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なぜ筆記具メーカーのパイロットが服を作るのか? ウール100%の日常着「YUDANGI」に込めた哲学
筆記具メーカーとして100年以上の歴史を持つパイロットコーポレーションが、昨年、ウール100%の日常着ブランド「YUDANGI(ユダンギ)」を立ち上げた。
ペンづくりで培った技術と哲学は、衣服という分野でどのように花開いたのか。同社の井口幸子氏と岩﨑由紀子氏への取材から、「油断」というコンセプトに込めた想いと、衣服の未来を見据えたものづくりの背景を探る。
PROFILE

左:井口 幸子(いぐち よしこ) 右:岩﨑 由紀子(いわさき ゆきこ)
株式会社パイロットコーポレーション 未来創造室
なぜペンメーカーが服を作るのか? 「油断」から生まれた創造性のための衣服
2022年、パイロットコーポレーションは「人と創造をつなぐ。」という新たなパーパスを掲げた。100年以上にわたり筆記具を通じて人々の「書く」を支えてきた同社が、その枠を超えて新たな価値を創造するために立ち上げたのが、未来創造実験室「PILABOT(ピラボット)」だ。
そして、この実験室から最初に生まれたプロジェクトが、意外にも「衣服」だったと岩﨑さんは語る。
「ペンを使ったことがない人がいないように、服を着たことがない人もいないだろう。そのぐらい身近なものを作ってきたからこそ、筆記具とは別の身近なものにまたチャレンジしてみよう、と。衣服で人と創造力をつなげられたらどんなお洋服になるんだろうという問いかけから、『YUDANGI』が始まったんです。」
プロジェクトは、まず自分たちの日常を見つめ直すことから始まった。仕事、家事、育児、プライベート。私たちはさまざまな顔を持ち、それぞれのシーンに合わせて服を選んでいる。もし、どんな場面にも自然になじみ、選ぶのに悩まない服があったら——。
そして選ぶだけでなく、日常には服を着た後も小さなストレスが潜んでいる。ブランドの立ち上げを主導した井口さんは、自身が一日に何回腕まくりをしているかを数えてみた。その回数は、実に43回。仕事や家事のたびに袖をまくり、ずり落ちればまくり直す。ひとつひとつは些細な動作でも、繰り返すうちに小さなストレスが積み重なっていく。
その気づきから、「創造的な時間には、ほどよいゆるみが不可欠だ」と考えた。気を張らずリラックスしている「油断」と呼べる時間の中でこそ、人は自由な発想ができるのではないか。着心地がよく、どんなシーンにもなじみ、それでいて美しく見える。そんな服があれば、もっと創造的な毎日を送れるはず。YUDANGIは、そんな発想から生まれた。

答えはウール。「冬の素材」という常識を覆した出会い
企画を進めるなかでYUDANGIがたどり着いた理想の素材は、ウールだった。「地球に迷惑をかけない生き方がしたい」という個人的な信条を持つ井口さんは、化学繊維ではなく、自然素材の可能性を探っていた。転機となったのは、ある展示会でのThe Woolmark Companyとの出会いだった。そこで井口さんは、ウールの優れた機能性に触れる。「着るエアコン」とも呼ばれるほど調温・調湿性に優れ、防汚・防臭性や難燃性も備えている。

井口さんは、「これだ」と直感したという。なかでも防臭効果は、自身の体験からも実感している。
「私が着ているこのTシャツ、実は6ヶ月洗ってないんです。家に帰って干しておけば、次の日もまったく臭わない。登山家の方々が過酷な環境でウールの下着を愛用する理由がよくわかりました。この防臭効果は、私たちにとって大きなストレス軽減になります」
天然の機能素材であるウールとの出会いが、YUDANGIの可能性を広げていった。

油断しても、美しく。細部に宿る「見えないデザイン」
「油断」というコンセプトは、一見すると気づかない細やかなデザインに落とし込まれている。たとえば「ギャザーシャツ」の袖口には、一般的なカフスの代わりに伸縮性のあるリブを採用。袖がずり落ちないため、「43回の腕まくり」をすることなく美しい所作を保つことができる。

「私たちが一番油断しているのって、背中だと思うんです。人から見られる後ろ姿がきれいだったら、もっと安心して過ごせるんじゃないかと考えました」
岩﨑さんがそう語るように、YUDANGIのシャツは背面のデザインにも特徴がある。通常のシャツの倍以上の生地を贅沢に使ってたっぷりとギャザーを寄せることで、背中を曲げても体のラインを拾いすぎず、優雅なドレープが生まれる。

こうしたデザインを支えるのが、上質なウール100%の生地だ。布帛生地は「SUPER100」、スムース生地は「SUPER120」という極細のウール糸を使用。ウール特有のチクチク感を解消し、素肌の上に着ても心地よい肌触りを実現した。

捨てずに、土に還す。服の「終わり方」をデザインする
YUDANGIのものづくりは、服が役目を終えた後までを見据えている。ウールは、土中の微生物によって分解され、やがて自然に還る。その過程で生まれる窒素は、植物の栄養分にさえなる。この事実を知った井口さんと岩﨑さんは、服の「終わり方」をデザインするという新たな挑戦を始めた。今年6月に、キッズラインと共に発表された無染色の「Kinari」シリーズでは、染料による化学的な環境負荷をなくすため、ウール本来の色を生かしている。

通常は化学繊維が使われるタグや縫製糸もすべてコットン100%に。これは服全体が100%自然素材になることで、安心して土に還せるようにするためだ。

当初、YUDANGIはサステナビリティを前面には出さなかった。心地よくて油断できる素敵な服」として受け入れられることを優先したからだ。しかし、未来を生きる子どもたちに向けたキッズラインを作るにあたり、その背景にある哲学を伝えるべきだと考えた。

井口さんは、企業が主導するリサイクルだけでなく、生活者自身が循環の担い手になることへの期待を語る。
「私たちに回収を依頼して私たちがやるのではなく、自分の手できちんと土に埋めて、土に還すということを選択していただく。その自主性がすごく重要なのではないか、という想いがあります。」
生産過程で出る生地の端材は、専門業者に依頼し、有機肥料へとアップサイクルしている。服の切れ端が、新たな命を育む糧となるのだ。
ペンメーカーとして「長く使える」「使う人のストレスを減らす」ことを追求してきたパイロットのDNAは、YUDANGIの細部にも息づいている。服にまつわる時間をラクにするだけでなく、心にも余白をつくる。「油断」という発想から生まれたYUDANGIは、着る人の創造性を解き放つ、新しい日常着を提案している。












