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【連載】ものと人のための補助線 #13:触れたくなるMassif

PROFILE|プロフィール
角尾舞 / デザインライター
角尾舞 / デザインライター

慶應義塾大学 環境情報学部卒業後、メーカー勤務を経て、2012年から16年までデザインエンジニアの山中俊治氏のアシスタントを務める。その後、スコットランドに1年間滞在し、現在はフリーランスとして活動中。
伝えるべきことをよどみなく伝えるための表現を探りながら、「日経デザイン」などメディアへの執筆のほか、展覧会の構成やコピーライティングなどを手がけている。
主な仕事に東京大学生産技術研究所70周年記念展示「もしかする未来 工学×デザイン」(国立新美術館·2018年)の構成、「虫展―デザインのお手本」(21_21 DESIGN SIGHT、2019年)のテキスト執筆など。
Instagram / Web

渋谷から1駅、池尻大橋駅の商店街を抜けた場所に「大橋会館」はある。2023年8月、大規模な改修が施され、リニューアルオープンした。ホテルのほか、レストラン、レジデンス、オフィス、ギャラリー、プライベートサウナまである。築50年近い外観はほぼそのままだが、1階から5階まで、さまざまな建築家やクリエイターが関わりながら内装は生まれ変わった。
その1階に入ったのがMassif(マッシーフ)である。日本橋のParkletを運営する「Terrain」の新店舗で、朝食から夕食、バータイムまで開いているカフェ・ワインバー・レストランだ。空間設計を手掛けたのは、建築家の元木大輔が率いるDDAAである。
photo: Taran Wilkhu
photo: Taran Wilkhu
DDAAの近年有名な活動のひとつは「Hackability of the Stool」だろう。Artekの名作家具であるStool60をタイトル通り「ハック」して、さまざまな用途やツールとして使えるようにするプロジェクトだ。100種類ものスツール(当然のように座れないものも含む)が生まれ、最初はInstagramで発表されていたが、現在は世界各地で展示されている。
「Hackability of the Stool」のプロジェクトを含め、わたしの元木さんの印象のひとつは、マテリアルの扱い方があまりに柔軟な人というものだ。多くのプロジェクトで「それも素材としてみなすのか」という発見がある。完成品としか見えない道具も素材の一部のように捉え、逆にどうやっても未完成のままになりそうなものでも空間の一部として仕上げてしまう。自主プロジェクトでもクライアントワークでも、都会的で実験的な雰囲気を「そのまま」の素材がつくり出している。それは、Massifの空間でも随所に見られる。
photo: Max Houtzager
photo: Max Houtzager
店内ではじめに目に留まったのは、石の天板のテーブルだった。石は、神奈川県真鶴を拠点とする竹林石材店が採掘した本小松石。ほとんど加工がなされていないように見えるが、実際に割れたそのままの形を活用している。また、カウンターやレストラン側のテーブルは自然素材の左官仕上げで、東京下町にある大橋左官が手掛けたという。壁面側の照明は、瓶を溶かしたリサイクルガラスでできている。元木さんは、内装の考え方について以下のように話す。
「基本的な考え方として、床、壁、天井はできるだけそのままです。大橋会館はあと5年ほどで取り壊しが決まっているので、内装にはほぼコストはかけずに、家具に注力しました。カーテンはOnder de Linde、ソファのファブリックはPUBLIC CRAFTSにデザインを依頼。フローリングも大橋会館の前のレストランで使われていたものをラグのような形にトリミングしています。既存の壁を剥がし、RC造の質感に合わせてできるだけ少ない素材で仕上げました。その代わりに、オーガニックな質感の家具を置いています。ここで出す料理の雰囲気にも合うかなと」
Photo by Max Houtzager
Photo by Max Houtzager
無骨に見える内装と、石や土、ガラスの質感の対比が面白い。椅子はArtekの新作のバースツールのほか、マルティノ・ガンパー氏のデザインを、日本の無垢材を使用して国内で加工したものが選ばれた。入り口の取っ手も、無垢の石が使われている。「つまみや取っ手、手すりなんかは、どのプロジェクトでも楽しんでデザインしてます」と元木さんは言う。人が手で触れる場所は記憶に残りやすいからだそうだ。
Photo by Max Houtzager
Photo by Max Houtzager
大橋会館の主な用途はホテルであり、Massifは法規上その付帯施設のため、外からも中からもアクセスできる導線となっている。また、隣にはクリエイティブアソシエーションのCEKAIが運営する空間(イベントやギャラリーのスペースとして活用されている)があり、そちらにも行き来ができる。
Photo by Max Houtzager
Photo by Max Houtzager
「外にはみ出るのではなくて、池尻大橋の街の雰囲気が少し中に入ってくるような状態にしたいね、とMassifを運営するMaxとも話していました。予算の関係でテラス席を作る案はなくなったけれど、大きな窓を開ければインナーテラスのようにも使えます」
春や秋には窓を開け放って、街の空気が店内にも入り込む。偶然、レストランで写真を撮っていたMaxさんにも話を聞けた(今回の写真はMaxさんの撮ったものだ)。
「東京にはいろいろな要素があるから、東京らしさとまでは言わないけれど、コンクリートジャングルの近くにある池尻大橋らしくて、同時にちょっと新しい感じの場所を作りたかった。限られた予算だったのもあって、友達やコミュニティの作品や能力を借りたけれど、結果的にユニークな場所にできたと思う」
Massifは英語で山塊を示す。壮大な自然の景観のような、都会のワンシーンのような、独特な塩梅の空間である。これから少しずつ街に溶け込んで、人々の生活の一部となっていくのだろう。

<取材協力>
Massif(マッシーフ)
東京都目黒区東山3-7-11 大橋会館 1F
https://www.massif.tokyo/

※トップ画像:Photo by Max Houtzager

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