JA/EN

AI検索

関連ハッシュタグ

Articles

「ハドソン靴店なら、もしかしたら……」“他店に断られた靴”の修理に挑む職人の心意気

2024.09.28
ある日、長年履き続けている大切な革靴が壊れてしまった。購入した靴店や駅前の靴修理店に相談しても、「修理できない」という。新しい靴を買えばいいのだが、この靴には苦楽を共にしたさまざまな思い出があるから、おいそれとは捨てられない。
「できることならば、直してもう一度履きたい」。もし、そんな靴が手元にあれば、横浜近郊の静かな商店街にあるハドソン靴店へ。お話好きの腕利き職人がとことん相談にのってくれるから。

PROFILE

村上 塁(むらかみ るい)

ハドソン靴店 店主。1982年、神奈川県横浜市出身。もともとは理系の大学でF1やロケットの部品作りを学んでいたが、テレビで見たオーダー靴を作る職人の姿に魅了され、東京の靴の専門学校へ。その後、ハドソン靴店の佐藤正利に師事し、靴作りの修行を積む。佐藤氏の急逝後、店を受け継ぎ、靴修理の店をスタート。

伝説の職人が開いた手製靴の店を受け継ぐ

ハドソン靴店は、もともとどんな店だったんですか?
靴職人の佐藤正利さんが1961年に開業した靴店です。佐藤さんは横浜で最後の手製靴職人といわれた方で、吉田茂元首相や俳優の石原裕次郎さんといった著名人の靴をたくさん手がけていました。私は東京にある靴作りの専門学校に通っていた頃に、そこの先生の紹介で弟子入りできました。
ちなみに店名の由来は、先輩から聞いた話ですが、佐藤さんが修行していた製靴店のオヤジさんがバイクに乗る方で、特に気に入っていたニューハドソンのバイクから命名してもらったそうです。
佐藤さんは、「東京の関、横浜の佐藤」と呼ばれた名人ですね。どんな方でしたか?
昔気質の靴職人は、ぶっきらぼうな方が多いのですが、佐藤さんは温厚でスマートな方でした。もちろん仕事に関しては厳しかったですが……。職人の世界では、「技は見て盗め」と言いますが、私も師匠の手の動きを見て、技術を学びました。


この記事は会員限定です。
登録すると続きをお読みいただけます。

会員登録でできること

  • 会員限定記事の閲覧、
    音声読み上げ機能が利用可能
  • お気に入り保存、
    閲覧履歴表示が無制限
  • 会員限定のイベント参加
  • メールマガジン配信で
    最新情報をGET

Tags

この記事はいかがでしたか?

シェアリンクをコピーしました

Related Articles

Related Database