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【リレーコラム】「キモノ・クライシス・スーパーピンチ―時代劇衣裳とファッション―」(太田梨紗子)

PROFILE|プロフィール
太田梨紗子(Ota Risako、おおた・りさこ)
太田梨紗子(Ota Risako、おおた・りさこ)

神戸大学大学院人文学研究科博士課程在籍。日本美術史学研究者。専門分野は近世・近代京都画壇の絵画と工芸(染織)。日本絵画と映像の研究も行う。「日本漫画映画の生成を担ったもの―政岡憲三と京都における近代絵画の観点から」(前川 修・奥村 弘編『マンガ/漫画/MANGA—人文学の視点から』2020年、神戸大学出版会)など。

2020年と2021年は、印象の深い年であった。コロナ禍なので誰もがそうだと返されそうだが、時代劇映画の衣裳を研究する私にとって、2020年は東京国立博物館で「きもの展」、2021年は国立新美術館で「ファッション・イン・ジャパン 1945-2020―流行と社会展」が立て続けに開催されたからだ[1] 。「きもの展」は小袖の誕生から現代きものまでその流れを辿ろうと試みてはいたが、イッセイミヤケなどきもののフォルムやデザインを積極的に取り入れた洋装は組み込まれず、一方の「ファッション・イン・ジャパン展」は洋装が中心で、和装はほとんど出てくることがなかった。東京国立博物館と国立新美術館というそれぞれの館の特性の違いもあいまって、きものは博物史を飾る伝統衣装であり、現代社会においてもはやファッションではないと戦力外通告を受けた気分だった。
しかし「ファッション・イン・ジャパン展」が対象にした1945~2020年のうち、50年代に間違いなくきものはファッションであり、社会の真っ只中にいた。
その証しを、時代劇映画の衣裳から見ていこう。
「時代劇スタアのドレス拝見」という1958年の雑誌の特集がある[2] 。この見出しからは、てっきり時代劇スターの私服を見るコーナーのような印象を受けるが、ここでのドレスは映画のきもの衣裳を意味する。そして見出しはこう続く。「『旗本退屈男』は単なるチャンバラ映画ではありません 奥さまやお嬢さま方のためのファッションショーでもあるのです!」
時代劇がファッションショー。ミレニアル世代とZ世代のはざま生まれの筆者にとっての時代劇は『水戸黄門』である。あるいは『必殺仕事人』。祖母とチャンネルを奪い合い、遂にリアルタイムで見ることはなかった年末の『忠臣蔵』。どこにもファッションを感じたことなどなかった。一体どういうことなのだろうか。
特集では、『旗本退屈男』(東映)シリーズの映画衣裳のあれこれを衣裳担当者の三上剛に聞き出す形をとっている(ちなみに『退屈男』は「天下御免の向こう傷!」という台詞が有名な、50年代を中心に数十作も作られたチャンバラ時代劇シリーズだ。80歳以上のご老人に尋ねるとみんな物まねを披露してくれるので試してみて欲しい)。
『退屈男』の衣裳について、
「ある作家がいつか“東映の時代劇は、チョンマゲをつけた現代劇だ”とおっしゃったのですがね。正にその通りで近代的な柄なりセンス(感覚)を、チヤンと時代劇の衣裳にも盛り込んでいこうというのが私たちみんなの一致した狙いなんです」
と三上は述べる。その甲斐もあってか、「何しろ、出てくる衣裳だけを観にいらっしゃる観客もいるというぐらいですから…」というほどだったらしい。三上はさらに、
「時代の流行には、私達は常に敏感ですよ。むしろ世間の流行よりも一歩先に立って、スクリーンの上にこれからのモードを創造して行くのです」
とまで豪語する。想像してみよう。アンリアレイジが衣裳を担当した時代劇。リトゥンアフターワーズが衣裳を担当した時代劇。マメクロゴウチが衣裳を担当した時代劇。サカイ、アンダーカバー、ジュンヤ・ワタナベ、ケイタマルヤマ…見たい。ランウェイは八代将軍・冨永愛でお願いしたい。筆者の空想はさておき、特集の記事を読むかぎり、きもの衣裳では最新の洋装生地も使用したらしい。昔の時代劇は、私たちが思っている以上に自由で楽しそうだ。
そうした当時のきもの衣裳のモードを垣間見ることのできる展覧会が今年開催される。「甲斐荘楠音の全貌展」(京都国立近代美術館:開催中~4月9日、東京ステーションギャラリー:7月1日~8月27日)だ[3] 。筆者の研究対象である甲斐荘楠音(かいのしょう・ただおと、1894-1978)は、大正時代に美人画で人気を博した画家で、その後映画の衣裳考証家に転身し、溝口健二監督『雨月物語』(大映、1953年公開)では米アカデミー賞白黒衣装デザイン部門にノミネートされた。また、先ほど述べた『旗本退屈男』で甲斐荘は三上剛の指導役として衣裳考証(デザイン)を担い、豪華絢爛な衣装を創造した。本展では甲斐荘の絵画作品とあわせて、当時「これからのモード」であった『退屈男』のきもの衣裳が展示される。時代劇は黄金時代の代表といっていい甲斐荘デザインのきものが披歴されるのだ。彼が三上たち衣裳部スタッフと創り上げたデザインは実に自由自在だ。「考証」という言葉に惑わされてはいけない。古典柄から当時のモード、女性向けの柄を男性主人公の身にまとわせてジェンダーすらもかき混ぜきったリクリエーティビティには脱帽だ。映画撮影所のスタッフは美術学校の出身者も多く、彼らは旧弊的な画壇に馴染めず「はみ出し者」を自称し、その親分格が甲斐荘だったのだが、まさに「モードな反逆児」たちだった訳だ。
このような、きものが煌めく50年代と違い、現代のきもの業界は大変きびしい問題に直面している。先述の通り、社会におけるファッションとしての地位からすべり落ち、きものを着る人も減少している。時代劇自体もあまり見られることがなくなり、制作本数も減っている。そしてモードと時代劇は分かたれ、美的表現として現代の時代劇を見る向きも少ない。きものの明日は暗く、事業承継、労働賃金、需要と供給等々の問題が山積する。きものを好む人、きものを作りたい人、業界に悲観する人、業界を変えたい人たちの意識のすり合わせも大変だ。しかし、たった一人のスーパー・スターのような救世主の訪れを待つのではなく、これらの問題におのおのが向き合うしか打開の方法はないだろう。
その一つとしてまずはモードなきものの楽しみを多くの人々に知ってもらうことが必要かもしれない。そしてその中から、新たなきもの業界の担い手が増えることを願ってやまない。これからの日本のモード、これからのきものを考えるにあたって、甲斐荘展を一度のぞいてみてはいかがだろうか。

[1] 『きもの』展覧会図録、東京国立博物館・朝日新聞社、2020年。『ファッション イン ジャパン1945-2020―流行と社会』展覧会図録、青幻舎、2021年。
[2]「時代劇スタアのドレス拝見」『別冊近代映画』21号、近代映画社、1958年9月。
[3]「甲斐荘楠音の全貌展」の詳細は京都国立近代美術館HP:https://www.momak.go.jp/Japanese/exhibitionarchive/2022/452.html
または東京ステーションギャラリーHP:https://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition.html

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