2021.09.10

ヴィクトリア・モデスタ 「技術革新とアイデンティティ、 ファッションの引き出し」

#特集003「身体/衣服と機能」
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ロボットや義足の研究者であり、株式会社Xiborg・遠藤謙氏とお送りする特集企画「身体/衣服と機能」。今回は、2012年ロンドンパラリンピックの閉会式への出演が話題となり、その後もパラリンピックやテクノロジーのイベントへ登壇する義足のポップスター、ヴィクトリア・モデスタ氏をお迎えします。

義足とファッション、そこでのアイデンティティについて、遠藤氏自らインタビューした模様をお届けします。

PROFILE|プロフィール
Viktoria Modesta(ヴィクトリア・モデスタ)
Viktoria Modesta(ヴィクトリア・モデスタ)

1988年ラトヴィア生まれ、ロンドン育ちのポップスター、クリエイティブディレクター。モデルやMITメディアラボのディレクターフェローなどの経歴を持つ。これまでに「Only You」(2012)、「Prototype」(2014)、「One With The Ray of Light」(2021)などの音楽作品を発表。

「バイオニック・アーティスト」として

ディスニーやハリウッドから受けた影響
モデスタ:

幼少期多くの時間を病院で過ごし、その間にディズニーやハリウッドの映画をよく見ていました。そしてそれらの映画のように、クリエイティビティによってあらゆる状況や世界を新たに想像できるという考え方にとても刺激を受けました。自分の身体や人生・周囲の世界を構築できるという考え方がとても好きで、成長の過程で出会った表現方法が、私にとって非常に充実したものであると感じています。意図を持ったアートやアートアクティビズムは、文化に進化をもたらす上で最も強力であり、政治家よりもアーティストの方が世の中に影響を与えていると感じることもあります。

遠藤:

ラトビアで生まれ、その後ヨーロッパに移住したそうですが、どのようにアーティストとしてキャリアをスタートさせたのでしょうか?

モデスタ:

幼い頃音楽学校に通っていました。そこでステージやパフォーマンスを経験したことが、今の私の基礎を築いてくれたように思います。ロンドンで過ごした10代半ばにはサブカルチャーやアンダーグラウンドなファッションや音楽に興味を持っていました。とりわけアバンギャルドなパフォーマンスや映画、ファッションに夢中になりました。アーティストをはじめとする人たちが全く異なるイメージを作り上げるためにひたむきになる姿がとても魅力的に思えました。その後、10代後半からモデルやアートディレクション、スタイリングをはじめました。そして手術後、音楽活動を再開し、好みの世界を創造しその世界に入っていくことを、イベントや写真やビデオのアートディレクションや音楽制作などを通じて表現していました。

画像: Photo by Nhu Xuan Hua
Photo by Nhu Xuan Hua
クリエイティビティで超えた困難
遠藤:

なるほど。ここに至るまでに直面した、壁や困難はどういったものがあったのでしょうか。

モデスタ:

最も困難だったのは、幼い頃の社会からの扱いを乗り越えることだったと思います。これは私がパラリンピックを常に強く支持している理由でもあります。ソビエト連邦崩壊後のラトビアで育った私にとって、当時の社会は異質な存在を受け入れてはくれませんでした。私が大きな夢を持っていることを理解してもらえず、信じてもらえませんでしたし、私がそのようなことをするのは可能だとも思ってもらうことができませんでした。そのため、自分を証明するためには常に特別な努力をしなければならないと感じていました。しかし、それから何年も経ち現在になって、ようやく、自分らしく自分を表現するだけで十分だと思えるようになりました。多くの人にとって自分のクリエイティブな個性や、アイデンティティを持つことはとても難しいことだと思います。そして、私もその点では特別なケースではないと思っています。

画像: Photo by Nhu Xuan Hua
Photo by Nhu Xuan Hua
遠藤:

興味深いですね。4年前に一緒に登壇したイベントで、障害者に対する教育が十分ではないという話をしたのを覚えています。障害があるために活動が制限されることに対し、その境界線をどのように突破するのか、という教育が不足しているといった内容の話でしたが、どのようにして進んでこられたのでしょうか。

モデスタ:

正直に言えば、私は苦労して学んだように思います。私が子供の頃は自分はエイリアンであるかのように感じていましたが、現在の若い人たちを見ていると、多くの情報や知名度があり、ポップカルチャーの中ではかなりノーマライズされてきているように見えます。なぜなら、私たちは今、何世紀にもわたってタブー視されてきた、正常な身体とそうでない身体についての考え方を覆そうとしているときなのです。つまり、人々は肉体と人間としての知性や能力、資質は同じものではないということを理解し始めたところだと思います。

確かにこれまではとても苦労しましたが、クリエイティビティが私を救ってくれたようにも思っています。想像力の豊かな業界は、ファッション、パフォーミングアート、建築などを通じて、とても専門的にサポートしてくれました。私が経験したようなプロセスは踏む必要があったのだと、感じています。時々、「キャリアを初めてもう15年も経つのか、大変だったな」という想いに耽ることがありますが、一方でとても自分を誇りに思います。そして、このようにノーマライズが進むなか、スポークスパーソンやロールモデルではなく、一人のアーティスト、ヴィクトリア・モデスタとして生きることを望んでいます。さらに、自分が行ってきたことが、障がい者ではない人々も含め、問題を前向きに理解する方法を生み出し、私のような人間が「ああ、私は実際に何でもできるんだ」と思えるようになることを心から願っています。

遠藤:

義肢やあなた自身の身体だけでなく、自分がユニークであるところはどこだと思いますか。

モデスタ:

私の世界観や物事への対処の仕方や姿勢がユニークだと感じています。義足があるかないか、年齢や出身地などを考慮せずに基本的なことを突き詰めて考えると、特別なことは何もないと思います。私が今まで実践してきた最大のことは、世界やシチュエーションを新たに創造し、人々を私のイマジネーションの中に連れていき、願わくば思いがけない機会やきっかけを生み出すことだと思います。ですから私は、非常にポジティブであり、さらに私の作品は時にアグレッシブなエッジを持っています。少々哲学的ですが、一般的にポジティブとはとても穏やかでソフトだと思われている一方で、私はそれが正しいとは思っていません。むしろ、ポジティブな話題や方向性に注目してもらう必要があると考えています。そして、私このアグレッシブなポジティブさこそが、この世界に必要であると感じており、私の方向性だと言えます。

新たなファッションを考える

未来のアイデンティティを考える
遠藤:

今、世界で一番興味のあるトピックは何かありますか。

モデスタ:

未来のアイデンティティにまつわることはとても大きいです。仕事で出会った様々な人たちと話していて、感じたこともあります。私たちは自分たちが思っているよりもずっと未来のアイデンティティに近づいていて、私たちのジェンダーやテクノロジーの影響など、さまざまなことが断片的に語られています。私は日常生活の中で、それらを組み合わせるとどうなるのか、頭の中で想像しています。エンターテイメントを考えるときには、精神的な成長から、アイデンティティやテクノロジー、それらの影響についての理解を深めることまで、あらゆることからインスピレーションを得ています。たとえば焦点を絞って、ポストディサビリティはポストヒューマンのライフスタイルにどのように影響するのかを考えると、テクノロジーは様々な違いを標準化してくれると感じ、これはとてもエキサイティングだと思います。

義足とそのファッション性の引き出し
遠藤:

ここからは、ファッションと義足について掘り下げて聞いていければと思います。義足はあなた自身の一部でしかないと思いますが、あなたにとっての義足はどのような存在なのでしょうか。

モデスタ:

多くの人は、私にとっての補装具という言葉がどれほど広義な意味を持つか驚くでしょう。私にとっての補装具とは、実に様々で、私の身体の機能や形状を補い、代替機能を持たせるものです。そして私は生活機器と医療機器が融合する時代がすぐそこまできていると考えており、人間とテクノロジーがシームレスに融合していくことを期待しています。そして本当にスマートなテクノロジーや補装具は非常に多機能になっていくと思うので、これらのカテゴリーはいずれそれほど重要でなくなると思います。

現在私が探求しているのは物理的なオーグメンテーションだけでなく、デジタルなオーグメンテーションも含めたものです。これらもまた、義肢のようなものだと捉えているのです。私はよく「なぜ自分をバイオニックというのか」と質問を受けます。なぜなら、バイオニックとは単に電子機器のようなものという意味を持つからです。しかし、人工的に機能を強化した自分の身体を通してコンセプトを見るだけでも、そこには様々な形があると思うのです。だからこそ、私は今、物理的なオーグメンテーションとデジタルなオーグメンテーションの二面性が興味深いと感じています。自分のアバターを制作したり、デジタルファッションのデザイナーとコラボレーションし、これらの制作物を通じて自分の個性やアイデンティティがどのように変容していくのか考えています。

画像: Photo by Jora Frantzis
Photo by Jora Frantzis
遠藤:

私はエンジニアで、人間がより多くのことをできるようにするための技術の可能性を探りたいと考えています。たとえば1つのプロジェクトでは、パラアスリートのランニング用の義足を開発しており、人間のバイオメカニクスを学び、筋肉の使い方の可能性を生かしたいと考えています。そして、ブレードはアスリートが早く走るための素晴らしい道具になると信じています。しかし、パラアスリートと話していると、彼らにとってブレードの見た目が重要であることがわかるのですが、ビクトリアさんは義足まとうこと、そしてそのファッション性をどう捉えているのでしょうか。

モデスタ:

私が時々疑問に思うことの1つは、歴史的に医療補助機器は医療業界が占有してきたため、そこには障壁があるということです。だからこそ魅力的で革新的なもの、美的感覚や建築的に優れたものが見当たらないのだと思います。しかし最近では、障害者が初めて消費者として見られるようになり、新しい産業ができ始め、大きな変化が起きていると感じています。そして、これが進めばこれらの領域が完全に変化すると思っています。

たとえば、私は身体の一部を交換するために病院に行きたくはありません。むしろ、ロールスロイスのショップのように素晴らしい見た目のものを持ってきてくれたり、私のファッションや生活を考慮してデザインされたものが並ぶところに行きたいです。

さらに女性の場合、義肢の精神的な影響についての統計を見てみると、ほとんどの人が元の生活に戻れないことがわかります。たとえばファッション業界からは、見た目の美しさや女性らしさが重要だと言われる傾向にありますが、実際には医者へ行った途端に片方の靴だけを履くだけの生活になったりし、それらが叶わなくなってしまうのです。だからこそ、このアダプティブ・ファッションとライフスタイル・メディカル・デバイスの分野には、革新の瞬間が必要だと考えています。この変化の影響を分かっているだけに、この現状には本当に悲しくなりますが、だからこそ私はいつも医療業界の外から起業を考えている人たちに対し、この分野を探求するように勧めているのです。

画像: Photo by Yulia Shur
Photo by Yulia Shur
アスレチッククチュールの可能性
遠藤:

昨今のインクルーシブやアダプティブといったデザインやファッションの潮流をどう見ていますか?

モデスタ:

まだまだ発展途上だと思っています。私はこの領域を非常に注意深く見てきました。確実に実現すべきであり、これが未来であると言いたいですね。私はある時アダプティブファッションのプロジェクトに携わっていたのですが、その際に衣服におけるデザインの問題をよく考えていました。通常の衣料品でも、店に行って「これは私に合うのかしら」と思う女性がどれだけいるのか、標準的ではない体格や体型は十分に考慮されていないのです。​​ これは本当に深刻な問題で、アダプティブファッションだけに留まるものではなく、 服の閉じ方や開け方や着方、伸び縮み、柔軟性など、多くのことが関係しています。このようなことからも、決して特別なものではなく、起こるべきイノベーションなのに実現されないものであるとも言えます。

私はスマートファブリックや、テクニカルな素材やパーフォーマンスを向上させるような革新的な素材にとても興味があります。そしてスポーツの領域では科学的な要素を取り入れた多くのイノベーションが起きているように見ています。ロサンゼルスに移ってから、アスレチッククチュールの大ファンになり、これらのパフォーマンスを高める服は素晴らしいと思っています。そしてこの分野にとても期待しており、これから当分野は大きくなっていくと思っています。

異なるレベルでの変化の必要性

ノーマライズに向かって
遠藤:

Prototype」のビデオの中で着用されていた義足にとても惹かれました。私はエンジニアとして、いつも日常生活に役立つ装置を作ろうと考えています。自分のための義足ではなくとも、多くの人がその義足に魅了されていました。そして以前、私がパラアスリートと仕事をしたとき、彼らはパラアスリートではなくアスリートになりたいと言っていました。彼らにとっては、自分が本当にやりたいことをやっているだけなのです。より速く走りたいというのは、他のアスリートと変わりません。しかし、多くの人は、義足がアスリートのためにどのように機能するかを見たいと思っているという状況もあります。

画像: Photo by Ewelina Stechnij
Photo by Ewelina Stechnij
Viktoria:

あなたがおっしゃったパラアスリートの話には共感できます。というのも、私の最終的な目標は、自分のやっていることをノーマライズすることなんです。特別なパフォーミング・アーティストではなく、むしろグローバルなステージで活躍するパフォーミング・アーティストでありたいと思っています。 ノーマライゼーションは非常に重要ですが、残念ながらその前に、自分のメッセージを真剣に受け止めてもらうために、話題性のあるものや何らかのスペクタクルを作り出す必要も感じています。

昨年、ヒューマンオーグメンテーションのパネルトークに参加したときに気づいたのは、普通の身体とワクワクすることの間には微妙な境界線があることです。「あなたが私と同じくらい速く走れるのはクールだ」という一方で、超人的な能力に対してはかなりの脅威を感じている。つまり、障害のある人が普通の能力を身につけるのはクールだが、超能力を身につけるのはクールではないということです。人々の身体への不健康なほどの執着と、それが何を意味するのか、どれほど価値があるのかを考えると、すべきことはたくさんあると思います。

私は足がひどく痛んでいたので早く手術を受けたかったのですが、医師は「クレイジーだ」と言って手術をしてくれず、5年間ただただ苦しんでいました。しかし振り返ってみれば、手術は私にとって最高のことでした。ですから、医療行為やテクノロジーで自分を高めていくことのタブーさが少なくなっているのではないかと思います。これらは哲学や感情、そして物事をどう見るのかにも繋がってるともいえますが、この領域はまだすべきことはあると思います。私は、テクノロジーは人間の明確な創造物であり、人間の心や想像力から直接生み出されるものだと考えています。ですから、テクノロジーによって強化されることは、私にとって極めて人間的で正常なことであり、進化の過程の一部であると感じています。そして、「ここには無生物があって、ここには私があって、私はそれとは何の関係もない」という分離した感覚は、多くの人々が持つもので、一般的な問題だと思います。自然に対しても、テクノロジーに対しても、何に対しても、自分が他のすべてのものから切り離されているように感じるのです。でも、進化やこれらのテーマの前進は、世界に対する意識や態度を開くことと同じくらい、大きなテーマだと思うんです。

「ノーマル」とは
遠藤:

日本の障害者の方とお話をしたときに、彼らは「ノーマル」になりたいと思っていることがわかりました。ここでいう「ノーマル」とは障害のない人間のことを指し、テクノロジーがその状況と「ノーマル」の定義を変えることができると思うのですが、ビクトリアさんにとってのノーマルとは、何を指すのでしょうか。

モデスタ:

人間としての能力を身体能力だけで評価するのは、とても無理があり、人を貶める方法だと思います。 私たちはジャングルには住んでおらず、最速のランナーやハンターである必要はありません。私たちは社会に住んでいます。そこでは健常者が社会や周囲の人々がいて、その中には周囲になんの貢献もしない人もいるという例からも、究極的には一人一人の意思や芯、視点や想像力のようなものにかかっているのではないでしょうか。

だからこそ、私はとても希望を持っていますし、パラリンピックで起こっていることに貢献したいと思っています。 私は影響力の大きさを目の当たりにしましたが、それだけでは不十分であることもわかりました。誰かと同じ速さで走れることはほんの始まりに過ぎず、必要なのは自分よりも賢い人がいるかもしれない、誰かはリーダーかもしれない、誰かは発明家かもしれないと考えることです。 そして、物理的な境界線を越えることこそが、本当に必要なことだと思います。なぜなら、様々なレベルで他者を受け入れたり尊重したりすることが達成されるその瞬間まで、平等は存在しえないからです。ですから、パラリンピックと並んで思想的なリーダーや文化的な確信の必要性を考えています。

画像: Photo by Jora Frantzis
Photo by Jora Frantzis
技術をどう応用するか
遠藤:

先ほどヴィクトリアさんがおっしゃったように、社会を変えるにはパラリンピックだけでは不十分なところもあります。私が行っているプロジェクトの1つは、パラアスリートがより速く走れるようにサポートすることです。もちろん、彼らにパラリンピックで金メダルを取ってもらいたいとも思っていますが、これは願いであり、これだけではありません。

以前ラオスとインドに行った時、多くの貧しい人々が生きることの困難に直面していることを知りました。そして、障害を抱えた人々は、日常生活に必要な義肢を購入することができず、アメリカや日本の状況よりもとても厳しいことがわかりました。彼らに走ることを進めたいと思いつつ、ベースラインの違いを強く感じました。パラリンピックに関わってきたなかでもこれは感じており、この問題を解決したいと考えています。私は科学や工学を学び、それらの知識をパラアスリートのために役立てようとしていますが、同時に、それは社会を変えるためには十分でないと考えています。ビクトリアさんは、今後取り組まねばならない課題にはどういったものがあるとお考えでしょうか。

モデスタ:

遠藤さんがおっしゃっていることはとてもよくわかります。アメリカでは、義肢が保険医療として提供されていますが、多くの人は購入する余裕がありません。個人的には、この問題がもっと世間に受け入れられるべきであり、目に見えるものにすることが第一だと思っています。第二には、私は現在の医療機器業界、特にモビリティや義肢があまり好きではありません。これは一般的な意見ではありませんが、彼らは経済的な利益を上げるために進歩を抑えているように感じています。これは人間の生存に関わる問題であるのに、非常に非倫理的だと思っています。

私はこの5~10年の間に、いかにして機能性とコストを両立させるかという研究やアイデアを探求してきました。例えば義足を作るために20種類のパーツを用意する必要はありませんし、あることをするための足と別のことをするための足に制限される必要もありません。私たちがそこに留まっている限り、そしてそれらの大企業がゲートを握っている限り、イノベーションは起こりにくいと感じています。

一方で人々が必要としているのは、最新技術を駆使して安価で他機能なものを手に入れることなのではないでしょうか。お金に余裕がなく義肢を購入できない人もいる中で、非常に困難な義肢設計のプロセスを自動化することができるような技術も存在しているのです。だからこそ、これらの問題が公になればなるほど、イノベーションが起こるのではないかと思っています。これは可能であり、これこそが私の希望です。また5年後にどうなっているのか、様子を見てみたいですね。

Text by Hanako Hirata
Photo by Jora Frantzis (cover), Nhu Xuan Hua (Profile)

#Wearable Device
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