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北斎が「カワイイ」と出会った日──伝統を未来へつなぐ、新しい文化継承のカタチ
葛飾北斎の浮世絵が「カワイイ」と出会い、新しい文化表現としてよみがえる。そんなコンセプトから生まれたのが「カワイイホクサイ」プロジェクトだ。
この取り組みは一般社団法人墨田区観光協会、一般社団法人GLOBAL KAWAII協会とみんな北斎プロジェクトが協力し、北斎の名作に障がいのあるアーティストの個性豊かな表現を重ね合わせることで、伝統と現代の感性を融合させているプロジェクトである。
アートと社会、そして文化の未来を問い直す挑戦でもある本プロジェクトについて、GLOBAL KAWAII協会の紅林 大空さんと西園寺 怜さんに話を伺った。
北斎に息づく「カワイイ」の精神
北斎を「カワイイ」というフィルターを通して再解釈する。そのユニークな発想は、どのような経緯で生まれたのだろうか。「プロジェクトが始まったきっかけは、墨田区観光協会さんとの連携でした。墨田区にはスカイツリーや両国など、海外からの観光客を惹きつける場所が多くあります。その一方で、区自体は暮らしやすい町でありながら、観光資源としてはアピールしきれていないという課題がありました。
そこで、墨田区が誇る文化的な財産をどうすれば面白くプロモーションできるかを考えました。北斎が生まれ育った町であることに着目し、『カワイイ×北斎』という切り口からアートプロジェクトを立ち上げたのです」
北斎といえば、『神奈川沖浪裏』や『凱風快晴(赤富士)』に代表される大胆なデフォルメ表現が有名だ。しかし紅林さんは、その作品の根底には現代の「カワイイ」カルチャーにも通じる精神性やデザインが息づいていると語る。

「北斎は、非常に観察力に優れた画家だったと考えています。たとえば、波しぶきが弾ける瞬間や、雨粒が落ちる途中の一コマなど、それまでの画家があまり描かなかった情景を捉える力があったと研究されています。その鋭い観察眼は、動物、人、風景といったあらゆる対象に向けられていたのではないでしょうか。
その観察眼には、私たちが今感じる『カワイイ』ものを見つける視点も含まれていたように思います。見ていてちょっと面白い、かわいらしいと感じる仕草、多くの人に愛される動き。そういった感覚を捉える力を、北斎は持っていたと解釈しています」(紅林さん)
「今回、紅林がデザインを担当するにあたり、有名な浮世絵だけでなく、北斎が残した膨大なスケッチや手描きの作品にも着目しました。国会図書館に所蔵されている数十冊もの北斎画集や『北斎漫画』など、あらゆる資料を網羅的に調査したのです。
その中から、現代の墨田区や『カワイイ』という感覚に響く要素を抽出し、デザインに落とし込んでいます」(西園寺さん)
なぜ「神奈川沖浪裏」「赤富士」「怒涛図」なのか
本プロジェクトの連携先のひとつである「みんな北斎プロジェクト」は、障がいのある人々が作業所などで描いた絵を公共の場でアートとして展示する活動を長年続けており、その過程で蓄積された膨大な線画データが、今回の取り組みの礎となった。北斎には膨大な作品があるが、モチーフはどのように選定されたのだろうか。
「まず、北斎の中でもっとも知名度があるのは、やはり“ビッグウェーブ”、すなわち『冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏』です。これは彼の代表作といえるでしょう。

次に考慮したのが、北斎という画家の評価のされ方です。実は彼は海外で先に再評価された画家で、日本でその価値が改めて見直されたのは比較的最近のこと。海外で高く評価されたからこそ、日本でも大切にしようという流れになった点は、カワイイカルチャーの歩みと似ています。
そこで“海外で一番知られている北斎は何か”を調べると、英語圏では『凱風快晴』、通称『赤富士』の人気が非常に高いことがわかったんです。
最後にもうひとつ、私自身が面白いと感じたのが『怒涛図』に描かれた波です。これは男浪と女浪の対で描かれた珍しい作品で、“夫婦浪(めおとなみ)”とも呼ばれるのですが、非常に力強く魅力的です。
これらの理由から、今回はこの3作品をメインの絵柄として取り入れることにしました」(紅林さん)

北斎のユニークさと「カワイイ」の融合
そもそも「北斎」というテーマは、墨田区観光協会の企画意図として当初から定められていた。しかし、その選択は単なる郷土の偉人という理由だけではない。北斎は生前から奇人として知られ、猫を愛し、生涯で幾度も画号を変えながら創作を続けた、独自の在り方を貫いた人物だ。そのユニークさは現代の「カワイイ」という感覚にも通じ、私たちにとって親しみやすい存在となっている。「北斎は『モナ・リザ』のように、すでに数多くのリメイクや派生作品が世に出ています。だからこそ、原作を忠実に再現することには、あえてこだわりませんでした。
むしろ意識したのは、北斎という人物が持つチャーミングさやユニークさを、私たちが考えるキャッチーな“カワイイ”と掛け合わせること。そして、障がいを持つ方々が抱くさまざまな思いや内に秘める情熱を、作品に昇華させることでした。それゆえ、どうせなら思い切り振り切った表現にしよう、と。
もちろん、ただの『自由』は表現の軸を失いかねません。そこで、北斎が描いた線をベースに残しつつ、そこに遊び心を加えるようにしました。たとえば、波しぶきや雲を星形にアレンジしたり、小さなしぶきを“キラキラ”に見立てたり。波間に海の生き物を隠したり、渦の中に表情豊かな猫を忍ばせたり、といった工夫です。
北斎の原点を尊重しながら、そこから自由に広がる想像力の豊かさを表現していきました」(紅林さん)
伝統を未来へつなぐ扉として
このプロジェクトは、リニューアル工事中の東京東信用金庫錦糸町支店の仮囲いを彩るアートのほか、Tシャツなどのプロダクトとしても展開されている。
『凱風快晴』にはスカイツリーが描き加えられ、『神奈川沖浪裏』の雲は、障がいのある人々が描いたイラストをそのまま採用。また、『怒涛図』に潜む猫の線画も、福祉施設を利用する人々によって描かれたものだ。
こうして、北斎×障がいのあるアーティスト×カワイイのコラボレーションから、少し不思議で自由な世界が生まれている。
「『神奈川沖浪裏』では、波の線画は北斎のものを生かし、色付けやイラストのコラージュを私が担当しました。猫や魚といった要素を加えていますが、その元の線画は障がいを持つ方々が描いたものです。
色付けにおいては、元の絵の意図を損なわないよう注意しました。赤富士は赤、波の基調は北斎ブルーのままにするなど、原作の持つ色のコントラストやコンセプトは必ず残すようにしています」(紅林さん)

またこのプロジェクトには、カワイイを介して、若者や海外の人々に日本文化への新しい扉を開いてほしいという願いが込められていると紅林さんは教えてくれた。
「北斎は西洋美術にも大きな影響を与え、その国際的な魅力は日本でも再認識されつつあります。しかし、世界的な名声とは裏腹に、生前の彼は経済的に恵まれなかったともいわれています。それは現代にも共通する部分であり、そうした生きづらさを抱える社会の中でこそ、自由な表現の場や新しい価値観が必要だと思うのです。
多くの人が『北斎だから』と関心を寄せ、足を止めてくれるのは間違いありません。その入り口から、『作品の購入が寄付につながる』『地域に還元される』といった仕組みを知ってもらえれば、これは北斎のイメージを生かした新しい文化継承の入り口になるはずです」(紅林さん)

「私は内閣府の地域活性化伝道師として、伝統工芸に携わる方々と接する機会が多くありました。国内では『高価で手が出しにくい』というイメージから、伝統工芸が少しずつ衰退している現状があります。
一方で、インバウンド需要は高まり、国としても日本の魅力を海外へ広げようという流れが強まっています。もし伝統工芸に“カワイイ”というエッセンスを加えることができれば、これまでとは異なる層にその価値を届け、マーケットを大きく広げられるのではないかと強く感じています。
伝統と“カワイイ”を掛け合わせ、その魅力を世界に発信することで、『カワイイ』という価値観がより広く浸透していくと考えています」(西園寺さん)
参加者全員で北斎の世界を再創造するこの試みは、難解に思われがちな伝統を、私たちにとって身近なものへと変えていく。若い世代や海外の人々が“カワイイ”を通して北斎や日本文化に触れるこのプロジェクトは、伝統と現代をつなぐ新しい扉として、未来への確かな可能性を示している。
PROFILE

紅林 大空(くればやし はるか)
2009年より原宿系雑誌『KERA』のモデルとして活躍。ファッションや音楽、動画クリエイターとして KAWAIIカルチャーを世界に向けて発信中。
2015年以後は世界中のKAWAIIカルチャー関連イベントへのゲスト出演をメインに活動。
2018年より海外研究者によるKAWAIIファッションについての研究・論文製作に共同研究者として携わる。
SNSで海外からの人気を獲得し、日本人として初めて米Instagram公式アカウントから2度のインタビューを受けるなど、海外人気の高いKAWAIIアイコンのひとり。
PROFILE

西園寺 怜(さいおんじ れい)
東京出身。上智大学外国語学部英語学科卒業。
Team Mercurius プロデューサー、内閣府地域活性化伝道師(令和元年~)
イタリアを主とする欧州製品を輸入販売する会社や、裏原宿のゴシックカフェ経営の経験を持つ。現在はインバウンド誘致を含めた地域活性、商品やイベント開発、伝統工芸製品の海外展開のサポート、カワイイ文化の共同研究を行っている。
著作:『2 Hours Drive from Tokyo(東京から2時間の旅ガイド)』
Text by Tajimax















