Fashion Tech News symbol
Fashion Tech News logo

【リレーコラム】衣服と図(三瓶玲奈)

PROFILE|プロフィール
三瓶 玲奈 (みかめ れいな)
三瓶 玲奈 (みかめ れいな)

画家。愛知県出身。東京芸術大学大学院美術研究科修了。《色を見る》、《線を見る》と題した作品を主に、知覚とイメージの関係性を追求する絵画表現に取り組んでいる。個展や国内外のアートフェアでの作品発表のほか、書籍やカタログ、映像作品へのアートワーク等の提供や、ファッションブランドとのコラボレーションも手掛ける。初の書籍『スタジオと絵を思考する』をこの5月に出版予定。

プロフィール写真:©コムラマイ

アトリエにて週に2度ほど、裁ちばさみを使ってロール状に巻かれた布を切り分ける日がある。それらは大抵、2メートル弱の幅から、ある程度決められた比率のスクエアに切り出されていく。絵を描くキャンバスを作るために木枠に合わせて布をカットするのだ。
今回は、絵画も衣服もその大部分を占めているであろう布における、図との関係について考察してみることにした。
絵画に用いるキャンバスは基本的には四角形の木製のフレーム、または同じく木製のパネルに布を張ったつくりをしている。中心が抜けた木枠に、布の縁をステンレス製の鋲で留め、片面のみを太鼓のように布を張った状態で絵を描いていく。
布や板、紙などの絵画を支えている材料を支持体と呼び、布を使用した支持体そのものをキャンバスとも呼ぶ。その名前は麻製のキャンバス生地に由来し、画布には多くの場合麻が使われている。素材の研究を経て綿布も多く普及して、現在では化学繊維を混紡したものもある。長い歴史の中で、絵は壁や板、そして軽く持ち運びが容易な布へと描かれてきた。
衣服は着用するという前提があり、衣服に使用される布にはその用途に沿った形状や素材が用いられる。
今回は、そういった前提に必ずしも沿わない、衣服にとって装飾的な役割──衣服にプリントまたは転写された図柄について考察してみたい。
衣服に図が配置されるとき、オールオーバーに構成したり、パターンにしたり、要素を抽出したりとさまざまな置き方が考えられる。その中でも特に絵画の形式に近い形を保った、身体の正面または背面に四角形にプリントされた図(絵)のある衣服が、画家である私にとっては大変興味深いのだ。実際のTシャツを用いて、衣服が身体を介さないときと着用したときのプリントされた図(絵)を観察する。今回観察に用いたTシャツは元となる図(絵)があり、それは衣服に使用するために制作されていない。
プリントTシャツは、身体を介さない状態で平面に図がプリントされており、シワを伸ばして平らな面に置いたときにその図の四角形が保たれている。元の図(絵)にとって、一番あるべき形に収まっているのがこの状態だろう。畳まれているときにはTシャツの部分を見ることになるが、特にそのときのプリントされた図は、より限定された一部分しか見えない。ハンガーにかけたときには布が波打ち、図には歪みが生じている。
身体の形状に個体差があるために、図のありようを着用時の状態で揃える難しさは想像し易い。しかしながら、身体の形状に沿い、布の重みで波打ち、その全てが見えない状態を前提とされた図とは、何とも不思議な状態にある。
おそらく衣服に図をプリントまたは転写したとき、そもそも、その図の全体を見ることが目的ではないのだ。多くの場合それを作ったり所有することにまず意味があり、着用してもしなくても、無言の主張としてその図(絵)と衣服が機能する。そういった要素を除くなら、常に違った表情を見せることそれ自体が、もとの図(絵)とは切り離された、その衣服の全体像であると言えるのかもしれない。
たとえばボトムスは着用して歩くだけで、布の見える面が変わり、布の厚みによって身体に沿う速度も落ち方も変わり、その面の違いを楽しむようなデザインも目にする。
そういった意味では、着用時と非着用時の衣服の正面は違うのだろうし、身体と衣服が多面体であることもあらためて確認できる。
1 / 2 ページ
この記事をシェアする