2021.04.22

林央子:ファッションを届けること、エンパワーメントの契機

#インタビュー特集:衣服/身体環境の現時点:作ること・纏うこと・届けること
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テクノロジーの進化や地球環境の変化によって目まぐるしく変化する、私たちの衣服/身体環境。そんな今日におけるファッションの「作ること・纏うこと・届けること」とは、どういった状況にあるのでしょうか?Fashion Tech Newsリニューアル記念特集として、衣服や身体をとりまく技術的/社会的状況の変容について、また、そこから描きだされる未来像について、5名の方々へのインタビューから考えていきたいと思います。

PROFILE|プロフィール
林央子

ライター、編集者。著書「拡張するファッション」(2011年 スペースシャワーパブリッシング)は2014年、同名のファッション展になり、2020年には「写真とファッション 90年代以降の関係性を探る」(東京都写真美術館)を監修。2020年秋からロンドンのセントラル・セント・マーティンズ大学院で展覧会研究を学ぶ。10年間かけて取材を重ねたアーティストやファッションデザイナーへのインタビュー集『つくる理由』が今年刊行予定。

今日のファッション文化、および衣服や身体を取り巻く環境

「親密さ」から伝える


ファッションを伝える立場として、やっぱり私は「親密(intimacy)」な空間から伝えたいということが第一にあります。そこに人がいてくれる、というのが大事で、私の場合その対象は作り手なんですよね。この人がいいと思うことからしか書いたり言ったりしたくはない、という思いが私にはあるんです。例えば、90年代にスーザン・チャンチオロが捨てられたTシャツを拾ってきて縫い直し、シェイプを変えて脱構築したようなTシャツを作り出していてそれをいいと思ったのも、その背後にはスーザンという人がいたから。もっと知りたいと思う、それはその人がいたからだと思うんですよね。匿名性のあるものよりも、親密なところから生まれる、作り手が見えるようなことを書き手として書きたいと思っています。

若手の方達にもすごく興味を感じています。私がよく取材しているのはPUGMENTです。私は親密な距離感から観察したり、体験したことからしか伝えたくないっていうのが、すごく頑固にあるんです。PUGMENTは今生きている情報環境の中で服を考えていて、服が様々な分野に接続できることを信じているんだけど、一方で、どうしたらいいかよくわからない、ともがいている感じを受けます。その葛藤と向き合うために長時間の取材を何度も重ねます。その、彼らがなかなか結論を出せないというところこそ、現代の複雑さを映している、と思えます。通常、メディアの人は効率重視で取材すると思いますが、私は私のやり方で、納得いくやり方で得るリアルな感覚を伝えていきたい。今年出版予定の本『つくる理由』も、PUGMENTをはじめ、10年間の歳月の中でつみ重ねた取材の記録です。

<p><span style="color:#000000">若手の方達にもすごく興味を感じています。私がよく取材しているのはPUGMENTです。私は親密な距離感から観察したり、体験したことからしか伝えたくないっていうのが、すごく頑固にあるんです。PUGMENTは今生きている情報環境の中で服を考えていて、服が様々な分野に接続できることを信じているんだけど、一方で、どうしたらいいかよくわからない、ともがいている感じを受けます。その葛藤と向き合うために長時間の取材を何度も重ねます。その、彼らがなかなか結論を出せないというところこそ、現代の複雑さを映している、と思えます。通常、メディアの人は効率重視で取材すると思いますが、私は私のやり方で、納得いくやり方で得るリアルな感覚を伝えていきたい。今年出版予定の本『つくる理由』も、PUGMENTをはじめ、10年間の歳月の中でつみ重ねた取材の記録です。</span></p>

思想のデザイン

ファッションデザイナーがもう服をデザインしなくてもいいのかなっていう風にも思ってますね。物質性はファッションにとって重要なものですが、PUGMENTのようにファッションを情報環境のひとつとして捉える考え方は、かなり新しいと思うんです。情報環境としてファッションを捉えた場合、あえてデザイナーはモノとしての服を作らなくてもいいのかな、っていう気がしています。

ファッションは、言葉によらないコミュニケーションによって、同時代を生きる人たちにとってプラスになる方向性を与えてくれている気がします。今までは物質としての服を作って売って、ビジネスとして成立しなくてはファッションデザイナーと言わないと考えられていたと思います。ファッションを語る上でも、物を作って売るというビジネスの側面から離れ難かった。しかしPUGMENTとの対話から私は、概念として服を語ることがいかに豊かな体験をもたらすかを、学んだと思います。

使う人があってこそのメディア

メディアもInstagramのようなSNSも、使う人があってこそだと思うんです。SNSは作り手の日々の考えを常にフリーで共有できるという新しさがありますよね。本来ファッション業界はそれをやらない業界で、神様みたいな地位にデザイナーが君臨して、デザイナーが言葉を出す時はすごく注意深くメディアを統制して、発信する内容をコントロールする業界だったと思います。しかし「途中でやめる」の山下陽光さんは、スマホやインターネットという道具をどれだけ能動的に使いこなせるかということに常に意識的で、その可能性を広げるために、毎日メルマガを発信するなど様々な活動をやってきた人だと思っています。SNS時代ならではの、新しい顧客とのコミュニケーションのあり方を山下さんはデザインしている、と言えるのではないでしょうか。

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他にもこの間、島根県立石見美術館でファッション展「ファッション イン ジャパン1945-2020-流行と社会」が始まりましたが、ニコ生でその会場を巡る番組を見たんです。今まで消費されてきたファッションの歴史を見て、最後に工藝ぱんくす舎とコズミックワンダーのコラボレーションによる展覧会場が出てくるのですが、 面白かったのはそこで展示されている、土器や紙で作る服にニコ生の観客が、ものすごく興味を持ったことです。それこそ、そうした観客は今までコズミックワンダーの店に足を踏み入れたことはなかったような人達だろうと思うのです。けれども、その作り手が服についての思想を実践しているプロジェクトに触れて、自分たちの今の関心事と近い「身近さ」を感じ取って、ファッションという世界に、従来ならありえなかった形で、親しみを感じている。その現象が、とても面白いと思いました。こういった予想外の出会いは、SNSなどのテクノロジーによって増えていく可能性があると思います。

最先端テクノロジーの普及と、衣服や身体をめぐる状況

ウェルビーイングのためのテクノロジー

今、衣服が大量に廃棄されていますが、ファッションを消費して楽しんでいる人達は、さまざまな意味で一部の限定された人たちです。私が90年代の終わりにパリコレに行ってた時に、 障害があってうまくボタンを閉められない人のためにボタンをデザインし、そのボタンのために服をデザインしていたデザイナーがいました。日常の動作が困難な場面を、少しでも楽しくなるように、ファッションで豊かさを感じてもらいたい、という思いは素晴らしい、と思いました。例えば、ネットで様々な身体の条件を記入すれば、自分の身体に合った服が買えるという風になっていけばお店に足を運ぶことが難しい人であっても選択肢が増えますし、ファッションに近づける。身体機能に変化がみられる高齢の方たちにも、もっと日々の生活の選択肢として、喜びを与える服のバリエーションがあっていいと思いますし。テクノロジーは今ファッションが届けられていない人たちにもファッションの拡がりをもたらすようなところからも、被服文化を支えてくれたらいいな、と思います。

重要なのは、買い物に行けない人がいるということをよく想像し、そういう人たちの行動や感情を考えることですよね。

ファッションとの共生

先端テクノロジーが本日のテーマのひとつかもしれませんが、ファッションはそもそも、昔からある羊毛からウールなどを生産する原初的なテクノロジーとも人間は共存していますよね。『つくる理由』でも取材している現代美術作家の志村信裕さんが《Nostalgia, Amnesia》という作品中で指摘しているように、ウールがどんどんアクリルに代わっている、という問題があると思うんです。人間は他の生き物、蚕や羊などの力を借りてシルクとかウールなどを生産してきた。それが被服文化であったと思うのです。それらの素材は化学繊維よりさまざまな意味で、人の身体に好影響をもたらすことが知られています。シルクが美肌に貢献することや、ウールのセーターを着て寝ると熟睡できる、というように。ですが、そこに効率化の波が押し寄せ、低価格競争が激化したことで、どんどん原初的なテクノロジーから離れてしまったのだと思います。

グローバリゼーションによって生活ががらりと変わり、低価格で便利な衣服が簡単に手に入るようになったけど、それで良かったのかということは常に問われているかもしれない。ファッションを入り口にして、生活の質に関する議論がもっと活発になればいいなと思います。

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10年後のファッション、衣服を着用すること、私たちの身体の在り方

デザイナーが思想を「デザイン」する

例えばスーザン・チャンチオロは90年代に様々な試みをしましたけど、ひとつには手芸を復興させるっていうことをしたと思うんですね。またBLESSは、インテリアプロダクトも服と同じようにデザインしたんです。住環境のひとつとして服があって、ファッションを環境と捉えた90年代のBLESSの感性は、PUGMENTなどが出てくる前触れだったのかもしれない。

ここで名前を挙げたような人たちは服だけをデザインしているわけじゃないと思うんです。わたしたちの生活をとりまく思想を、また業界や産業の方向性までもデザインしている感じがします。彼らは暮らしにすごく近いものを一生懸命に作っているからこそ先が見えているし、人間にとって大事な未来を見ていると思う。だから言葉を使わずとも、思想をデザイン出来ているのだと思います。

みんなのためのファッションへ

ライフスタイルに沿うような服を作りだす事が重視されると思います。今後はワークショップのような行為からファッションが生まれていくことになるのではないかと思います。「もっとこういうボタンがあったら」というように、着用者の声がエンドプロダクトに届くようになって、着用者の希望が叶いやすい環境になるといい。とはいえ、ファッションの作り手がいらなくなるとは全く思っていません。服という人間に近いところにあるものを考えて、そのあり方を再考して別の物を提示する役割を担う人の存在も、変わらずとても重要だと思っています。

<p><span style="color:#000000">ライフスタイルに沿うような服を作りだす事が重視されると思います。今後はワークショップのような行為からファッションが生まれていくことになるのではないかと思います。「もっとこういうボタンがあったら」というように、着用者の声がエンドプロダクトに届くようになって、着用者の希望が叶いやすい環境になるといい。とはいえ、ファッションの作り手がいらなくなるとは全く思っていません。服という人間に近いところにあるものを考えて、そのあり方を再考して別の物を提示する役割を担う人の存在も、変わらずとても重要だと思っています。</span></p>

iaiというレーベルを制作している居相大輝さんという作り手は、時代のパラダイムシフトを感じさせる人です。西洋志向だった私たち世代とは異なり、自分の出身地近くの福知山の山村で家族と山羊とともにくらしながら服を作り、家の付近に生える草木や周辺の土を用いて染めを行います。自分の外側に刺激をもとめるのではなく、うちなる声や周囲の気配に気を配り、そこから気づきを得て制作のインスピレーションにする。また、人体もそもそも左右非対称であることから、不揃いな有機野菜のような服作りをよしとするという思想は、服飾学校の鍛錬を経たデザイナーからは生まれない発想を予感させます。こういう人と出会うと、今後世の中が変化していく方向性を予見させてくれるように思います。

それから、着ることに対して、どんな条件の人ももっと主体的になっていいと思うんです。メディアの担う責任としては、メディアがコミュニケーションのあり方を変えられたら、着る側がもっとエンパワーメントされると思います。ここはもっと、ドラスティックに変化させていい。ファッションって唯一、美というか、触覚的なことも含む官能的な喜びがあって、理性ではないですよね。自分の感情が動くこと、喜ぶことを認めていいフィールドなんです。だからひとりひとりがこれを着て楽しいなとか、これを着てどこかへ行きたいなとか、そういったことはコロナ禍にあっても忘れてしまったり無視していいとは思わない。

ファッションは産業のためのものではありません。ファッションはみんなのもので、みんなの生活を豊かにしてくれるもの。そのことを忘れてはいけない。みんなの暮らしを豊かにするファッションをテクノロジーが手伝ってくれたら、今楽しめていないかもしれない人たちがもっと広く楽しめるようになる。そういうことは大いにやってほしいと思います。

ロンドンの自宅から、zoom越しでの撮影
ロンドンの自宅から、zoom越しでの撮影

Photo by Mayumi Hosokura

#Virtual Fashion Show
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