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2024.04.19

草履をルーツに持つ「JOJO Naitou」に込められた履物文化への思いとは?

待ちゆく人の足元を見てみると、揃いも揃って革靴やヒール、スニーカーを履いている。おそらく履物だけを見ると、そこが日本なのか判断できないかもしれない。それほど日本の履物は西洋の文化に染まっている。
古来、日本の履物といえば草履や下駄だった。着物は晴れ着として、いまでは日常で着る機会は少なくなった。しかし、そこに待ったをかけるのが、祇園ない藤の当主である内藤誠治さんだ。
「その土地の風土から出たものが、その国の人にもっとも適している」という考えから、草履を現代の生活に落とし込んだ「JOJO Naitou」を製作したという。
どうやら、草履には私たちの知らない魅力が隠れているようだ。そこで今回、内藤さんに日本の草履文化、そして「JOJO Naitou」に込めた思いをお伺いした。
PROFILE|プロフィール
内藤 誠治(ないとう せいじ)
内藤 誠治(ないとう せいじ)

「⽤の美」伝承によるモノ作りの⽼舗として、百四十年の伝統を誇る伝統⼯匠「祇園ない藤」の五代⽬当主。             


⾃らも職商⼈(商⼈であり、職⼈として⼿仕事をする形態)として活躍。東⽇本⼤震災を機に、2011年、新ブランド「mana プロジェクト」を発⾜。百四十年の伝統で培った技術と現代の感覚を⽤いた新しい履き物の形「JOJO naitou」を発表。そして2020年、コロナによる社会情勢が変わりゆく中「mana プロジェクト」の第⼆弾として「kappo」を制作。2021年には、和と洋を隔てることのないウェッジソールタイプの「kodori」を発表。「履き物の⼒とは、最も基本である⾐⾷住、つまり、暮らしと夢を繋ぐ架け橋である」という信念のもと、独自の世界観に基づく、美と健康を発信し続けている。

指股の数mmが要

「JOJO Naitou」の製作経緯を教えてください。
2013年に販売を始めましたが、きっかけは2011年です。東日本大震災があり、地震鎮めの祈祷をする神主さんがインドへ行くというので、声をかけていただき同行しました。
インドは日本と同じで、靴を脱ぐ文化があります。世界中から聖者が集まってくるので、礼拝堂の入り口には何百という履物が並んでいました。ですが、多様な履物があるにもかかわらず、欲しいと思う履物が一足もなかったのです。
世界にも私が欲しいと思う履物がないのなら、現代の暮らしに合わせた扱いやすい素材を使って自分で作り直してみようと思ったのが始まりです。
「JOJO Naitou」は草履をルーツに持つと聞きました。
最近はスマートフォンやデスクワークが原因で、人々の姿勢が悪くなっていると聞きました。ですが、私は靴が理由だと考えています。というのも、スニーカーやヒール、ブーツなどは日本人の身体に合った道具ではないからです。
私たちの骨格や筋力、DNAに合った道具を使うと、姿勢は自然と正しい位置で保たれるはずですし、それらはその土地の風土から生まれると考えています。では、日本人の伝統的な履物はなにか。答えは草履しかありません。
草履は非常に理にかなった履物です。人間は頭が重く、バランスを取るときにはかかとではなく指先に力がかかります。もっと正確に言えば、草履の鼻緒にかかる指股のわずか3〜5mmです。ですから、草履を履いたときにかかとが出るのは正しいかたちなのです。
鼻緒と指先の関係で言えば、ビーチサンダルも似たような形ですね。
ビーチサンダルは日本発祥で、戦後の神戸に来たアメリカの技士が日本の履物を見て、ゴムで作った結果、世界中で履かれるようになりました。
ですが、似ているのは形だけで、本質はまったく継承されていません。先ほどお話しした身体構造は考えられていないので、ペタペタした姿勢の悪い歩き方になってしまい、2時間も歩ければ足が疲れてしまうのです。
その国の風土や人々の身体的な特徴などを考慮したものでないかぎり、身体にふさわしい履物とは言えないと考えています。
人間の身体や風土、文化には、常日頃から関心を寄せていたのですか。
これは先代からの教えで、身に染み込んだものです。
昔の人は多くを語りません。私の父が「草履や下駄は和装の小物と違うぞ」とよく言っていたのですが、それ以上のことは話してくれませんでした。ここまで言ってわからなければ、そこまでということなのでしょうね。
ただ、この言葉の裏には「あなたならわかるはず」というメッセージが込められていると思っています。これを胸に秘めながら、ここまでやってきました。
「JOJO Naitou」の商品の裏には、インドでの経験や身体の構造、先代の教えなど広大な物語が広がっているのですね。
自分で0から新しいものを作ろうとは考えませんでした。この小さな履物である草履は平安時代に誕生したと言われていますが、最初にできたものがもっとも素晴らしい、という持論があります。千利休を超える茶人がいまだ存在しないのと同じです。
履物は大昔からあります。最初に発明されたものがどういうもので、誰がなにを考えていたのか。そこを謙虚に学ぶ姿勢が大切だと思います。
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