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2021.06.30

Lingxiao Luo「ニット技術と3Dプリントの融合可能性を探る」

3Dプリンタは、アディティブ(additive)なツールとして機械産業や自動車産業にて用いられてきた。その利点の一つは、従来の加工法で生み出せなかった三次元の形状を、3Dプリンタを用いることで、形状を生み出せるだけでなく、さらにラピッドプロトタイピングが可能となることにある。そんな3Dプリンタの有益性を衣服に応用すべく、ニット技術と3Dプリンタ技術の融合の試み「AddiKnit(アディ・ニット)」を構想する、上海ベースのニットデザイナー、Lingxiao Luo(リンシャオ・ルオ)。彼女が2018年Royal College of Art(以下RCA)の卒業コレクションで発表した「AddiToy(アディ・トイ)」は、ゆるく編まれたニット生地に直接3Dプリントを施すことで、3次元構造をつくり出すことができるという。今回、彼女の構想するニット技術と3Dプリント技術の融合に関するこれまでの試みと応用可能性について伺った。

PROFILE|プロフィール
Lingxiao Luo(リンシャオ・ルオ)
Lingxiao Luo(リンシャオ・ルオ)

上海をベースに活動する、ニットデザイナー、アーティスト、研究者。ファッション修士(ニットウィメンズ)。RCAにて修士を取得後、COMME MOIやNIKE上海などのファッションブランドでニットウェアデザイナーに従事。変形可能なニットテキスタイルと4Dプリントのハイブリッドテキスタイルの研究を行う。

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「AddiToy」はどのようにして生まれたのか

まず、AddiToyの制作プロセスや着心地について教えて下さい。

基本的にAddiToyで行ったことは、通常の服とそれほど変わりません。というのも、通常の衣服を制作する際には、サポートパーツや固定パーツなど、硬い素材を使用しているからです。例えば、厚みのある素材や生地を使っていれば、ある程度の硬さは出てしまうこともあるでしょう。そのため、他の服とそれほど変わらなく、また洗濯することも出来ます。

そして、ファブリケーションのプロセスは、まず生地を編んでから、それを3Dプリンタに持ち込んでプリントをして生地が出来上がります。しかし、そもそも始めにどのような結果にしたいのかを想像してから、3Dプリントを施すことになるので、ニットの構造を詳しく設計する必要があります。他には、3Dプリントのためのモデリングも必要になってきます。例えば生地は編めたものの、3Dプリントに適していないと判明した場合には、編み構造もしくはモデリングを変更するなど、常に全体を通じてプロセスは柔軟に変更していました。そのこともあり、プロセスに縛られることもなく、逆に特定のプロセスやステップを踏まなければならないといった制約もなかったので、たとえ時間がかかっても楽しむことができました。今後はこの学びを生かして、ウェアラブルなものだけでなく、インテリアやイラストといった別の表現に立体的な表現を組み込むことも考えています。

もともと女性服を専攻していたということですが、3Dプリント技術とニット技術を融合した技法を開発するきっかけは、何であったのでしょうか?

3Dプリンターを使ってみようと思ったのは、London College of Fashion(ロンドン・カレッジ・オブ・ファッション、以下LCF)での修士課程の始めにLCFのラボを見学し、そこでメッシュ生地に3Dプリントしたサンプルを見て「なぜニット生地ではダメなんだろう」と考えたことがきっかけでした。そして研究を始め、サンプルがいくつか出来た時にそれらを持ってRCAの教員にプレゼンテーションをしたところ、その翌年から幸運にもRCAで修士過程を始めることが決まったのです。私はその時、「よし自由に好きなことができる場所を見つけた」と夢を見ているかのような気持ちでした。

しかし実際には、ファッション学科では私以外の殆どのクラスメートはニットウェアに専念していました。もちろん、ニットの技術自体には、多くの可能性があります。そのため、ニットに全く違うものを加える必要があるのかという点に関して、私は常に講師やニットの技術者と議論する必要がありました。正直なところそれはとても大変で、3Dプリンタの使用許可を得るために彼らを説得するのは骨が折れました。というのも、ニットそのものは編むのに時間がかかりますし、3Dプリントも決して速いとは言えないため、結果としてプロセス全体ではより時間がかかってしまうからです。そして時に成果物は他の生徒と比べて少ないこともあり、講師や技術者たちに私の取り組みをなかなか理解してもらえませんでした。さらに私は、最終成果物である服そのものではなく、サンプルを作りに集中していたこともあり、幾度か諦めかけたこともありました。

しかし卒業コレクションの発表の直後、メディアや展示の誘いが来たことをきっかけに、ファッションデザイナーの典型的な成功パターンである、ファッションウィークへの出展、一流のお店での販売、SNSの活用などを行なっていなくとも、他の可能性があると身を持って知れたことはとても幸運だったと思います。振り返ってみて言えるのは、どれだけ制作の過程が大変だったろうと、諦めないでよかったということですね。

AddiToy
AddiToy
常に新しいことを学ぶ姿勢は何が可能にしているのでしょう。

私は個人的に、何かを学ぶこと、新しいことをするのが好きなんです。ニットの技術に関してはまだまだ勉強している最中で、来月には工業用の平編み機プログラムのクラスを受講する予定です。私はすでに多くの機械を扱ってきましたが、どうやってプログラムを組むかについてはまだわかりません。なぜなら、デザイナーのように産業用機械を扱いたい場合は、技術者にアイデアを送ってやってもらえばいいからです。しかし、プログラムがどのように機能しているかを知らなければ、何ができるかを想像することはできませんよね。さらに近い将来、工業用機械を購入することも考えているので、学ばなければならないと考えているのです。

ひとつ前の話に戻り、ファブリケーションプロセスについて、3Dプリンタのフィラメントとニット生地はそのままくっつく、ということでしょうか?

これはニットの構造とフィラメントの種類に依拠します。基本的に、TPUのようなそれ自体がかなり粘着性のあるフィラメントを使っている場合は、どんなニットでも、テキスタイルの表面に張り付くので、ニットの構造にそこまで注意を払う必要がありません。またニット生地の表面が滑らかであろうとなかろうと、織り生地のように完全に滑らかなわけではなく、多少の粗さがあるので、フィラメントをキャッチするのに適しているのです。しかしPLAのようなフィラメントを扱う場合は、フィラメントが通るように、ニットの構造を工夫する、例えばルーズな構造に設計する必要がありますね。

つまり、適切なニットの技術とフィラメントの組み合わせの化学反応のような構造がそこで起こっているということですね。まさに最終的に服として完成に至るまで、数々の実験を行なったのではないでしょうか。

そうですね、大学にあるほぼ全ての種類の糸をテストしました。糸によっては3Dプリントの最中に高温に耐えられず燃えてしまうこともあるからです。さら毛羽だっていたり、ザラザラしている場合は、プリント中に引っかかる心配もあるので、適切な糸を選ぶための実験も行いました。

となると最終成果物を作成するまでに、数々の新しい学びがあったのですね。

3Dプリンタの使い方や、Rhinoソフトウェアの使い方などは、(LCFのラボで)簡単な説明を受けただけで、きちんと体系的に学んだことはありませんでした。自分のマシンを手に入れて使い始めてから、学ぶことが多かったように思います。時には壊れてしまうこともあったため、修理の仕方もそこで学びました。(笑) しかし実際に使用し始めて回数を踏むと、想像していたよりも難しくなかったことに気づきました。これは3Dプリンティングの技術自体が、そもそも簡単にプロトタイピングを可能とするものであるために、機械自体の設計もまた、ユーザーがすぐに使いこなせるように単純化されているからだと思います。

私個人としては、デザイナーが自分が慣れ親しんだものと何らかのテクニックとを組み合わせて勝負したいとなれば、まず自分で学ぶべきだと考えています。そのため、RhinocerasやCLO3Dなどのソフトウェアに関して言うと、決して私はこれらの専門家ではなく、むしろ正直に言うと必要なことを少し学んだだけです。もちろん、もし自分が構想していることが自分だけの力で実現できないとなれば、その道の専門家を探して手伝ってもらうことを考え始める必要もあるでしょう。

スタジオ立ち上げの構想

2020年のInternational Design Award主催のCovid-19 Design Innovation Grantにてファイナリスト選出された、AddiToy Maskはどのような経緯で、開発に至ったのでしょうか。

このプロジェクトはコロナウィルスの感染拡大が中国国内で起こった際に始めたものです。当時、私は四六時中家にいたのですが、日々目にするニュースや写真で、人々がマスクを購入するのが難しく、ビニール袋やペットボトルを工夫して自分でマスクを作っている姿を目にしました。そこで私はデザイナーとして何ができるのかを考えた結果、AddiToyをマスクに発展させることが頭に浮かんだのです。マスク不足を解消させるだけでなく、マスク本体が再利用可能に、また、その製造過程をより持続可能にすることはできないのか、と考えを巡らせました。さらに製造過程と製品の注文プロセスがよりインタラクティブになることも心がけました。顧客がアプリを使って好きな柄や色を選択、その後製品が手元に届くといった仕様です。これはAddiToyのみならず、衣服やアクセサリーでも応用していきたいと考えているのですが、これを実現するのは簡単ではありません。なぜなら、私が知っている3Dプリンタのサプライヤーは、機械やプロトタイピングの開発に力をいれているため、日常生活での使用を前提としてはいないように思います。これは中国だけではなく世界中で起きていることで、日常生活で使えるようにはどうすればいいのか、これは大きなテーマであると考えています。今後、私のスタジオでは、工業用の編み機をはじめに、3Dプリンタなど他の必要な機材の設置も予定しているので、オーダーメイドで制作を行っていきます。

AddiToy Mask
AddiToy Mask
スタジオを作られるのは上海だということですが、その周囲の環境はどうでしょうか。

私はこれまで、中国の様々な都市に住んだことがありますが、なぜ上海を選んだかというと、上海の発展がとても速いからです。ファッション業界や繊維業界はもちろんのこと、さまざまな分野のデザイナー、アーティスト、メディア関係者など、さまざまな人が上海に集まってきているので、コミュニティが素晴らしいのです。私のクラスメートや友人の8割以上はここに住んでいると思います。また、ギャラリーや美術館もたくさんあるので、どこにいてもインスピレーションを得ることもできるように、基本的には非常にクリエイティブで新鮮な環境があるのです。ですので、むしろ、私がここを選ばない理由がなかった、とも言えます。

さらに産業の側面としては、上海周辺の都市や工場は、アーティストやデザイナーの拠点として、とても強固なものであるため、彼らのおかげで私たちは望むものを生み出すことができるのです。最近、いくつかの工場と知り合ったのですが、彼らはデザイナーに友好的だと感じました。というのも、3~5年前は、デザイナーに影響を与えるような工場はなかったと思うんですよ。なぜなら当時の工場は、常に大量の製品を生産したいと考えていたからです。しかし最近では、彼らは考え方を変え始め、デザインが重要な行為であり、大量生産だけではなく、先に進むための助けとなるものだと考えています。そのためデザイナーと協力して、例えばミニマムの注文数を減らす工場も増えてきました。以前では最低100着と言っていた工場も、今では10着や20着という数から受け入れてくれることもあり、これは大きな進歩であると考えています。

AddiToy Maskの制作フロー
AddiToy Maskの制作フロー
スタジオの立ち上げは、どのように進んでいるのでしょうか?

ロンドンから帰国後、国内のブランドでニットウェアデザイナーとして働く機会を手に入れ、まずは業界に足を踏み入れてスタジオの基盤となる、サプライヤーとの関係を築くなどを先に行っていました。そして、アメリカでの博士課程の準備を進めていた矢先、コロナウィルスの感染拡大を受け、進学が難しいことがわかりました。そこで、当初と計画を変更、研究の予定を一度延期させ、デザインスタジオを通じて以前より構想していたことを先に実装させようと決めました。

スタジオは、他のデザイナーへ、周囲のコミュニティに向けたものにしようと考えています。先ほど述べたように、最近の上海のファッションコミュニティは急速に成長しています。沢山のデザイナーがニットを扱いたいと思っていても、どこに工場やサプライヤーがいるのか、そもそも誰に頼むべきなのかといった、ニットの専門的な知識を持っていなければ、この分野の専門家が彼らを助けなければなりません。ですから、私のスタジオの目的は、自分のアイデアの実装のためであると同時に、ファッションデザイナーだけでなく、インテリアデザイナーやアーティストなどと協働する環境を創ることにあるのです。

AddiToy Maskのアプリ
AddiToy Maskのアプリ
AddiToyの技術の今後の応用可能性はどのようなものが考えられるのでしょうか。

最近では、中国国内の人々が持続可能性を理解し意識し始めている兆候を見ています。これまで中国は大量生産で有名で、人々は常に安いものや流行のものを追いかけていましたが、新しいデザイナーの出現や市場が教育された始めたことで、「長く使える品質の良いものを買わなければ」、「サステナブルな方法で製造されたものを使わなければ」という意識が拡大してきました。このようなニーズがあったこともあり、注文から製造過程までを管理するプラットフォームを構築することにしたのです。現在の計画では、注文に応じて製品を作り、製品のラベルには製造中に発生した廃棄量を示すことと、実際の廃棄物を同封して発送する予定です。これを通じて、人々に持続可能性の重要性を伝え、今後こういった取り組みがより促進される社会を実現するのに貢献できればと考えています。

さらに、3Dプリントのようなファブリケーションの可能性を広げていけば、将来的にはもっと新しいものが生まれてくるのではないのでしょうか。現在の3Dプリンタはプロトタイピング使用が主ですが、製造のために作られた場合はどうでしょうか。量産ももちろん可能となるはずですが、3Dプリンタで生産された製品をより簡単に購入できることも可能になるでしょう。このようなビジョンが3Dプリンタの発展を後押しできればと考えています。

デザイナーとして

マルチに活動をされていますが、デザイナーとして重要視していることはなんでしょうか。

デザインは他の職種とは全く異なり、実際には全ての中間に位置していると思います。 例えば、アーティストのように自分を極端に表現できるわけではないし、研究者のようにテーマに集中するわけでもありません。デザイナーは、美的感覚から製造技術まで、あらゆることのバランスを取らなければなりませんし、サプライヤーや顧客との交渉もしなければなりません。ですから、デザインは問題を解決する役割を担うというのが近いと思います。だからこそ、デザイナーとしての難しさはあるとは思いますが、その一方でこれを私はとても面白いと思っています。どうしても何かを表現したいのであれば、アーティストとして作品を作るときもあります。また、学術的なことに取り組みたい時は、研究者として取り組むこともあります。しかし、その中間にいるのがデザイナーであると思っていて、その双方を持ち込むことができる点が非常に面白いと思っています。

AddiKnit
AddiKnit
卒業後デザイナーとして活動していくなかで実感したことはありますか。

私が学生だった頃は、業界について学ぶのはとても難しかったです。学校では、クラスメートや講師と協働しながら興味のあることに取り組み、試すにはとても良い環境であった一方で、卒業して実際に業界に足を踏み入れると、工業用の機械、予算といった様々な事を知ることになります。言うなれば、現実を直視しなければならなくなる、ということです。

私の考えでは、ファッションデザインは他のデザインとは異なる点が多くあり、例えばファッションデザインはプロダクトデザインとは異なり、自分自身を表現し、他とは違うものを見せることが重要であるといった点があります。だからこそ、ファッションデザイナーが実際に業界に入って服を作るのは難しいのだと思います。一方で、私自身はいつも様々なことに興味を持っていたので、少し違ったように思います。特にニットの場合は、業界に入らないと何も学べないのです。学校では手編みのような家庭用の機械を使うなど、手で実際に機械を動かす必要がありましたが、業界は全く異なり、皆、工業用の機械を使っています。だからこそ、私はまだまだ学ぶことがたくさんあり、学校を卒業したものの、日々沢山のことを学んでいるのです。

AddiKnit
AddiKnit
ニットと3Dプリントを融合する技術の応用可能性とご自身の今後を、どのように考えているのでしょうか。

ニットだけでなく、3Dプリントを業界に提供すること、そして3Dプリントを新しい分野に応用することを目標に据えています。ニット技術は伝統的で、その技術は非常に発達しており、今ではどんな種類の衣服でも作ることができます。しかし、家具や家の場合はどうでしょうか。複数の学術研究機関では、ニットを建築に応用する方法を研究しています。このようなことから、私はこれまでに学んだことを、より広い可能性に向けて活用することを考えています。そして、最初はファッションデザイナーとしてスタートし、3年後、5年後にはこれらの分野に何らかの影響を与えることができればと思っています。


AddiToyマスクは、この夏一般向けに販売を開始するという。興味心から研究を開始し、今も好奇心を絶やさず、常に学びながら成果を生み出すという彼女の姿勢は、今後どのように上海の若手デザイナーのランドスケープを変えていくのだろうか。

Text by Hanako Hirata 

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