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2023.08.31

フランス唯一の「イヴ・サンローラン美術館」で時代を切り開いてきたフォルムを追随する

マルソー通り5番地のアトリエには、20世紀を代表するファッションデザイナー、イヴ・サンローランが今にもその場に戻ってくるかのような佇まいがある。
デザイン画の上に置かれたメガネとデスクの端に置かれたガラスのコップ。積み重なる本の後ろには、雑多な写真とイヴ・サンローランの自画像が壁にかかる。もしかしたらランチで席を外しているのではと思わせるような、場の空気がそこには存在している。
パリ8区と16区の境に建つ「イヴ・サンローラン美術館(Musée Yves Saint Laurent)」は、1974年から2002年まで同メゾンの本社が置かれていた建物だ。服やアクセサリー、デッサンなど、イヴ・サンローランにまつわる膨大なコレクションを擁し、その最上階がこの当時のままを保存したアトリエとなっている。イヴ・サンローラン自身も、実際にここでデザイン画を描いていた。
撮影/守隨 亨延
撮影/守隨 亨延
かつては関係者かオートクチュール(高級仕立て服)の顧客でなければ、なかなか足を踏み入れることもできなかった聖地が、2017年から美術館として一般開放されている。

イヴ・サンローランの気品を体現した建物

目の前にセーヌ川が流れる地下鉄9号線アルマ・マルソーの駅。地上に出て、交差点の向こうに大きく目に飛び込んでくるエッフェル塔を左手に、プレジダン・ウィルソン通りを経由しつつマルソー通りへ入ると、「Yves Saint Laurent」という銘が入ったフランス第二帝政時代の建物にたどり着く。イヴ・サンローラン美術館である。
© Sophie Carre
© Sophie Carre
メゾンが持つ雰囲気というのは、その土地が形作るのか、はたまたメゾンが土地にそれら趣を運び込ませるのか、2008年に亡くなった後も、イヴ・サンローランが育んできた格調の高さは色濃く建物を覆い、扉からは気品が、ドライアイスの気体が漏れ出すかのようにパリの街へと流れ出している。
ドアマンに目配せして入り口を抜け、美術館の中へ入る。巨大なシャンデリアが下がる階段状の入り口正面が美術館のレセプションになっており、美術館に来たというよりは、メゾンの招待客として訪れ、受け付けを済ませるような気持ちになる。
元々、美術館として作られた建物ではないため、展示室の開放感はないが、重厚な内装と建物の作りが、訪れる人に心地よい圧をかけて歓迎する。これから巡る展示を前に、程よい緊張感を与えてくれるのだ。
© Nicolas Mathéus
© Nicolas Mathéus

偉大な才能が作り出した新時代の服を見る

イヴ・サンローラン美術館では、期間ごとに特別展が開かれている。2024年1月14日までは「フォルム」展が開催中だ。同展では、イヴ・サンローランのオートクチュールおよびプレタポルテ(既製服)から40点ほどの服飾作品と、装身具、スケッチなどが並ぶ。それらの作品は、ドイツ人アーティストのクラウディア・ヴィーザーの演出によりさまざまな表情を見せてくれる。

イヴ・サンローランのデビューは鮮烈だった。1957年にクリスチャン・ディオールが亡くなると、そのメゾンの後釜として21歳にしてディオールの主任デザイナーに就任。翌1958年、最初のコレクションで「トラペーズライン」を発表して世間の注目を集めた。
Yves Saint Laurent à son bureau, studio du 5 avenue Marceau, Paris, 1986. © Droits réservés
Yves Saint Laurent à son bureau, studio du 5 avenue Marceau, Paris, 1986. © Droits réservés
トラペーズラインの「トラペーズ」とは台形という意味である。ウエストを解放し、膝あたりにかかるスカートの裾へかけて全体が台形状になるようなフォルムを考案した。その斬新さはイヴ・サンローランの才能を人々に認識させると共に、クリスチャン・ディオールを失ったメゾンの後継デザイナーとして、同メゾンが新たな一歩を踏み出したことを印象付けた。
1961年、イヴ・サンローランは恋人であるピエール・ベルジェの後援を受けて、自身のブランド「イヴ・サンローラン」を立ち上げた。1960年代以降のイヴ・サンローランは、流れるようなカットにはっきりとしたライン、大胆で豊富な色使いをはじめ、シンプルなカットにモノクロを合わせたよりミニマルの追求、プリズムのように大胆に分割された断片に色を合わせて幾何学的に遊んだデザインなど、次々と新たな境地を開いていった。
Yves Saint Laurent devant les planches de collection d’un défilé, studio du 5 avenue Marceau, Paris, 1986. © Droits réservés
Yves Saint Laurent devant les planches de collection d’un défilé, studio du 5 avenue Marceau, Paris, 1986. © Droits réservés
特にオランダの画家ピエト・モンドリアンの作品構図を取り入れ1965年に発表した「モンドリアンルック」については、ファッションにそれほど興味がない人でも、どこかで目にしたことがあるデザインかもしれない。
Robe de cocktail Collection haute couture automne-hiver 1965 Atelier Colette Jersey de laine (maison Racine) Inv. HC1965H081R3 © Yves Saint Laurent © Sophie Carre
Robe de cocktail Collection haute couture automne-hiver 1965 Atelier Colette Jersey de laine (maison Racine) Inv. HC1965H081R3 © Yves Saint Laurent © Sophie Carre
また、紳士服だったタキシードやジャンプスーツ、サファリ・ルック、ピーコートなどを女性向けに作り変えたデザインは、当時盛んだった女性解放運動と呼応した。イヴ・サンローランの人気をさらに高めるきっかけとなった。
撮影/守隨 亨延
撮影/守隨 亨延
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