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2022.07.23

ヴァージル・アブローの言葉を“ツール”として使い倒して欲しい(平岩壮悟)

2021年に41歳で急逝したデザイナー、ヴァージル・アブロー。自身のブランドである「オフ-ホワイト」の創業者兼クリエイティブディレクターであり、「ルイ・ヴィトン」のメンズ アーティスティックデザイナーとして活躍するなど、現代のファッション業界で最も注目される人物の一人であった。
ストリートファッションとラグジュアリーのコラボレーションに代表されるように、さまざまなコラボによって新たなデザインの地平を切り拓き、デザイナー、クリエイティブディレクター、建築家、DJなどとして、広範な分野で作品を手がけた。
そして、作品それ自体はもちろん、ファッション業界では圧倒的少数派である「黒人デザイナー」として旋風を巻き起こした生き方や思考もまた、多くの人々に影響を与え続けている。
そんなヴァージルの主要な対話をまとめた『ダイアローグ』(アダチプレス)が7月15日に出版された。時系列でヴァージルの創作哲学やヴィジョンが収録されており、その思考の変遷を辿ることができる。
さらに、そこで語られた言葉には「ファッション業界以外の人々であっても刺激を受け、鼓舞されるメッセージが散りばめられている」と、本書の訳者である平岩壮悟さんは語る。
そこで今回、平岩さんに本書の魅力と、ヴァージルの言葉から私たちが何を得られるのかについて聞いた。
PROFILE|プロフィール
平岩壮悟
平岩壮悟

1990年、岐阜県高山市生まれ。『i-D Japan』編集部に在籍したのち独立。フリーランス編集/ライターとして文芸誌、カルチャー誌、ファッション誌に寄稿するほか、オクテイヴィア・E・バトラー『血を分けた子ども』(藤井光訳、河出書房新社)をはじめとした書籍の企画・編集に携わる。本書が初めての翻訳書となる。
Instagram @sogohiraiwa
Twitter @sogohiraiwa

平岩さんは、ヴァージルに対して元々どんな印象を持っていましたか。翻訳を手掛ける中で、そのイメージは変わりましたか。
正直に言うと、翻訳に取り掛かる以前は、あなどっていたところがありました。それは、日本におけるヴァージルの紹介のされ方にも関係しているのですが「スニーカーヘッズの神様」みたいな、ハイプなカルチャーを先導しているタイプのデザイナーという印象が、刷り込みとしてあったからです。
ただ、今回収録されているインタビュー、対談、鼎談を原文で読むにつけ、その判断は早計だったと気づきました。一番大きな誤解は、ヴァージルはすごくロジカルに考える人で、知的なクリエイターだったということです。
ヴァージルは、「純粋主義者」(purist)と「観光客」(tourist)の両方にアプローチができる人でした。この言葉は、本書のキーワードの一つにもなっていて、いわゆる「ヴァージル語」です。
それぞれの言葉を一般的に言い換えると、puristは物知りな玄人、touristは好奇心豊富な素人、といった意味合いです。今回、純粋主義者と観光客という訳語を当てました。
一般的に、クリエイターは純粋主義者か観光客のどちらか一方にアプローチしがちです。業界内の評価軸を指針として、わかる人だけわかればいい的な作品づくりをするか、反対にセルアウトと言われる商業主義に向かうか。
ヴァージルは、その二項対立を意識的に回避して、純粋主義者と観光客をつないで、より多くの人々と同時にコミュニケーションをするアプローチを取りました。それによって、両者に届く新たなデザインやファッション、そして自分の方法論の可能性を追求したんです。
特に、芸術至上主義のアーティストたちは観光客を軽視しがちですので、そうした人々や態度を評価する姿勢は、驚きを持って受け取られていました。
本書に収録されている対談で、建築家のレム・コールハースは「観光についてポジティブなことを言ったのはこの10年できみしかいないと思いますよ」とまで言っています。
もちろん、日本人としては著書に『ゲンロン0 観光客の哲学』がある東浩紀さんがいるよ、と言いたいところでもあります。
戦略的に、観光客という大衆をキーワードとして議論している姿勢から、実は二人が重なるところもあると思っています。
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