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西陣織の老舗はなぜ健康管理デバイスをつくったのか?

2026.09.28
西陣織の帯工場を祖業とするミツフジが現在開発しているのは、生体情報を取得・解析する健康管理デバイスだ。その転機となったのが、自社の銀めっき繊維「AGposs®(エージーポス)」が持つ「導電性」だった。繊維という素材はどのようにセンサーとなり、心拍波形の取得から深部体温の変化を推定する技術へと発展したのか。同社CCOの近藤篤正さんに聞いた。

PROFILE

近藤 篤正(こんどう あつまさ)

ミツフジ株式会社 CCO

抗菌の銀から、導電の銀へ

銀めっき繊維「AGposs®」の導電性を示す簡易試験。糸に電極を当てるとランタンが点灯する。電気を通す性能は数値で測定・証明できる
AGposs®の開発は1990年代に始まる。2代目社長が米国から持ち帰った技術をもとに、ナイロン繊維に銀めっきを施した機能性繊維を開発し、製品化した。当初は抗菌・防臭素材として展開していたが、この素材が持つ「導電性」が、後のウェアラブルデバイス開発の転機となる。
きっかけは、3代目社長が就任後に取引先を回るなかで、顧客リストの中にあった。繊維メーカーが大半を占める中に、数少ない大手研究機関の名前があった。AGposs®の発注理由を尋ねると、注目していたのは抗菌・防臭性ではなかった。
「その研究機関が高く評価してくださっていたのは、AGposs®の導電性でした。ほとんどのメーカーは抗菌防臭用の素材として使ってくださっていたなかで、導電性という新たな可能性に気づくきっかけとなったのです」
導電性とは、電気を通す性質のこと。この性質を持つAGposs®を生地に編み込むことで、心臓から発せられる微弱な電気信号をAGposs®が捉え、生体情報を取得するセンサーとして活用できる可能性が見えてきた。
銀は金属の中でも電気抵抗率が低く、電気を通しやすい。電気抵抗率は1.6(×10⁻⁸Ω・m)で、銅の1.7、アルミニウムの2.8を下回り、腐食や酸化にも強い。銀めっきを施した繊維であるAGposs®は、こうした銀の導電性と繊維の柔軟性を併せ持つため、生体情報を取得する電極として利用できる。この特性を活用し、2016年、ミツフジは同社初のウェアラブルIoTソリューション「hamon®」を発表した。

髪の毛の1,000分の1の銀めっき

銀めっき繊維「AGposs®」。ナイロンの芯に0.1〜0.2ミクロンの銀を蒸着している
センサーとして機能させるには、導電性だけでは足りない。衣服として着用するなら、柔らかさや伸縮性も必要になる。「AGposs®」は、芯材となるナイロン繊維の周囲に0.1〜0.2ミクロンという極薄の銀を蒸着することで、導電性を保ちながら、糸としての柔軟性や軽さを確保している。
「髪の毛1本の500〜1,000分の1ほどになります。それほど薄く蒸着することで、銀の性質である導電性をきちんと備えながら、糸として求められる柔軟性や軽量性も担保しています」
さらに、初期の「AGposs®」にはなかった伸縮性も、改良によって加わった。一般的に、センサーとなる繊維が伸びると電極の位置がずれ、心拍の波形が乱れやすくなる。AGposs®の特徴は、体の動きに合わせて伸縮しながらも、心拍波形を取得できる点にある。
「繊維が伸びると電極がずれて、正しいデータの取得が難しくなる。それがこれまでの常識だったと思うのですが、『AGposs®』はそこを克服した画期的な素材となります」

電極は2カ所、縫い目はゼロ

「hamon®」ウエアの裏側。心臓を挟むようにみぞおち付近の2ヶ所に電極が編み込まれている
電極部分のクローズアップ。縫い付けではなく生地に直接編み込むため段差がなく、肌に密着する
ウエアの内側には、心臓を挟むようにみぞおち付近の2ヶ所にだけ電極が編み込まれている。裏地全面に銀を用いた場合コストは跳ね上がるが、研究の結果、この位置と面積で十分に鮮明な波形が取れることが分かった。
編み立てには、福島県の自社工場に導入した島精機製作所のホールガーメント編機を使う。無縫製かつ電極も生地に直接編み込まれるため、継ぎ目のない一体感のある仕上がりとなる。
「後から縫い付けていないので、本当に0.何ミリぐらいの世界だと思いますが、段差がないんですよ。電極と衣服が一体となってピタッと自分の身体に沿う。それによりきれいな心拍波形を取ることが可能になります」
ウエア本体はコットンやナイロン、スパンデックスで編まれ、圧の強いコンプレッションウエアではなく、産業現場での長時間着用を想定した設計となっている。また洗濯耐久性はJIS規格に準拠して100回以上を確保している。汗はノイズ源になりそうだが、実際は逆だった。
「むしろ汗をかいている方が生地が肌に密着するので、きれいな心拍波形が取れやすいです」
データが取りにくいのは乾燥肌のほうだという。生体電位を拾う以上、肌との密着が精度を決めるため、オーバーサイズでの着用は想定していないという。
なお、胸元に装着するトランスミッターは解析を行わず、電極が拾った信号をBluetoothで送るだけの送信機であり、解析はその先で行われる。

心拍から深部体温を推定する

取得した心拍波形から何を導くか。ミツフジが指標に選んだのは、HRV(心拍変動)だった。
「心拍変動解析は、幅広く使われている一般的に確立された指標なので、汎用性があるんです」
汎用的な指標を起点にすることで、取得した生体情報を複数の用途へ展開できる。実際、ミツフジでは猛暑リスクや眠気、コンディションなど、用途に応じたアルゴリズムを開発している。
なかでも、猛暑リスクの把握につながる技術として開発したのが、心拍情報から深部体温の変化を推定するアルゴリズムだ。深部体温は熱中症リスクを把握するうえで重要な指標の一つだ。ミツフジは産業医科大学との共同研究で、70名の被験者から心拍情報と深部体温の相関を導き、心拍から深部体温の「上昇・下降」を推定するアルゴリズムを開発した。特許は日本、中国、欧州で取得している。
生体データの精度そのものも、外部の基準で裏づけられている。2022年、着衣型携帯心電計(PS201-01)として管理医療機器(クラスII)の認証を取得した。

現場が突き返したもの

ただし開発した技術を産業現場で運用するには、素材やアルゴリズムとは別の課題もあった。同社は実際の利用環境で課題を検証するため、前田建設工業の建設現場や研究施設、福島県川俣町などで3年にわたる実証を重ねた。
そこで浮かび上がったのが、通信環境や操作性の問題だ。
建設現場は通信環境が悪く、トランスミッターの接続が切れやすい。当時は自動で再接続しない仕様だったため、装着していてもデータが飛ばない時間が生じた。ITに不慣れな作業員には、再接続の操作自体が難しい。
見守りの仕組みとして機能しない、という導入現場からの指摘は、ハードウエアの設計そのものに戻ってきた。この経験が、より扱いやすいリストバンド型・スマートウォッチ型の開発につながっていく。一方で、心拍波形が取れるスマートウエアのほうも、医療機関など精緻なデータを求める現場で使われ続けている。

次の技術課題は、装着感の低減とAIの実装

ミツフジが考える課題は2つある。
1つは装着感の低減だ。日常生活において、スポーツ時において、睡眠時においてなど、さまざまなシチュエーションでの活用の範囲を広げるための1つのアプローチが、装着していることを感じさせないセンサーだ。たとえば絆創膏を貼るような感覚で計測できれば、常時計測は現実になる。
もう1つはAIの活用である。取得したデータを解析する際の活用、さらにはウェアラブル側にAIチップを実装できれば、個人ごとにカスタマイズした指標を提供できるようになる。
「取得した生体情報から、どういう指標を導き出すか。どういうことを解析するか。その『どう使うか』という部分を開発していくことが、私たちに求められる役割だと考えています」
西陣織の帯工場を祖業とするミツフジが健康管理デバイスへと舵を切った起点は、自社が持っていた銀めっき繊維の「導電性」だった。その特性を生かして衣服そのものをセンサーにし、心拍波形を取得。さらに、取得した心拍情報から深部体温の変化を推定するアルゴリズム開発を進め、身体の状態を捉える技術へと発展させてきた。
現在は、より装着負担の少ないセンサーや、取得したデータの即時解析および個人最適化へと開発を進めている。自社の銀めっき繊維が持つ機能を、生体情報の取得から解析、活用へと広げてきた理由は、人々が日々安心して暮らすことへの強い思いの体現なのである。

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