念の扱い方を身をもって学ぶことができた。同時に、書く主体としての自分の言葉の固有性が失われていくとも感じた。
固有な言葉をつくる営みとしての哲学は、いかにして可能か。そんな考えから、一回性に満ちた時間を誰かと共有し、そこで起こったことを素材にして文章を書くことで、何か開ける見通しがあるのではないか。そんな閃きがあった。
この本を出してから1年程経つが、今の自分の関心・現状としては、哲学のテクスト研究と人と関わる体験を往復しながら、文章を書いたり、プロジェクトで必要な立場を担ったりというところに落ち着き始めている。
なぜこの話から始めたのかと言えば、今回の文章がアーティストの川尻優さんとの連名だからである。川尻さんは、使われなくなった布を集めて分解し、それらを糸として紡ぎなおし、あらためて撚ることで服をつくっている。最新作のドレス「感傷を縫うこと(weaving sentimentality)」(2023)は、昨年行われた第3回「FASHION FRONTIER PROGRAM 2023」でグランプリを受賞した。
連名での執筆にあたり、お互いが考えていることについて話すまとまった時間を数回設けた。その意味で、この文章は対話録でもある。

1.多層的な時間を織ること

「ファッションとテック」と言えば、基本的には未来志向のものや拡張可能性が連想される。「ファッション」という言葉が、現代では衣服制作のみならず、SNSをはじめとするバーチャル空間における自己の見せ方やキャラクター設定、生き方そのものをデザインすることにまで適用される。
作り手と消費者の関係性も複雑になっている。多くの人間が日々何かしら発信している現代では、いつでも作り手であり続ける人や、いつでも消費者であり続ける人は少なくなりつつある。ファッションデザイナーであったとしても、生活に必要なプロダクトを買うときは消費者になる。
また、消費者とひとことで言っても、SNSの個人アカウントで日々の生活や考えていること、作品やスタイリングなどを発信し続けている人もいる。結果的にアテンションを稼ぐことがあれば「インフルエンサー」などとして仕事を得ていくこともある。現代のファッションにおいては、大量消費と同じかそれ以上に、大量制作が問題になっている。
このような状況に対する違和感、手ごたえを感じて生きることの難しさについて話すところから川尻さんとの対話は始まり、お互いに共通する技術的な関心として「織ること」がひとつの軸として浮かび上がった。
使われなくなった衣服や布を分解し、糸として紡ぎなおした後に一着の衣服に仕立て上げること。
実装された作品や、まとめられたコンセプトには現れることのない、共同制作のプロセスにおいて生まれては消え去るような声を、哲学を使って掬おうとすること。
どちらも、日々大量の言葉(テクスト)が行き交っているなかで、そこに宿り得る手触りのある肌理(テクスチュア)を掬い取ろうとすることを目指した結果から生まれた営みだった。
目を向けなければ埋もれてしまうテクスチュアを掬い出し、織りなおす行為には、衣服や文章だけではなく、過ぎ去っていった多層的な時間を造形化する意味合いもある。
1 / 2 ページ
この記事をシェアする