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【リレーコラム】「自分のため」の「多様な美」?:ファッションの「ままならなさ」を考える(小口藍子)

PROFILE|プロフィール
小口藍子
小口藍子

お茶の水女子大学ジェンダー学際研究専攻博士後期課程1年。専門は社会学、ジェンダー研究、男性/男性性研究。現代日本社会での、メンズメイクや脱毛を始めとする男性の美容行動に関心を持ち、研究を行っている。

「とってもお似合いです! 細くていらっしゃるから、やっぱり様になりますね」
「お客様は二重なので、アイシャドウの色が映えて素敵です!」

服の試着室であれば、体型の細さ。化粧品のカウンターなら、二重のまぶたや肌の白さ。商品を勧めるコミュニケーションの一環で、商品をまとった身体のうちの「一般的な美の基準」にたまたま合致している部分を褒められることがある。大抵は曖昧に笑って流しているが、何ともいえない居たたまれなさ、疲労感を覚える。

「画一的な美」から「多様な美」へ

このような「褒め言葉」に私が感じる居心地の悪さは、そこから「細い身体に、色白で二重のまぶたの顔が望ましい」という容姿をめぐる規範が読み取れることに起因するだろう。しかし近年、フェミニズムの潮流やLGBTQ+を始めとするマイノリティの権利運動とも相まって、「画一的な美」を脱却し「多様な美」を尊重することが提唱され始めている。
大学院生の筆者に身近な例を挙げれば、ここ数年でいくつもの大学のミス・ミスターコンテストが廃止されたり、実施の在り方が見直されたりしている。(1)美容産業の広告からも、同様のメッセージを見て取ることができる。カネボウ化粧品の「KATE」は「自分を縛る、ルールを壊せ」というフレーズを打ち出し、次のように続ける。

「はみ出しちゃいけない」という、同調圧力。
「私はこういうタイプ」という、自己暗示。
「女らしく、男らしく」という、固定観念。

様々な「既成概念の檻」からぬけ出して、自由になっていい。
誰のためでもなく、自分をもっと好きになるために。
そう、KATEは信じる。(2)

押し付けられた基準に沿うのではない、「誰かのためでなく、自分のため」の多様なファッションの在り方。そこには「女/男はこうあるべき」などのルールから自由になる余地が、確かに存在している。その解放的な側面は肯定しつつ、一方で、「多様な美」や「自分のため」のファッション、という言説に、筆者は危うさも感じている。

放棄できない「美」

「美は多様だ」「どんな人も美しい」という言葉は私たち全員を、親切にも暴力的に、「美」のフィールドへと引きずり込む。藤嶋陽子は、多様な容姿を受け入れようとするボディポジティブの盛り上がりが、画一的な美の基準に抗いながらも別の美の基準を作り出していることを看破する。「スリムな女性よりもふくよかな女性が魅力的」という言葉が打ち出されることは結局のところ、美の基準を維持し、それに縛られ続けることを指す。
「『みんな平等に美しい』のだったら、そもそも身体像に美しさという尺度を適用しつづける必要はあるのだろうか」(藤嶋 2020: 304)。
さらに藤嶋は、美が多様化されていくことが、ファッション産業によってマーケット戦略へと転化されることをも指摘する。「ファッションを駆動させていくために、美という基準は放棄できない」(藤嶋 2020: 305)。まさしく上の「KATE」の広告のように、「多様な美」がファッション・美容産業と共犯関係であることは、否定できないだろう。(3)
また筒井晴香は、「多様な美」がファッションにおいて称揚されることに、容姿の美が「身体」から「能力」へとシフトする動きを見出す。「頑張ればだれでも美しくなれるという余地が生じることで、頑張らないでいることに、より積極的な理由が必要になってくるのである」(筒井 2021: 192)。「美を放棄することを許さない構造」(藤嶋 2020: 305)は、容姿やファッションで「多様な美」が実現することを褒め称えることによっても、強化されるのだ。

「自分のため」はあり得るか?

そして、多様な美を「誰かのためでなく、自分のため」に追求することは、果たして可能なのだろうか。私は私のためだけに装っている、と言い切れる瞬間は、本当にあるのだろうか。「誰かのため」と「私のため」は、くっきりと分けられるものなのだろうか?
これを考えるにあたって、磯野真穂による「自分らしさ」の議論を参考にしたい。磯野(2022: 163)はメディアに氾濫する「自分らしさ」の言説を分析し、「自分らしく」あるためには①大勢の価値観に対して抵抗したり、違う道を選択したりすること、②その選択が、他者からの強制ではなく、「他ならぬ『私』がこれをしたい」という意思のもとになされていること、の2つが必要だとする。
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