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【リレーコラム】街の神秘と愛着(菅原慧祐)

PROFILE|プロフィール
菅原 慧祐
菅原 慧祐

一橋大学社会学研究科所属。専攻はミシェル・フーコーの哲学、ポピュラーミュージックの技術史、現代アナキズム。

このテクストは2010年に原書が刊行されたジョン・ホロウェイ『革命:資本主義に亀裂を入れる』(邦訳2011, 河出書房新社)に繰り返し登場するある女性に触発され書かれることとなった。
彼女は一人の労働者である。しかしある日ふと仕事をずる休みして近くの公園に向かう。彼女はベンチに座り、本を開き、静かにページをめくり続ける。現行社会の形成を担う労働者たちが、他ならぬ自らが作り手として取り込まれているこの世界を作り維持することを止めることによって、新たな社会の端緒が開かれる。この、『権力を取らずに世界を変える』(2009)より繰り返し論じてきたホロウェイ的社会変革のプランの体現者として、仕事をサボり公園で本を読む彼女は描かれている。
ここで一つ問いを投げかけたい。彼女はなぜ公園に向かったのだろうか。ホロウェイにとって社会変革の糸口そのものである公園での読書は、どうしてその公園、、、、でなされなければならなかったのだろうか。
わたしは服を買わない。服が嫌いなわけではないが、積極的に服を買おうと思うことが少ない。そんなわたしでももちろん服を買うことがある。
わたしは友人とするあてどない散歩が好きだ。人かどの詩人である或る友人の一人は、詩と同じくらい服を愛している。わたしは彼との散歩の過程で服を買うことが多い。
彼と一緒に街を歩く。駅を出てすぐに商店街があって、アーケードを脇に入った裏路地にはたくさんの古着屋がひしめいている。友人に誘われその中の一軒に入り、陳列された服をぼんやりと眺める。
店を出てまた歩く。本屋に寄ったり楽器屋に寄ったりしたのちにまた服屋に入る。わたしは特に意味もなくハンガーに吊るされたいくつものシャツを見ている。シルバーアクセサリを物色していた友人がふとやってきてわたしに言う。「このシャツ、似合うんじゃないの」。
わたしはフィッティングルームへと向かい試着する。悪くない、、、、、いや、なかなか良い、、、、、、。わたしは白を基調としたイタリア製のポリエステルシャツを購入することを決める。レジで店員が微笑む。
「ポリシャツ好きなんですか?」
「はい、結構好きです」
「これ、70年代のシャツなんですけど相当状態良くて。ただ、みんなポリシャツ買わないから……。これも倉庫にしまおうかと思ってたんですよ」
会計を済ませて店を後にする。その後も友人に連れられて幾つかの服屋に入る。だいぶ歩いたところで商店街にある中華料理屋に向かう。青島ビールを飲みながらの談笑の最中でふと今日買ったシャツの入ったショッパーが視界の片隅に入る。それは会話を止めたり話題の中心になったりするような強い印象を痛飲中のわたしに与えはしなかった。しかし、わたしは次またこの街で散歩する時にはこのシャツを着てこようと思う。
以上はある日の散歩を素描したものだ。この中に服の選択にとって、あるいはより広く、何かを選び取り行動する際の秘密と肝要があるように思われる。
服を吟味するフィッティングルームの中で、わたしは常にある街の姿や共に歩く友人の姿を想いながら試着を行う。この服を着ながらこの街を歩く自分の姿に、この服を着ながら友人の隣を歩く自分の姿に想いを馳せながら服は選びとられる。服は常に街の風景の一部であり、また誰かとの関わりの中で着られる。わたしはわたしではないものたち——猥雑な商店街、静かな裏路地の空気、冗談の好きな詩人——との結びつきの中で生を営む。
その意味で、服選びとは、物や者たちという様々な要素によって織りなされている生を彩るような服を選ぶことに他ならない。「悪くない、、、、、いや、なかなか良い、、、、、、」とわたしが一人ごちるとき、わたしはこの世界を彩るような服と出会った。
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