

Articles
「マザーズバッグ」から「ペアレンツバッグ」へ:MATOが設計する、育児の新スタンダード
子育てをするすべての人へ向けたペアレンツブランド「MATO by MARLMARL(マトー バイ マールマール)」は、従来の「マザーズバッグ」という概念を刷新し、性別や体格を問わず共有できる「ペアレンツバッグ」を提案している。
育児における機能性と、ファッションアイテムとしての審美性を高度に両立させたプロダクトは、どのようにして生まれたのか。株式会社Yomの代表取締役・深澤和弥さんと、同ブランドのデザイナー・黒川安代さんに、その開発背景にある設計思想と、素材や機構に込められた技術的な工夫について話を聞いた。
PROFILE

深澤 和弥(ふかさわ かずや)
株式会社Yom 代表取締役
小売企業やメーカーにてMDとしての経験を経て、2012年株式会社Yomを創業。
ベビーギフトブランド「MARLMARL」をはじめ、ペアレンツブランド「MATO by MARLMARL」や、ベビー・キッズ向けフォトスタジオ「STUDIO MARLMARL」、フラワー事業「CADO MARLMARL」などを手掛ける。
PROFILE
黒川 安代(くろかわ やすよ)
MATO by MARLMARL プロダクトデザイナー
2022年に株式会社Yomに入社し、自身の子育ての経験を活かしながら、ペアレンツにとって役立つプロダクトを開発している。
「マザーズバッグ」から「ペアレンツバッグ」へ
2012年に「MARLMARL」を立ち上げた同社は、2018年に大人の女性向け雑貨ライン「MATO by MARLMARL」を開始した。その後2020年頃、子育てを「母親だけのもの」から社会全体でシェアするという価値観の広がりを受け、「子育てをするすべての人へ向けたペアレンツブランド」へと方向転換する。背景には、機能性のみを重視したマザーズバッグが主流だった市場において、SNSの普及を機に親世代のファッション感度が高まり、デザイン性へのニーズが強まったという変化がある。
さらに決定打となったのは、深澤さん自身の経験だ。休日に妻から手渡された女性向けの小さなリュックを背負い、公園へ出かけた際、彼はある種の違和感を抱く。
「鏡に映った自分の姿が、『ママに言われて育児を手伝っているパパ』という受動的な姿に見えました。これでは男性が主体的に育児を楽しもうという気持ちになりにくいと感じたのです」(深澤さん)
男性が持っても違和感のない、夫婦でシェアできるデザインであれば、育児参加への心理的ハードルは下がり、長く使える高機能バッグへの投資もしやすくなる。こうしてMATOは、性別や役割に縛られない「ペアレンツバッグ」という新カテゴリーの構築へと舵を切ったのである。
デザイナーの実体験に基づく機能設計
MATOの商品開発において、デザイナーの黒川さんがもっとも重視しているのが「ニーズの洗い出し」だ。社内に多く在籍する子育て中のスタッフによる座談会や、自身の周辺へのヒアリングを通じて、潜在的な不便さを徹底的に言語化している。その中で導き出された、ペアレンツバッグに不可欠な機能の一つが「ノンルック」での操作性だ。これは、バッグの中を見ることなく、手探りだけで荷物の出し入れができる設計を指す。
この機能の重要性は、黒川さん自身のヒヤリハット体験に基づいているという。
「かつて駅の改札で、切符を探そうとバッグの中に視線を落とした一瞬のことでした。当時3歳だった子どもが突然走り出し、危うく迷子になりかけたことがあったんです。荷物を取り出すという何気ない行為に意識が向くだけで、子どもの安全が脅かされる隙が生まれてしまう。子どもから決して目を離さず、手元の感覚だけで開閉できるバッグがあれば、こうしたリスクを未然に防げるのではないかと考えました」(黒川さん)
この思想を具現化したのが、マグネットを用いた開閉機構だ。「HONEYCOMB BAG」というショルダーバッグでは、フラップ部分にマグネットを内蔵し、手を離すだけで自動的に閉まる構造を採用している。

視覚に頼らずとも確実に口が閉じるため、中身の落下防止や防犯性を担保しつつ、親の視線は常に子どもへと向けられる。

また、代表的なモデルである「CONTAINER TOTE BAG」では、あえて天面にファスナーを設けず、開口部を大きく取ることで視認性とアクセス性を高めている。

これらは単なる利便性だけでなく、育児における「安全性」を機能として実装した結果である。

多様な体格と、シーンに対応する工夫
MATOのバッグは、収納の「ゾーニング」にも緻密な計算がなされている。子どものケア用品、親の貴重品、仕事道具など、性質の異なる荷物が混在するペアレンツバッグにおいて、何がどこにあるかを直感的に把握できることは重要だ。たとえば、先に紹介した「HONEYCOMB BAG」の内装には5箇所の収納スペースが設けられている。
大きなポケットには財布やスマートフォン、ファスナー付きポケットには絶対に紛失してはならない薬や鍵、といった具合に、企画段階から「どのシーンで何を入れるか」を想定した配置が行われている。

また、性別や体格差を超えて使用できるユニバーサルデザインの追求も、MATOの特徴である。男性と女性では骨格や筋肉の付き方が異なるため、同じバッグでも背負い心地は変わる。
そこでウォレットバッグなどの一部のモデルでは、ショルダーストラップの接続部に回転式のバックルを採用している。

この可動式バックルは、使用者の体型に合わせてストラップの角度が自動調整される仕組みだ。なで肩の女性から肩幅の広い男性まで、誰が持ってもストラップが自然に体に沿うよう設計されている。
さらに、ストラップの取り付け位置を変えることで、右利き・左利きの双方に対応。ボディバッグからショルダーバッグへの形状変更も自由自在だ。厚手のアウターを着用する冬場でも容易に長さを調整できるなど、服装や季節を問わずストレスなく使い続けられる。
一方で、デザインと機能の両立において、黒川さんが特に苦労したのがペットボトルホルダーの処理である。 夏場の水分補給にドリンクポケットは不可欠だが、外側にボトルが露出するデザインは、MATOが掲げるミニマルな美学にそぐわない。
そこでボディバッグ「MORPH BODY BAG」では、側面にわずか3cmのマチを設け、内部の仕切りを緻密に計算。

これにより、外見のスマートさを損なうことなく、500mlのペットボトルを美しく収めるスペースを確保した。

素材への挑戦。高密度コットンや医療用技術の応用
機能性を支えるもう一つの柱が、素材選びである。ペアレンツバッグには、汚れに強く、軽量で、かつ耐久性が求められる。MATOでは多くの製品に防水・撥水素材を採用しているが、中でも「CONTAINER TOTE BAG」に使用されている高密度コットンは特殊な素材だ。
綿100%でありながら、極限まで高密度に織り上げることで、水にぬれると繊維が膨張し、織り目を塞いで水の浸入を防ぐ性質を持つ。一般的な洋傘生地の耐水圧が200mmのところ、この生地にいたっては耐水圧800mmを誇る高スペックだ。
「バケツのように水を運べるほどの防水性がありながら、コットンの風合いと軽さを保てるのが特徴です。汚れた場合は丸洗いが可能で、ラフに扱っても耐えうる強度は、予測不能な事態が起きる育児シーンに適しています」(黒川さん)
また、使用済みのおむつを持ち運ぶ際の「におい問題」に対しては、医療・介護の現場で使用されている技術を転用した。
おむつが入るショルダーバッグ「POST BAG」のポケットには「シリカクリン」という消臭・除湿シートを採用。これは黒川さんが医療介護の展示会で発見した素材で、物理的な吸着によってにおいを軽減する効果がある。

ファッション業界の常識にとらわれず、異分野の技術を積極的に取り入れることで、育児特有の課題解決を図っている。
子育てを自由にデザインできる社会へ
MATO by MARLMARLが見据えるのは、単なるアパレルブランドとしての成功ではない。「子育てを自由にデザインできる社会」というビジョンの実現だ。深澤さんは、近年の猛暑が子どもたちの遊び場を奪っている現状を危惧している。今後は冷却ファンや、水分を利用した気化熱冷却などのテクノロジーを積極的に取り入れ、過酷な環境下でも親子が快適に過ごせるプロダクトの開発を視野に入れている。
さらに、同社は「BOKAN(母艦)」と名付けたプロジェクトを進行中だ。これはアパレルや雑貨だけでなく、スタジオ、クリニック、スクールなど、子育てに関わるあらゆるサービスを包括的に提供する構想である。
「僕たちが目指しているのは、『子育てを自由にデザインできる社会』です。それはバッグというプロダクトだけでは達成できません。子育てには、病気もあれば教育もあり、遊びもあります。それらを点ではなく面で捉え、忙しい共働き世代のペアレンツをサポートできるようなプラットフォームを作りたいと考えています」(深澤さん)
ファッションとテクノロジー、そして育児の現場をつなぐMATOの挑戦は、子育てを「個人の負担」から「社会で共有する喜び」へと変えるための、静かながらも確実な一歩を踏み出している。














