2022.11.23

【リレーコラム】キンシャサの伊達男たち「サプール」に学ぶ、自慢と自己満足の大切さ(昼間賢)

PROFILE|プロフィール
昼間賢
昼間賢

東京理科大学教養教育研究院教授。フランス語フランス文学、芸術学、音楽文化論。主著『ローカル・ミュージック 音楽の現地へ』(インスクリプト、2005年)。共著『異貌のパリ 1919‐1939 シュルレアリスム、黒人芸術、大衆文化』(水声社、2017年)など。訳書に、アンドレ・シェフネル『始原のジャズ アフロ・アメリカンの音響の考察』(みすず書房、2012年)、ピエール・マッコルラン『写真幻想』(平凡社、2015年)など。

アフリカ大陸の中央部から南部にかけて、コンゴという名の広大な土地が存在する。その大半は熱帯雨林だ。そこに、今日ではコンゴ共和国とコンゴ民主共和国(旧ザイール)が国家としてある。

前者の首都はブラザヴィル、後者の首都は大陸有数の大都市キンシャサである。実に様々な人々の話す言語は、数え方によっては200を超えるという。したがって、19世紀後半から同地を植民地としたフランスとベルギーの言語であるフランス語が唯一の公用語として今日でも機能している。

イギリスのビール会社ギネスが2014年に制作した映像「The Men inside the Suits / Sapeurs」では、キンシャサの街中を、ひときわ目を引く男たちが闊歩している。サプールだ。原色を思いきり使った派手な色調の、それでいて、コーディネイトに使える色は3色(3系統)までと決められているように、その姿はすっきりとおしゃれで、独特の品格が保たれている。

画像: ©︎SAP CHANO 提供元 サプール協会日本支部
©︎SAP CHANO 提供元 サプール協会日本支部

1960年にベルギーから独立したものの、それから今日までずっと内戦や政情不安が絶えない世界有数の資源大国で、彼らの放つ異彩は強烈だ。日本でも10年ほど前からその存在が話題になり始め、2014年にNHKの紀行番組で現地の様子が紹介されてからは、日本の写真家、茶野邦雄の著書が二冊、サプールの活動を最初に世界に知らしめたイタリア人カメラマン、ダニエーレ・タマーニの著書が二冊、そしてイギリスの写真家、タリーク・ザイディの著書が一冊(邦訳)出版され、大小様々なネット記事とともに、コンゴのサプールは注目を集めている。

筆者自身は、20年ほど前にフランスに留学し、パリに4年半住んだことがある。その最後の時期を、ブラック・アフリカの人々が食料や衣料を求めて集まってくる18区のグット・ドール地区の近くで暮らした。彼ら彼女らの真っ黒な肌には、色とりどりでどぎついデザインの服がよく似合っていた。

男性特有の、ちょっと気取った歩き方。女性特有の、腰から下をゆったりと揺らしながら歩く歩き方。固有の肌だけでなく、身体の動きが衣服と一体化していた。ファッションとは本来そうしたものなのかもしれない。

音楽好きだった筆者は、日々の散歩の合間に、地区のあちこちから聞こえてくる音楽の断片に聞き入った。もちろん、今日のサプールたちの模範となったキンシャサの英雄、パパ・ウェンバ(1949-2016)の轟くような歌声も。

ジョルジオ・アルマーニのスーツを愛用した「ルンバ・ロックの王様」は、1980年代のワールド・ミュージックの流行に乗って成功し、フランスに定住。経済的指標からは世界最貧国の一つに数えられる故国の人たちに誇りと慰安と希望を与えていた。

そして2000年代の音楽ファンであれば、Konono Nº 1(コノノ・ニュメロアン)やStaff Benda Bilili(スタッフ・ベンダ・ビリリ)に導かれた通称「コンゴトロニクス」の強力なサウンドに触れたことがあるだろう。

長老ミンギエディ操る電気リケンベ(コンゴの親指ピアノ)の連打が延々と続くコノノの音楽は、華やかでサービス精神旺盛なウェンバの音楽とは一見対照的だが、ある一点では間違いなく同じ特質を有する。それは、目立つことだ。大都市の雑踏の中で、音楽性云々ではなく、いかにして競合するグループより目立つか。注目を集めるか。

コノノの出現に色めきたったジャーナリストたち、たとえば音楽評論家サラーム海上によれば「ミニマル・テクノやシューゲイザー・ロック、古くはヴェルヴェット・アンダーグラウンドやモロッコのジャジューカなどがもたらしたのと同様のサイケデリックでトランシーな酩酊感」の由来を探ろうとする人々に対して、ひたすら「大きな音で」「大音量で」踊りたかったからと、単純な説明を繰り返すマワング・ミンギエディ(1933-2015)は、グループの中でただ一人、サプールのような格好で演じていた。

ショッキングピンクや白のシャツにハンチング帽が、彼のしるしだ。同類のイミテーターやフォロワーに対して決然とナンバーワン、グループの中でもナンバーワン。

画像: ©︎SAP CHANO 提供元 サプール協会日本支部
©︎SAP CHANO 提供元 サプール協会日本支部

サプールとは、フランス語の俗語で服という意味のサップを身に着ける人という意味だ。現在のサプールは、その語に合わせて、直訳すれば「雰囲気を盛り上げる人たちと優雅な人たちの協会」となるSociété des Ambianceurs et des Personnes Élégantes略称SAPEを名乗っている。

フランス語教育を生業とする筆者は、出自は不明とされるサップという語について、第一次世界大戦直後の1919年に最初の使用が確認されることを興味深く思う。そしてサプールという語の登場が1926年であることを。

ちょうどその頃、史上初のサプール的人物がブラザヴィルでされて目撃されているからだ。してみると、サプールは、戦争と平和が共存する時空を一世紀近くも生き抜いてきたことになる。

彼らは言う。おしゃれに力を注げば、争いは避けられると。きれいな服を汚したくないから争わないと。争いは、サッカー選手のように同じ服を着てするものだと。この美学、実に素晴らしい。

しかし、サプールが時に年収以上のブランド物を、借金してまで購入することを知ると、それが立派な争いであり、もう一つの闘いでもあることが見えてくる。私たち部外者はつい、サプールの生き様にlove&peaceのメッセージを見受けるが、実際には、それも戦争と平和の緊張感の中で、より切実に、と思い直すべきだろう。

サプールたちは、よく会合を開く。集まりに出るには、各会員それぞれの狙いを考慮しなければならない。会合は各人の品評会であり、偽物や盗品を着ていないかの検査会でもあるという。その面では競うことが必要である。

結局のところ、争いは良くないが、競い合いは大事なことだ。自分の能力を技に込め、競い合うこと。競技。日本語の競技より、音楽用語でもある英語のplayのほうがわかりやすいか。遊びから競い合いへ、競い合いからまた遊びへ、双方の境界は音楽のように、刻一刻と変化する。   

遊びである限り、争いにはならない。競技には健全な誇りが伴い、そのための構えを、独特のアティチュードを形づくる。通常は勝ち負けのつかない競技としてのサップは、冷静に見ればただの自慢だ、自己満足だ。
   
ただし、それは滑稽なまでの努力の賜物であり、滑稽でもあるからこそ、驚異と揶揄の入り交じった率直で芸術的な讃嘆を、彼らは受け取る、受け取る資格がある。非難せず、自慢すること。他者からの承認を待ち望むのではなく、他者との交流において臆せず自己満足すること。サプールの教えは、簡単なようで、難しい。

サプール協会
https://sapeurjp.com/

TOP画像:©︎SAP CHANO 提供元 サプール協会日本支部

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