2021.04.22

滝沢直己:「人」のためのファッションデザイン、そこでのテクノロジー

#インタビュー特集:衣服/身体環境の現時点:作ること・纏うこと・届けること
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テクノロジーの進化や地球環境の変化によって目まぐるしく変化する、私たちの衣服/身体環境。そんな今日におけるファッションの「作ること・纏うこと・届けること」とは、どういった状況にあるのでしょうか?Fashion Tech Newsリニューアル記念特集として、衣服や身体をとりまく技術的/社会的状況の変容について、また、そこから描きだされる未来像について、5名の方々へのインタビューから考えていきたいと思います。

PROFILE|プロフィール
滝沢直己

ファッションデザイナー、NAOKI TAKIZAWA DESIGN INC. 代表。ISSEY MIYAKE のクリエイティブディレクターを経て2007年に独立。2010年から美智子上皇后陛下の衣装デザインを担当。2011年よりユニクロのデザインディレクターに就任し、2014年からはスペシャルプロジェクトのデザインディレクターとして活動している。2007年フランス芸術文化シュバリエ勲章受章。2009年東京大学総合研究博物館/インターメディアテク寄附研究部門特任教授に就任(2013年まで)。2018年に代官山ヒルサイドテラスに「NAOKI TAKIZAWA FITTING ROOM」をオープン。

今日のファッション文化、および衣服や身体を取り巻く環境

エンターテイメント化するファッション

ファッションを流行服のような感覚で捉えるとすれば、今のファッションの置かれている状況はもうエンターテイメントですよね。例えばラグジュアリーブランドでは、顧客を飛び越えて、K-POP等エンターテイメント業界をメディアとして利用している。いわゆるラグジュアリーブランドがなぜ、そういったアーティストに服を提供するかというと、その情報発信力を期待してるわけです。そうすると、ファッションの在り方は個人のものというより、ひとつのメディアとしての広告宣伝となっていく。

昔は服が良いからお客さんが買っていたけれど、今は「誰が着ているか」というところが重要です。ファッションショーに行っても、Instagramに出てくるのはどんな服だったかというよりも、誰が来場していたか。誰がSNSで発信していたか?というように、購買理由というのが全く変わってきていて、これはもうエンターテイメントのひとつという位置づけになったと僕は思います。ファッションという言葉をどう捉えるかといったら、クチュールとか懸命にコツコツと服を作るような姿は別の世界の話になって、もう得体の知れないものになっている。あらゆるところでお金の臭いを感じるし、やっぱり大資本がないとやっぱりあれだけのパワーは発揮できない。

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イメージの世界と実体的な服作り

本当に20年前のファッションとは、全く違ったものになってきていると思います。ただ一方で、「服作り」という面では非常に苦しみながらも志高くやっているデザイナーたち、職人さんたちも存在している。しかし今、そういった人たちが評価されてるかは疑問です。ファッションがイメージの世界になってきて、実質的な服作りが疎かになっているということを今、すごく感じています。

でもそれは、必然的だとも思います。これまで欧米のファッションショーで見る服というのは、まずどちらかと言うとデザイナー個人や、ブランド自体の主張の服作りをされてきた。「私はすごいでしょ」とか「こんな発想ができるんだよ」というアプローチです。それが悪いと言ってるわけではなく、そういった刺激を発信する人がいて、メディアが作ったトレンドストーリーをそれぞれの熱狂的なファン、顧客が市場を盛り上げてきたわけですが、今日はそれだけではなくなってきています。前向きに捉えると、ファッションが楽しくなってきて、より庶民性が出てきたということ。ただ同時に、全てが泡の世界のようで後に何が残るのかが疑問です。もしかしたら残らなくてもいいのかもしれないけれど。

純粋な伝統的服作りや技術は消えていくものもあるけれど、「ファッション」は本質的な衣服に形にならない付加価値という衣を纏いながら、常に変化し進化している。今日のファッションという意味は、明日は違う意味の現象を生み出していくものと実感しています。

「人」のための服作り

ユニクロの仕事で「ライフウェア」という言葉の誕生に立ち会えました。ファッションの中に新しいジャンルを作るってすごいことだと思いました。それまでは自分の創造性とか自分の力、自分達の技術を皆さんに示そうとすることに懸命で、みんなのための服と言っても手に入れられる人はひと握りの人たちで、選ばれた人たちのために作っていたと思います。

ところが逆にユニクロでは、「自分」はなくて「お客様」しかない。もちろん自分独自の美意識はあるけども、「自分が」ではなく、「あなたに」で作っていて、それが本当の意味で「デザイン」ということだと気づきました。寒さや暑さからできるだけ快適にしようとか、相手のために何ができますかというところからすべてのデザインが発生している。

それはすごく本質的なデザイン、デザインの原型だと思います。また東レ社等の企業とのパートナーシップにより高機能繊維のような高度なテクノロジーを基盤にして作られてるというのも重要で、それがいわゆるファストファッションとは違った分野であるところだとも思います。


<p><span style="color:#000000">ユニクロの仕事で「ライフウェア」という言葉の誕生に立ち会えました。ファッションの中に新しいジャンルを作るってすごいことだと思いました。それまでは自分の創造性とか自分の力、自分達の技術を皆さんに示そうとすることに懸命で、みんなのための服と言っても手に入れられる人はひと握りの人たちで、選ばれた人たちのために作っていたと思います。</span><br><br><span style="color:#000000">ところが逆にユニクロでは、「自分」はなくて「お客様」しかない。もちろん自分独自の美意識はあるけども、「自分が」ではなく、「あなたに」で作っていて、それが本当の意味で「デザイン」ということだと気づきました。寒さや暑さからできるだけ快適にしようとか、相手のために何ができますかというところからすべてのデザインが発生している。</span><br><br><span style="color:#000000">それはすごく本質的なデザイン、デザインの原型だと思います。また東レ社等の企業とのパートナーシップにより高機能繊維のような高度なテクノロジーを基盤にして作られてるというのも重要で、それがいわゆるファストファッションとは違った分野であるところだとも思います。</span><br><span style="color:#000000"></span><br></p>

マスに向けた生産、調整、製品づくりは、やはりすごく重要で、あらゆる人種や地域の多様性、気候や文化がすべて関わってくる。膨大量の情報収集をして、素材の着用感、サイズ感という感覚面も大切にして世界中から寄せられる意見に耳を傾ける。さらに、製造コストを考えていく。高くすればいくらでもいい物ができるけれど、低価格でより良い素材を使い、より良い縫製をするために、工場と共に切磋琢磨して研究しあうパートナーシステムを結んでいるわけです。デザインのプロセスからしたら、エゴの無い本当に理想的なプロセスができていると思います。少しでも縫製時間を短縮してコストを下げるのもデザインの一部、機能とディティールの優先度合いを考えるのもデザインの一部。こういったシステム環境には非常に驚きました。

最先端テクノロジーの普及と、衣服や身体をめぐる状況

驚き以上の根源的な価値

最新テクノロジーを衣服に取り込むのは、基本的にすごく難しい。素材からみるとイノベーションは進んでいて、日本がすごく得意な分野のひとつではあると思うけれど、そこから今度はサステナビリティという視点になった時に、どうやってブレーキをかけてその要素を取り込むかというのは、最近になって議論が始まったものだと思います。

今まではテクノロジーというと機能、身体を守る、体温調整といった人間のニーズがあって生まれてきたものだったので、生活の中にどんどん広まりました。ただ現在は、事後的に(そのテクノロジーによる素材などが)すごく美しいからファッションにしてみましょうという場合も多く、それは難しい挑戦であると思います。そういったものは一旦は驚きがあるけれど、(もっと根源的な意味で)びっくりするようなファッションが今必要なのではないかと思います。これだけあらゆることがやりつくされて、偉大なデザイナーたちが過去に散々人々を驚かしてきたなかで、今なお驚きというものが何をもって驚きになるのか、自分にはすごく疑問です。

テクノロジー活用に必要となる作り手の力

だからこそテクノロジーの方も、利用の仕方も慎重になる必要があると思います。本来は素材メーカー、ミシンメーカーとデザイナーが議論しながら形にしていくのが理想です。美しく新しい生地があれば、それを縫うための適したミシンがなかったとしても、デザイナーはなんとか工夫して形にします。そこで偶然素晴らしいものができたり、新しい発見もあったりして、挑戦することは意味あることだと思います。しかし、それだけではその先にある地球環境を踏まえた生活に根付く衣服の可能性を見据えた素材開発とは言えないと思います。

<p><span style="color:#000000">だからこそテクノロジーの方も、利用の仕方も慎重になる必要があると思います。本来は素材メーカー、ミシンメーカーとデザイナーが議論しながら形にしていくのが理想です。美しく新しい生地があれば、それを縫うための適したミシンがなかったとしても、デザイナーはなんとか工夫して形にします。そこで偶然素晴らしいものができたり、新しい発見もあったりして、挑戦することは意味あることだと思います。しかし、それだけではその先にある地球環境を踏まえた生活に根付く衣服の可能性を見据えた素材開発とは言えないと思います。</span></p>

10年後のファッション、衣服を着用すること、私たちの身体の在り方

環境との対話から想像する未来

未来のファッションというのは自分の気持ちに正直になって、五感で感じてみれば答えが出てくる。例えば震災後に堅い仕事でもスニーカーが許されるようになったりと、天災がある度に人間の衣服は変わっている。その現象はファッションデザイナーが作ったというよりも、天災があって、みんながどうやったらその時に自分を守り、そして便利な生活になるのかを考えた結果です。今のコロナ禍でもそうですよね。

こういった状況は、変化しながら続いていくもの。10年後がドラマチックに変わるということではなくて、やはり今起こっているあらゆる現象が自分たちの10年後を作る。人間が作るというわけではなくて、現在の状況が未来を作っているんだよね。そこが未来の衣服のヒントになる。今の人間社会と自然環境の中で、どういうところにデザインという力を発揮できるか、人間の生活の中に役立つことがどうできるのかというところから考えた未来への思想は強い。リアルはステージ上で作られているわけではないからね。

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今日のデザイナー像

デザイナーの思考プロセス、考え方、つかみ方は当然人それぞれ違っていると思います。しかし合理性とか生産性というところは、ひとつのポイントにはなると思う。大量生産のための安定性とか色々なものを機械化して、情報をデータ化していくことによって平均化された「個性」が見えてきます。人間がそのようにしてデザインされたプロダクトをどこまで受け入れられるのかは疑問だし、そこを上手く整理整頓するのが未来の在り方になってくるんじゃないかなと思っています。

ネット社会の先に何があるのかわからないが、今は個の力と組織の力が結びついていくことが未来を向いていくためには必要なんだと思います。70年代、偉大なる日本人デザイナー達は日本人としての個性、美意識を持って世界へ通じる道を引いてくれました。後進達は彼らの引いてくれたその道を歩けば世界への入り口にたどり着くことができました。しかし、服の価値は変わり、服作りのあり方も変わり、服の周辺には目に見えないブランディングやらマーケッティングという名の衣を纏わなくてはならなくなりました。今その道はまだあるのかは疑問です。デザイナーは自分を滅して相手を生かすという、微妙な距離感も保ちながらデザインをしていくということも、これからもっと意識していく時代になってと思います。

モノよりも思想が個性に

服を着る我々自身が、モノで自慢するという感覚、モノが自分を幸せにしてくれるような感覚がだんだん減ってきてきていて、モノで相手を威圧するようなことがなくなっている。相手にすごいなと思わせる自己主張にモノを使うということがなくなっている気がします。

それよりも、「あなたはどんな考え方を持っているのですか」というところが、ひとつのファッションになってくる。自分の考え方を語れる、議論する、自分はこういう未来を作りたいという気持ちを言葉に表現するということが、最終的な個性になってきた。自分はこういう服を着ています、なぜならば自分が自分らしくなれるんですからという、形に見えない意識レベルの「表現」がファッションという意味になってくる時代がくるかもしれない。もうすでに、そうなりつつあるのかもしれないですね。

Photo by Kazunori Ohki

#Smart Textile#FactoryTech#Auto Measuring
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