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【リレーコラム】衣装という意図、あるいは愛おしい仕事(相川治奈)

PROFILE|プロフィール
相川 治奈(あいかわ はるな)
相川 治奈(あいかわ はるな)

1994年、愛知県南知多町生まれ。若手オペラカンパニー Novanta Quattroをはじめとする様々なオペラ団体で舞台衣装を務める。

以前からオペラの裏方でご一緒させていただいている伊藤靖弘氏からバトンを受け継ぎ、この度記事を執筆することになりました。相川治奈です。
衣装家として、主にオペラの舞台衣装を制作しています。
本稿では「オペラ(舞台)における衣装の効果」をテーマにお話ししていきたいと思います。
さてその前に、この連載は「ファッションとIT」をテーマにしているということで、私が考えるファッションと衣装の違いを簡単に説明しておきましょう。
ファッションは自分自身が「(他人から)こう見られたい」といういわば自我の発露であるのに対し、衣装には「(他人に)どう見せたいか」という意図だけがあります。
ただ、ファッションと衣装は別物かと言われるとそうではありません。衣装家が、その登場人物なら何を着るかを想像して「(観客に)こう見せたい」と自我を発露しているのです。そういう意味では、衣装家が「登場人物の自我を想像してファッションを考えている」と言った方がよいでしょう。
これを踏まえて、オペラ(というか舞台全般)における衣装には2つの効果があると考えています。ひとつは観客の舞台への理解を視覚的にサポートする効果です。
Photo by 五味明憲
Photo by 五味明憲
つまり、観客が「あのキャラクターはあの衣装」といったように、登場人物を識別するための記号として機能しているわけです。
もちろんただ識別するだけでなく、身分や職業、キャラクターの性格など、より細かなディテールも衣装で表現できます。
ときにはそのパーソナリティを誇張するようなデザインにすることもあります。
たとえば、オペラ作品の中でたびたび登場する「伯爵」というキャラクターには多くの場合、煌びやかなジャケットを着せますが、「農民」には薄汚れたシャツにズボンといった出立ちをさせます。まさに「身なりは人を表す」のです。
逆に言えば登場人物を識別する必要がない場合、人物ごとに衣装を変えてしまうとそれは観客にとってノイズとなる可能性があります。観客に余計な情報を与えず、舞台をより楽しむためのディテールを提供するのが衣装の役割です。
そしてもうひとつは、役のイメージを膨らませるためのお手伝いをする効果です。衣装次第で役者の立ち振る舞いや細かな所作が変わるため、演出家が表現したいキャラクター像とマッチした衣装が必要になります。
Photo by 五味明憲
Photo by 五味明憲
だからこそ、私は演出家とのコミュニケーションを大事にしています。ヒアリングを通じてこちらから衣装の方針を提案し、演出家からの「もっとこうしたい」を貰って、デザインをブラッシュアップします。ただおしゃれでセンスが良ければいい、というわけではないのが難しいところです。
演出家の意見はもちろん大事ですが、一方で自分の感性を信じてインスピレーションを膨らませるのも重要です。そのため私はなるべく稽古場を見学するようにしています。
直接役者本人に会い、その人の醸し出す雰囲気を知ることで、もともと考えていた衣装の素材やシルエットから180°変わってしまうような新たなアイディアが湧き出ることもあります。だからこそ「この衣装をこの人に着てほしい」という欲に私は忠実です。これこそ衣装家の自我の発露だと言えます。
とはいえ基本的には「演出家のイメージに合うもの」「役者に似合うもの」「自分が作りたいもの」という三角形のバランスをうまくとりつつ衣装をデザインするのが私のスタイルです。
Photo by 五味明憲
Photo by 五味明憲
以上が舞台において衣装が果たす2つの効果ですが、私の舞台全体でのこだわりをもう少しお話しすると、見せ場や物語の鍵となる重要な場面では絵画のようなワンシーンを作ることを意識しています。
このとき、「絵」そのものだけでなく、セットや会場の壁、床の色などの<額縁>にも意識を巡らせているのがポイントです。
たとえば、最近関わったオペラカンパニーNovanta Quattroの第4回公演《修道女アンジェリカ》とプロローグでは14人分の修道服を制作したのですが、稽古場で修道女がズラッと並んだシーンを見て当初の全員同じ色の衣装にするという方針を変更し、寒色と暖色の修道服を用意することにしました。
このシーンを地味な絵にならないようにしたかったのと、全体を見渡したときにそれぞれの個性をほんの少しだけ粒立たせたかったためです。
また、会場の壁がコンクリートの打ちっぱなしだったことから、現実の世界と物語の世界を曖昧に繋ぐために同系色であるグレーの修道服を取り入れました。会場の壁の色が絵画の額縁だとしたら、あのときの私は、額縁と絵画の境界を曖昧にしたかったのです。
Photo by 関口慎一郎
Photo by 関口慎一郎
奥深く、答えのない「衣装」という仕事は意図の中に巧妙に自我を仕込む試みです。この試みが成功しているかどうかは、ぜひ私の関わる舞台に足を運び、直接確かめていただけると幸いです。

ヘッダー画像 photo by 関口慎一郎

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