安定した品質と手に取りやすい価格、そのうえ有名メゾンデザイナーとのコラボまで実現するファストファッションの爆速進化がトレンドを動かしている社会で「自分だけの」装いをもとめて「いつか・どこかの・誰か」が着た服を愛するようになった人々の心理と嗜好は、そのままファッションの文化的な奥深さを私たちに教えるだろう。
そのなかで”究極の古着カルチャー”といえる分野がある――「ボタン」だ。
服のパーツのなかでボタンはもっとも寿命が長い。一着の服が製造されて数十年が経てば、ほとんどの布地は劣化し糸もほどけてしまう。だがボタンは現役だ。70年代、60年代の古着なんて話にならない。ボタンは100年単位で時代を伝える。
“留める技術”の結晶であるボタンはファッションを支えるテクノロジーを考えるうえでも外せない。
その魅力を目にするべく、日本でも数少ない銀座のボタン専門店「ミタケボタン」に取材し、店主の小堀孝司氏に話を聞いた。
PROFILE|プロフィール
小堀 孝司(こぼり こうじ)
ミタケボタン店主/ボタンニスト
株式会社オルティガ代表
ミタケボタンについて教えてください。
ミタケボタンの創業は終戦翌年の1946年。オリジナルボタンの企画・製造、海外からの輸入ボタンの供給などを通して日本のアパレル産業を支えてきました。このショップにある引き出しの中はすべてボタンが収納されています。現在はどれほどの種類のボタンを扱っていますか。
サイズ違いを含めると3000種を超えます。素材はプラスチック・貝・鼈甲・水牛・メタルなど。最新のモデルからヴィンテージ、そしてアンティークまで揃えています。「ヴィンテージ」と「アンティーク」の違いは何でしょうか。
服の世界では90年代製造の古着もヴィンテージと呼ぶ場合がありますが、ボタンでは最低50年以上がヴィンテージとされます。アンティークと呼ばれるのは100年以上前のもの。もちろん古ければ価値が高いというわけではありませんが。国産でもっとも古いボタンは?
おそらく「薩摩ボタン」でしょう。江戸期に薩摩藩が外資を得るために製造・輸出していた陶器製のボタンで、ひとつひとつ絵付けによって絢爛な細工が施されていることが特徴です。ボタンの博物誌を一望できるような品揃えです。そのなかでも小堀さんが思い入れの強いジャンルはありますか。
私が特に愛してやまないのは「金属製ボタン」です。金属製ボタンといえば、ブレザーなどのアイビースタイルに欠かせないパーツですね。
大ぶりで目を引くものが多いため、コートなどの重衣料に合わせて楽しむお客様もいらっしゃいます。ミリタリーやハンティングの衣類にも使われてきた歴史を持ちます。宝飾品のような優美さです。ふだんボタンに目を凝らす機会は決して多くありませんが、デザインが非常に豊富ですね。
素材は金や鉄もありますが、多くはブラス(真鍮)。金型をつくり打ち出し(プレス)で装飾を施します。14世紀のルネサンス期から手製での製造がさかんになりますが、真鍮ボタンは19世紀の産業革命を経て大量生産されていくなかで腕利きのプレス職人がデザインを競ってきま した。真鍮は加工しやすい素材ですが、極端に曲げすぎると破損してしまう。立体的で複雑であるほど難しいのです。今ではコストがかかりすぎて企画できないだろう…という見事な技巧を凝らしたボタンもあります。ボタンを裏返してみたら...
たしかに、ファストファッションが台頭した現在ではボタンのみにコストをかけられません。
だからこそ、当店のような専門店にわざわざいらっしゃるお客様がいるわけです。手を抜けません。ヴィンテージのボタンは減っていく一方ですから、オリジナルの真鍮ボタンも製造しています。当時のような凹凸を備えた細かな模様を再現するため、ずいぶんプレス工場の職人さんに無理を聞いていただきました。