つくる人と環境に配慮した洋服だけを扱うエシカルファッション専門セレクトショップを運営しているEnter the E株式会社。ファッション業界が引き起こしている環境問題や人的被害をなくしたいと2019年に立ち上げられた会社で、近年ではオリジナルブランドの展開も行っている。
今回は同社の代表取締役社長である植月友美さんに話を伺い、エシカルファッション事業設立の背景や、洋服におけるサステナブルな選択について教えてもらった。
Enter the E
CEO/ ショップオーナー/バイヤー/ディレクター
2009年、杜撰なファッション業界の環境破壊を目の当たりにし、人や地球に迷惑をかけずに洋服を楽しめる社会をつくること決意。
人生をかけて、「地球と人が洋服を楽しめる社会の両立」の実現に挑む。
2019年Enter the E創業。
2019年ジャパンソーシャルビジネスサミット 審査員特別賞受賞
2020年Flauエシカルアワード受賞
2021年サステナブルブランド国際会議出演
2022年ソーシャルプロダクツアワード ソーシャルプロダクツ賞受賞
2023年グローバルコンテストファッションバリューチャレンジ 日本ファイナリスト
エシカルやサステイナブルファッションに関する監修、講演活動も積極的に行っている。
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もともと祖父が洋品店だったこともあって、幼い頃から服に興味があり、洋服で商売をするという方向性は随分前から決めていました。2006年頃、グローバルビジネスや経営を学ぶためにニューヨークで働くことになったのですが、その時に私は癌を患ってしまいました。それが洋服との向き合い方が変わったきっかけとなりました。
癌になったことで人生においての時間が限られていることに気づき、人生を思いっきり楽しみたいという気持ちから、好きな洋服に思いっきりお金を使うようになりました。洋服は他人に迷惑をかけない唯一の楽しみと思っていたため、気づけば借金が500万円になりました。借金までして人生を楽しもうと思ったのに私は満たされず、自分だけ楽しいファッションに虚しささえ感じました。
借金と癌を同時に味わった私はどん底ながらも「何のために生きるのか」考え、出た答えが「どうせ死ぬなら誰かの役に立って死にたい」という想いでした。また、「どうせなら自分の好きな洋服で誰かや何かの役に立ちたい」という欲が湧いていることに気づきました。
湧きたつ衝動にかられ「服 貢献」や「服 問題」のように洋服の問題について調べ始めたのが2009年でした。そんななかコットンを育てる際に空から大量に散布材を蒔く映像を見ました。
畑は枯れ、農家さんの皮膚や呼吸に影響を受けている姿を目撃したのです。私は愕然としました。自分が大好きで買い続けていた服が製造工程で環境破壊や健康被害を生んでいるとは夢にも思っていませんでした。この衝撃的な事実をきっかけに、大好きな洋服が何かや誰かの犠牲の上で成り立つ社会を変えなくては、変えるためにどうしたらいいのか考えるようになりました。
唯一の救いだった洋服の裏側にも絶望した私は、なぜ知ることができなかったのか疑問に思い、私のように知らない人が知らずに加担し続ける社会をこのまま未来に伝承してはだめだと強く思いました。なぜ知ることができなかったのか、1つの結論は日本の洋服の自給率の低さにあると思ったのです。
日本の洋服の自給率は2.7%とかなり低いため、インドやトルコのように洋服の生産背景における問題を知る機会がないのだと結論付けました。そこで消費者が生産者体験をすれば服への見方が変わると仮説をたて、自分で育てたオーガニックコットンで服を作ることができる自産自着のビジネスをつくることにしました。
畑で作物を育ててTシャツを作り、サブスクリプションの形式でビジネスにしようと10年間試行錯誤を繰り返していましたが、当時つくる人や環境に配慮するオーガニックやフェアトレードなどの認知度もニーズも低く、ビジネスとして継続的なモデルの難しさに直面しました。
なぜオーガニックやフェアトレードのニーズも認知も少ないのだろうとまた考えたときに、日本では圧倒的にエシカルファッションといわれるジャンルの物流の量が少ないことに気が付きました。つまり街を歩いていてもエシカルファッションのブランドに出会わないということです。また、あったとしても高価でナチュラルか、オリエンタルな雰囲気で到底普段着れないものばかり。改めて、エシカルファッションの選択肢を増やすことから始めようということにたどり着きました。
その後、2019年に今の会社を設立し、ファッションが地球や人に迷惑をかけない社会に向け一歩踏み出しました。現在はまだ新しいベンチャーであり、小さな会社ですが、洋服で地球に恩返しできるように、ファッションビジネスで生んでしまった社会問題をビジネスで解決できるように進めていきます。
世界中から35ブランド、作る人と環境に配慮し、透明性を持ったエシカルなファッションブランドだけを集めています。また、特徴として、サンプル分ぐらいしか在庫を持っていません。その理由は在庫を抱え、衣類ロスにならないために100%消化を目指しているからです。
事前に仕入れて物を売るスタイルは、約230年前からある古いスタイルであり、余ったものを捨てることになるため、私たちはお取り寄せの形式を取っています。注文を受けた後、各国に連絡を取って発注し、日本に送ってもらいます。お取り寄せ商品は、発注してから到着まで3週間ぐらいかかります。事前にサイジングやカウンセリングをしてから、購入していただく形を取っています。
しかし、このスタイルでは、在庫のコントロールが難しく、ブランド側がハンドルを握ることになるため、注文をした時には在庫切れになっていることもあります。そのため、私たちはオリジナルのブランドを立ち上げ、ワンピースやパンツなど主力のアイテムの在庫切れを補えるようにしました。
自社ブランドを立ち上げた背景には、お客さまからのこんな言葉がありました。普段いいな!と思う服が生産背景が不透明だったりとエシカルではない洋服が多く、気持ちよく洋服を買えなくなってしまったということです。
最近ではファッション業界の衣類ロスや労働問題、環境問題がメディアで取り上げられ、買うことに罪悪感すら感じ、表面的なSDGsのアクションが目立ちグリーンウォッシュが増えていることも懸念していました。
本来ファッションは人を幸せにするものなのに、提供する側として本当に申し訳ない気持ちのなか、着る人、作る人、地球環境、社会、未来さえもハッピーになる八方よしの服をつくろうと決めました。
つくるものは衣類ロスが出ないように注文を人数分だけつくる受注生産にし、すべて認証付き脱プラ仕様の材料、国内生産でオリジナルを制作しています。現在は国内の外国人技能実習生による不当な扱いを撲滅する製品づくりや、国内の廃盤予定生地を使用したアップサイクル製品など社会問題解決型の製品をつくっています。
私の個人的な考えですが、人々がエシカルな扉を開くタイミングはいつ来るかわからないと思っています。その扉を開くタイミングがいつ来ても対応できるように、情報をデータベースとして残しておく必要があると考えました。エシカルファッションは原価が高く、広告費用に充てられる予算を取れないため、他の方法で補完しなければなりません。私たちは、ECサイト内のコンテンツを充実させることで、タイミングが来た時にアクセスしてもらえるようにしています。また、長く滞在してもらえるように、より詳細な情報を提供することを目指しています。
私は昨今、洋服が適切に扱われていないと感じています。ウルトラファストファッションの台頭で洋服の使い捨て化がひどく進み、同時に作ってくれた人への感謝やものを大切にする心を失っている気がしています。
このことが私にとって最も悲しいことのように思えます。食べ物に対しては命をいただいているという認識があるため、感謝していただくということが習慣になっていますが、洋服に対しては同じような扱いではないと考えています。しかし、実際に洋服も素材は自然の恩恵であり、同じような感謝の気持ちを持つことができます。そのため、洋服を着る際には食べ物と同じように「着させていただきます」と大切に扱い、サステナブルな生活を送ることができると思います。この考えを皆さんに伝えたいと思っています。
正直、ファストファッションによる大量生産、大量消費、大量廃棄を終わらせるために、ファストファッションの代替を作らなければならないと焦っています。
2013年にバングラデシュで起こった工場の崩落事故で約1,100人が亡くなり、4,000人以上が被害に遭った、ラナ・プラザ崩落事故があります。5つの縫製工場と多くのグローバルファストファッションのブランドが関与していたこの事故は、ファストファッションに対する問題を浮き彫りにしました。下請け工場は、どこのブランドの服を作っているかも知らず、サプライチェーンの複雑さが問題になりました。この問題には安全管理、労働者問題、透明性の問題なども絡んできます。これは、氷山の一角であるかもしれませんが、世界中で大きな議論となりました。
世界がサステナブルな方向に向かっている中、真のファストファッションの代替やトレンドを追うのとは別のスタイルが必要だと思っています。今のファッションスタイルは1択しかありません。新しいスタイルをシーズン毎に提供し続け、買い続けてもらう、この1択しかないことが使い捨て社会を生み、根付いてしまっている、結局トレンドを生み出すビジネスで成り立たせていることが一番変えなきゃいけないことだと思っています。次の10年のファッションスタイルはもう1択くらいあってもいいと思っています。
たとえば10年着るのがかっこいい、同じスタイルをずっと着ているのがかっこいいというスタイルです。その価値が結果として長く使う人が増え、早く大量に物を作らなくて済むので長時間労働や搾取が減ります。結果的に社会がサステナブルになると思います。同じ服でもずっと着ていてもかっこいいと思えるような選択肢があってもいいと考えました。
世界で最もサステナブルなブランドをバングラディシュと日本で、新しいブランド「TEN」として立ち上げることにしました。
「TEN」は名前の通り 10年フーディーや10年Tシャツなど10年着続けられるデザインと耐久性、そしてクローズドループシステムを採用したラインナップで、
商品はすべてユニセックスで、下記のアイテムなどの展開を計画しています。
・10年フーディー 8,800円(予定)
・10年スウェットシャツ 7,700円(予定)
・10年ロンT 6,900円(予定)
・10年Tシャツ 3,900円(予定)
素材はすべてオーガニックコットンと水平リサイクルされたリサイクルコットンを使用することにより地球環境の負荷はもちろん、農薬を使わないため農家さんの健康被害を防ぎます。使用後の商品は回収し新たな商品に循環させます。それぞれのアイテムはサイズ展開と別に「パターン」を3種類、骨格に合わせて展開。10年着ていただくために、その人が美しく見える形への追求により首の太さや長さ、肩の広さや胴の厚みなどにあうパターンが選べるのも特徴です。
バングラディシュの地でつくるということにもこだわっています。原料調達、縫製を行うパートナーであるバングラディシュの工場は、働く人々に安全な労働環境、ディーセントワークを叶える配慮ある工場で、児童労働撲滅に努めるだけではなく、誰もが働ける環境を整えるため にシングルマザーや縫製未経験の方を積極的に受け入れています。
彼らと共にバングラディシュの地で新たに歴史を塗り替え、作る人にも環境にも配慮したエシカルなものづくりのロールモデルを作ります。
そうですね。コロナの影響により、私たちのブランドへの認知が広がったこともあると考えており、それには人々の環境への意識の変化が関係していると思っています。
3年前、私たちのファン層はエシカルファッションに興味のある人々とコアなファンだけでしたが、今では新しいお客さんも増え、さらに大手企業からもお話をいただくようになり、私たちの知名度が上がったように思います。これは、メディアの影響やSNSの普及もありますが、最も重要な要因はコロナだったのではと考えています。
特に、学生やZ世代の若い人たちは、私たちのブランドに高い関心を持っているようです。一方でコアなファンの方々は、30歳前後を中心に、コロナの拍車がかかりキャリアやライフスタイルなど、次のステージにいくタイミングで、これまでの自分自身の見直しが起こっているようです。このように洋服や暮らし方に対するリセットが起こり、エシカルな商品を取り入れる方が増えていると実感しています。
一つの洋服を、長く大切に着たいという方が主流になってきています。またせっかく買うのであれば安心な背景のもの、作っている人の姿勢があるものを極力選びたいというきもちもあり、その結果としてエシカルな商品を選ぶ方が多くなっているように感じます。
私たちのブランドを通じて「つくる側」も「使う側」もこれまで忘れていたものを大切にする気持ちや自分自身を大切にする気持ち、誰かを思う気持ちを思い出すきっかけになれたらと思っています。
みんなそれぞれの日々に追われる中で、常に倫理的で他者を思ったり、環境を配慮することはとっても難しいかもしれません。そんな中で10日のうち1回くらい私たちの服に袖を通したとき、作ってくれた人のことを想い馳せたり、私たちの地球環境に感謝できたりする機会がすこしでも生まれ、そんな自分が素敵だなと思える。その日常の積み重ねで心が豊かになって自分が満たされるとおのずと環境や社会へも良いインパクトを出せるのではと思います。
自分と自分を統一してくれる服、自分を満たしてくれる服、その人の素敵な心を取り戻してくれる服。そんな服が作りたいと思っています。日本では昔から物には魂が宿ると言われています。いただきます、というように「着させていただきます」と言いたくなる服をこれからも手塩にかけて届けたいと思っています。