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2023.08.21

「美しく快適な衣服」に普遍性はあるのか? 工学から考える感性とデザイン(金炅屋)

私たちは、なにを基準に衣服を購入するのだろうか。たとえば、モデルやインフルエンサーの着こなしを見て、真似したいと思う人も多いだろう。どこのブランドの服なのか、熱心に探し出す人もいるはずだ。
すると、1つの疑問が浮かび上がる。私たちは独自の感性を有しているにもかかわらず、「美しい」と思ったり「スタイリッシュ」だと感じたりするスタイルに共通性があるのではないか。ここにファッションの未来を考える鍵がありそうだ。
注目すべきは「感性工学」と呼ばれる研究である。デザインやスタイルを工学的に考えると、どのような化学反応が起こるのか。この研究領域を専門にしている信州大学の金炅屋准教授に、これまでの研究を交えながらファッションと感性の関係について語っていただいた。
PROFILE|プロフィール
金 炅屋(キム キョンオク)
金 炅屋(キム キョンオク)

信州大学 繊維学部先進繊維・感性工学科 准教授

「感性工学」の魅力

専門である「繊維工学」や「感性工学」とは、どのような学問ですか。
その名の通り、「繊維工学」は繊維に関係する工学を扱う幅広い分野を指します。コットンなどの素材だけでなく、生地や衣服そのものまで扱います。もちろん、インテリアや車の装飾品など、ファッションだけに限定されたものではありません。
それに対して、「感性工学」は人間の感性を工学的に考えようとする学問です。デザイナーやパタンナーが経験として持っている感性や知識を、言葉やデータとして示すために実験や研究を行います。
私は、この2つの学問を結びつける研究を行ってきました。
具体的に、どのような内容を研究されてきましたか。
私が分析しているのは、私たちはなにを基準に物を購入しているかということです。
現代は、物が溢れている時代です。お店に行けば自分に適したサイズの服が展開されていて、多種多様なデザインから選ぶことができます。それでは、そこでどのような選択がなされているのでしょうか。
鍵となるのは「感性価値」です。これは物に対して感動したり共感したりする付加価値を指す言葉です。その感性価値こそが、購買意欲の背後にあるものだと考えています。感性価値の実態を明らかにすることができれば、多くの人にとって価値ある物を作ることができ、世の中をより良くするのではないかと思い、研究を続けています。
さまざまなファッション研究の方向性がある中で、「繊維工学」や「感性工学」に注目した理由を教えてください。
ファッションというと、人それぞれ嗜好が違いますし、それこそ個性を表現するものだと考える人が多いと思います。そうなると、一人ひとりに合わせたオーダーメイドでしか服は売れないはずですよね。
でも、実際に私たちは既製服の中から好みの服を選んでいます。
ということは、個人の感性は違っても、ある程度の共通性があると言えるのではないでしょうか。その共通性の中で、人がある服を欲しがる理由はなにかと考えたとき、私は美しさやエレガントさといった「感性価値」を持つ服が購入されているのではないかと考えました。
そこで、感性を情報化する研究ができれば面白いだろうなと思い、研究に進んだのです。

感性をデータとして見せる

「感性を情報化する」とは、なかなか難しそうな作業ですね。
私が実験した衣服のゆとりの研究を紹介します。ゆとりの程度を調べ、美しさや購買意欲を掻き立てるデザインを調査しました。
ボディサイズを変更できるボディを用意して、同じサイズのジャケットを着用させました。ここでボディのバストやウエスト、ヒップなどの数値を複数用意します。すると、同じジャケットを着用していても、それぞれの部分でゆとりの程度が変わってきます。正面や側面から見ると、その差は歴然です。
ボディのサイズ変化によるジャケットの外観の違い Monobe, A., Kim, K. and Takatera, M. (2017), "Effect of the difference between body dimensions and jacket measurements on the appearance of a ready-made tailored jacket", International Journal of Clothing Science and Technology, Vol. 29 No. 5, pp. 627-645.
ボディのサイズ変化によるジャケットの外観の違い Monobe, A., Kim, K. and Takatera, M. (2017), "Effect of the difference between body dimensions and jacket measurements on the appearance of a ready-made tailored jacket", International Journal of Clothing Science and Technology, Vol. 29 No. 5, pp. 627-645.
実験に参加してくださった方々に、各ジャケットを評価してもらいました。すると、美しく見えたり、着心地が良さそうに見えたりというゆとりの範囲が、ある一定の数値内に収まることがわかりました。綺麗な分布が確認できたのです。
ジャケットのバスト部位におけるゆとり範囲 Monobe, A., Kim, K. and Takatera, M. (2017), "Effect of the difference between body dimensions and jacket measurements on the appearance of a ready-made tailored jacket", International Journal of Clothing Science and Technology, Vol. 29 No. 5, pp. 627-645.
ジャケットのバスト部位におけるゆとり範囲 Monobe, A., Kim, K. and Takatera, M. (2017), "Effect of the difference between body dimensions and jacket measurements on the appearance of a ready-made tailored jacket", International Journal of Clothing Science and Technology, Vol. 29 No. 5, pp. 627-645.
面白いのは、購入したいモデルはどれかと問うと、その範囲はさらに限定されることです。人それぞれ感性は異なっても、購入するとなると美しさへの共通性があるのです。
おそらくデザイナーさんやパタンナーさんは、そのゆとりを経験で理解しているのだろうと思います。しかも、それがある程度正しいのです。ですが、その経験値は誰もが有しているわけではありません。そこで非言語化された経験を情報化して、視覚的に把握しようと実験してみたら、思いの外、分析ができました。
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