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「宇宙の技術は、私たちの生活を豊かにする」専門家と読み解く宇宙服の進化と未来

2025.09.25
2027年半ばにアポロ計画終了以来初となる、有人月面着陸を目指す国際プロジェクト「アルテミス計画」。日本からも2名の宇宙飛行士が参加予定だ。プロジェクト成功の鍵を握るのは、過酷な月面環境から飛行士の命を守る、最新の宇宙服である。
私たちの知らないところで、宇宙服はどのように作られ、進化してきたのだろうか。
宇宙開発エバンジェリストとして活躍し、東京・日本科学未来館で開催中の特別展「深宇宙展」で監修を務める戸梶歩氏に、宇宙服の歴史から最前線、さらに私たちの日常への応用の可能性まで、詳しく話を聞いた。

PROFILE

戸梶 歩(とかじ あゆむ)

東京大学、東京大学大学院、米国スタンフォード大学大学院卒業後、ロッキードマーティン社に入社、日米の航空宇宙関連会社、慶應義塾大学大学院の特任講師を経て、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の火星衛星探査機MMXプロジェクトの主任研究開発員を務める。これまでに4機の人工衛星の開発に従事。現在はSF科学技術考証家としてSF作品の製作にかかわりながら、宇宙開発のワクワクを一人でも多くの人に伝えていく「宇宙開発エバンジェリスト(伝道師)」としても活動。

激しい温度差と高速の塵に耐えるための船外宇宙服

はじめに、宇宙服とはどんな服を指すのでしょうか。
その名の通り、宇宙で着用する服です。大きく分けて、宇宙船の外で活動するための「船外服」と、船内で着る「船内与圧服」の2種類があります。
船外服は、船外でのミッションを遂行する際に着用します。背中には生命維持装置が搭載されたバックパックを背負い、ここから酸素や電力などを供給します。
若田宇宙飛行士が船外活動(EVA)で着用する船外活動ユニット(EMU) (©JAXA/NASA)
一方、船内で着る宇宙服である船内服は「与圧服」とも呼ばれ、ロケットの打ち上げ時や地球への帰還時に着るものです。生命維持装置は搭載されておらず、生命維持機能は宇宙船が担っており、宇宙船と一体で動作します。
イメージ図(提供:まいしろ)
ひとくちに宇宙服といっても、役割が違うのですね。船外服には、どのような機能があるのでしょうか?
宇宙空間は真空のため、地球とは比較にならないほど温度差が激しく、太陽が当たる場所と日陰では約200℃もの温度差が生じます。
さらに、宇宙空間では小さな塵(デブリ)が秒速約8km、つまり東京-大阪間を1分弱で移動するほどの猛烈なスピードで飛び交っています。そのため、微小な塵でも衝突すれば甚大な被害をもたらしかねません。
船外宇宙服には、こうした過酷な環境から宇宙飛行士を守るための、高度な保護機能や温度管理機能が備わっています。
どのような素材が使われているのですか?
外層部には、グラスファイバーなどの特殊素材が使われており、ごく小さなサイズの塵なら防ぐことができます。内側は、ナイロンなどの素材が14層近くも重ねられ、断熱性と気密性を両立させています。
14層もの生地を重ねると、かなり動きにくそうですね。
宇宙は無重力なので、生地の分厚さや重さはあまり問題になりません。
むしろ課題となるのは船外宇宙服の中の「圧力」です。人間は真空中では生存できないため、船外服の内部は空気で満たされ、風船のようにパンパンに膨らんだ状態になります。
宇宙飛行士は、この内側から圧力がかかった状態で、物をつかむといった精密な作業をこなさなければなりません。そのため、短い作業でも極度に疲労するのです。
着用する際の手順も大変なのでしょうか?
現在、国際宇宙ステーション(ISS)で使われている船外服は上下セパレート式で、冷却用の仕組みが組み込まれた下着を着たうえに、宇宙服の上下を着て、グローブとヘルメットを装着するという手順自体はシンプルです。
船外活動ユニット(EMU)のフィットチェックを行う米田宇宙飛行士候補者と見守る星出宇宙飛行士(©JAXA)
しかし、着用前の準備が大変です。宇宙服内の気圧を1気圧にしてしまうと、気圧差で宇宙服が膨れ上がってしまい、腕や手の指を曲げたりすることが極めて困難になるため、内部の気圧がISS内よりも低く設定されています。この低圧環境に対し準備なしでさらされると、血液中に溶け込んでいる窒素が気泡化し、血管を詰まらせる「減圧症」を引き起こす危険があります。
これを防ぐため、宇宙服を着る前に純粋な酸素を吸って体内の窒素を追い出す「プリブリーズ」という準備作業が不可欠で、これに毎回約140分以上を要します。
船外活動開始に向けた準備を行う星出宇宙飛行士(画像提供:JAXA/NASA)

40年の時を経て誕生する新世代の宇宙服

宇宙服の歴史についてもお聞かせください。初期の船外服は銀色のイメージがあります。
マーキュリー計画などで使われた、初期の船内与圧服ですね。当時はまだ技術が確立されておらず、戦闘機パイロットの与圧服を改良したものでした。そのため、アルミを蒸着させた銀色の生地が使われていたのです。
現在は、太陽光を反射して熱の吸収を抑えるため、白色の船外服が主流になっています。
現在ISSで使われている船外服は、いつ頃作られたものですか?
ISSに常備されている船外服は、約40年間、新しいものは作られていません。宇宙飛行士の体格に合わせてパーツを組み替えながら、同じものを修理しつつ使い続けているのです。
この船外服は複雑な構造をしており、非常に緻密な縫製技術が求められたため、NASAは約40年前に、女性下着メーカーの高度な技術を持つ職人たちに手縫いでの製造を依頼したといいます。
しかし、当時の製法はすでに失われてしまいました。そのため、「アルテミス計画」に向けて、ゼロから新しい宇宙服の開発が進められているのです。
Axiom Spaceが開発している月面着陸用の宇宙服「AxEMU」イメージ写真 ©Axiom Space(NASA公式サイトより)
アルテミス計画の船外服には、何が求められるのでしょうか?
現行の船外服の最大の課題は、先ほどお話しした「動きにくさ」です。これでは月面でのサンプル採集といった科学調査に支障が出るため、柔軟性の大幅な向上が求められます。
また、月の表面は「レゴリス」と呼ばれる非常に細かく、鋭利な砂で覆われています。この砂が宇宙服の関節部分や放熱装置に入り込むと故障の原因になりかねません。こうした問題への対策も不可欠です。
有人月面探査車「有人与圧ローバー」実物大模型(※特別展「深宇宙展」展示風景)。日本は現在、宇宙服を着ずに車内で1年のうち約1ヶ月間、月面を移動・生活できる有人月面探査車の研究開発を(JAXA・トヨタ自動車などが)進めている。有人与圧ローバーの開発で培われた技術が、将来的に日本独自の宇宙服開発へと繋がるかもしれない

洗濯できない宇宙でも、長く清潔に着られる船内与圧服

打ち上げ時などに着る船内与圧服はどのようなものでしょうか?
船内与圧服の主な役割は、万が一、宇宙船でトラブルが発生した際に、地球に緊急帰還するまで飛行士の生命を守ることです。
船内与圧服内の気圧を保つ機能はありますが、宇宙ゴミの衝突などは想定されていないため、船外服と違って素材は柔らかく、また、生命維持機能を担うバックパックもないのですっきりとした見た目をしています。
前澤友作氏が着用した宇宙服 ソコルスーツ(実物)※特別展「深宇宙展」展示風景
船内与圧服は宇宙船とセットで開発されるため、比較的最近実用化されたアメリカのクルードラゴン用の船内宇宙服などには最新技術が投入されています。
船内与圧服の進化で特に目立つものはありますか。
機能面の進化もさることながら、近年はデザイン面での進化が大きな変化といえるでしょう。
かつて宇宙服といえば、人命を守ることが最優先であり、デザイン性は二の次と考えられてきました。
しかしその潮流は、2020年にスペースX社の民間宇宙船「クルードラゴン」で採用された最新の船内与圧服によって大きく変わります。3Dプリンターで製造されたヘルメットや、タッチスクリーン操作に対応したグローブなど、これまでの与圧服とは一線を画す洗練されたデザインが特徴でした。
宇宙服を着用し記念撮影を行う大西宇宙飛行士らSpaceX Crew-10クルー(画像提供:JAXA/NASA/Kim Shiflett)
さらに、現在進行中のアルテミス計画では、高級ファッションブランドのプラダがデザインに協力しています。これにより、機能性とデザイン性を高いレベルで両立させた、"かっこいい"宇宙服の実現が目指されているのです。
ISS滞在中の宇宙飛行士は、Tシャツなどラフな服装をしていますね。
国際宇宙ステーション滞在中は、地球上と同じように普段着で過ごせます。
ただ、宇宙では洗濯ができません。さらに物資の輸送には1kgあたり100万円ともいわれる大きななコストがかかるため、頻繁に着替えることも困難です(ポロシャツであれば15日に1枚、下着であれば3日に1枚くらいのペース)。
そのため宇宙飛行士が着る普段着にも、長期間着用しても臭いや衛生面に問題が生じにくい、特別な抗菌・消臭技術などが応用されています。
【日本最大級の宇宙展】特別展「深宇宙展」公式PVより

バイオスーツが今後の宇宙服のスタンダードになっていく

今後の宇宙服は、どのように進化していくのでしょうか?
長期的な視点では、特殊な収縮繊維を使った「Biosuit – Gallery – Home」が主流になるでしょう。
ヘルメット周りにだけ1気圧の空気を供給することができるようになるため、現在の宇宙服では必須の「プリブリーズ」が、バイオスーツでは不要になります。これは将来の宇宙移住時代において、時間短縮の観点から不可欠な進化です。
また、筋力が低い人でも着用しやすいため、より多くの人々が宇宙へ行く時代のスタンダードになると考えられます。
火星移住計画も話題ですが、火星用の宇宙服はまた違うものになりますか?
火星で活動する場合、月や宇宙空間で使うものより大幅な軽量化が求められます。
現在の船外服の重量は約120kgです。国際宇宙ステーションなどの微小重力環境下では問題になりませんが、重力のある月では約20kg、火星では約40kgもの負荷になります。40kgの服を着て動き回るのは現実的ではないため、抜本的な軽量化が必要になるでしょう。
昨今、宇宙にまつわる開発の技術を取り入れたアパレルブランドも出てくるようになりました。宇宙服の進化は今後、私たちの生活にどのような影響を与えると思いますか。
宇宙服は、最先端技術の集合体です。
今後は、アルテミス計画を機にさらに進化した技術が、私たちの暮らしに還元されていくでしょう。たとえば、「長期間清潔に着られる船内服」の技術が、災害時用の衣服やアウトドアウエアに応用されるかもしれません。
宇宙開発は、地球での私たちの生活を豊かにする可能性を秘めているのです。

ヘッダーキャプション:特別展「深宇宙展」展示風景より

Text by まいしろ

<開催情報>

特別展「深宇宙展~人類はどこへ向かうのか」To the Moon and Beyond

会期 2025年7月12日(土)~9月28日(日)

開館時間 10:00~17:00(入場は閉館の30分前まで)

会場 日本科学未来館 1階 企画展示ゾーン(東京都江東区青海2-3-6)

観覧料

大人(19歳以上)2,200円、18歳以下(中学生以上)1,400円

小学生以下(4歳以上)700円 ※3歳以下は無料

監修 戸梶 歩氏(宇宙開発エバンジェリスト)・天文分野監修 平松 正顕氏(自然科学研究機構国立天文台 天文情報センター副センター長)

本展公式HP https://deep-space.jp

本展公式SNS

https://x.com/deep_space_2025

https://www.instagram.com/deep_space_2025/

※2025年10月18日(土)~ 豊田市博物館(愛知)に巡回

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