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【リレーコラム】なぜピンクを着るのか ──「女性的」なものとの距離感(横山紗亜耶)

PROFILE|プロフィール
横山紗亜耶
横山紗亜耶

慶應義塾大学社会学研究科修士2年。2023年4月より日本学術振興会特別研究員(DC1)。社会福祉士、精神保健福祉士。専門は精神保健福祉の人類学。ピアサポートをはじめ、精神障害当事者による活動がいかにして健常者中心主義的な社会に応答しているのか、特にその戦略的側面を研究している。論文に「支援に「共感」って必要ですか?:絶望によるピアサポートをさざなみ会に見た」『精神看護』25(3)など。 
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私は毎日全身ピンク色を着ている。
するとよく聞かれるのが、「なんでピンク着てるの?」という質問だ。
「ピンクが好きだから」と答えると、質問者はしばしば不満そうな顔をする。そんなことを聞きたいんじゃないんだよとでも言いたげに。
彼らが本当は聞きたいことを、私はなんとなく分かっていた。
ピンクは、「好きだから」というだけの理由で──まして全身に──着る色ではないとでも言おうか。このような前提はごく一般的なものだろう。だから、なぜそれにもかかわらずピンクを着ているのかと私は問われていたのだ。
なぜピンクを着るのか。なぜピンクを着ることに理由がいるのか。
そこには、「女性」として生きる人々をはじめとする、現代社会とピンクの複雑な関係がある。

「女性的」な色

今日、ピンクは「女性的」な色として広く認識されている。
ピンク色との距離感は、いわゆる「女性的」なものとの距離感を表している(1)。だからこそ、難しい。
コラムニストのジェーン・スーは、自らがピンク色のイメージと同一化されることへの憤りを書いている。
「ピンク。あんなに自己愛の強そうな色はないでしょう?あんなに媚びて発情している色もない。あんなに『可愛さ』が画一的に記号化された色もない。(中略)『女と言えば、ピンク色』なんて言われているけど、私は女である前に人間です!」(2)
これほどピンクが嫌悪されるのは、それが「女性的」な人や振る舞いに対するネガティブで一面的なイメージとぴったり一致する色だからだ(3)
甘く可愛らしい一方で、表層的。目によく留まるが、それは悪目立ちしているにすぎない。自己中心的で、自惚れている。子どもっぽい。頭も弱そうだ。
その上、センチメンタルだ。あと、性的すぎる。本来はプライベートな空間に秘められ、家庭内の癒しにとどまるべきだ。仮に表に出るなら、立場をわきまえ、差し色として花を添えるのが好ましい。前面に出ると下品だ。
しかし、以上を全て勘定して控えめにすると、今度は媚びすぎている。全く無邪気なのも痛いが、計算高いのも受けが悪い。
ピンクとは、そんな色である。
そのため、ピンクとは適切な距離を取らなくてはならない。ピンクに近づきすぎると、「女性的」であることによって被る損失が増幅されかねない。

振り分けられた色

歴史的には、ピンクは「女性」に振り分けられた色である。
現在も、「女性」向けにマーケティングされた商品はピンク色であることが多い(4)
そもそも、ピンクが「女性的」な色だという認識を作ったのもまた、マーケティングであった。
歴史家のヴァレリー・スティーリーによれば、アメリカでピンクが「女性的」な色となったのは、1950年代頃だ。それまで、ピンクは男性にも愛用される中性的な色であった(5)
ピンクが「女性的」になるまでには、大きく2つの段階があった。
1つめは、1950年代アメリカで急増した専業主婦の間でのピンクブームだ。その火付け役は、専業主婦の鑑(かがみ)と言われていたマミー・アイゼンハワー大統領夫人だった(6)。当時、アメリカ郊外に建てられたマイホームのキッチンやバスルームは、こぞって彼女のスタイルを真似たパステルピンクに塗り立てられた。
2つめの段階は、1980年代アメリカで行われるようになった玩具や子ども服における青とピンクの色分けだ。子育てにおける心理学ブームも相まって、男の子は男の子として、女の子は女の子として、(そして、それ以外のジェンダーはないものとして、)早いうちから意識的に育てるべきだと考えられるようになった(7)
またジェンダーに基づく色分けは、きょうだい間の玩具や衣服の転用を防ぎ、売上を倍にするマーケティング戦略でもあった(8)
いずれの段階も、青色が男性や男児、ピンク色が女性や女児に振り分けられたというだけなら、(二元的ジェンダー観に限れば)無害かもしれない。
問題は、青色が社会的かつ理性的なもの、ピンク色が家庭的かつ感情的なものと結び付けられるようになったことだ。
例えば、青色のおもちゃには人々を救うヒーローや、街を作る車やブロックなどがあるのに、ピンク色のおもちゃは救われる役回りのプリンセスや、外見を飾り付けるメイク道具やアクセサリーなどが多い。
戦後のアメリカで形成されたピンクの「女性的」なイメージは、70年代頃から日本にも輸入されていった(9)
こうして、ピンクは表に出るべきではない色となった。
それでもなおピンクを着るというのは、それでもなお表に出るということだ。
ピンクは、「女性」に振り分けられた色であると同時に、振り分けられたまま身につけると出しゃばりと言われるような色なのだ。

態度の大きな色

歌手のマイリー・サイラスは、2018年3月に「ピンクはただの色じゃない。態度(Attitude)だ」というキャプションとともに、雑誌『Wonderland』で撮影された全身ピンク色の自画像をツイートした(10)
Attitudeという言葉は、直訳すると「態度」や「姿勢」、「構え」といった意味を持つが、その態度が「良い」のか「悪い」のかが明示されない場合は、暗に「悪い」態度を意味する。
つまりマイリー・サイラスは、ピンクとは色の一種である以上に、大きな態度だと述べたのだ。当然、そこには「態度が大きくて結構!」という含意がある。
私は「女性」になることを選んでいない。しかし、ピンクを着ることは選んだ。
「女性的」であることに開き直り、好きな色を全身に着て、大きな態度を決め込むことを選んだ。
だから私は、ピンクを着るのだ。

(1) 朝日新聞が運営するエッセイ投稿サイトでは、2022年にその名も「ピンクとの距離感」という特集が組まれた。かがみよかがみ編集部 2022「特集:ピンクとの距離感」『かがみよかがみ:私は変わらない、社会を変える』https://mirror.asahi.com/features/pinktonokyorikan/ 2023年1月6日閲覧.
(2) ジェーン・スー 2014「ピンクと和解せよ。」『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』幻冬舎 p.86.
(3) このようなピンク嫌悪の経験については、英語圏でも数多く語られている。直近のものだとBlaha, C. 2022 Internalized Misogyny Ruined Pink For Me. Here’s How I’m Reclaiming It. Jan 7, StyleCaster https://stylecaster.com/pink-internalized-misogyny/ 2022年12月22日閲覧.
(4) ピンク一辺倒で行われる一部の安易なマーケティングは、2014年にブロガーの宇野ゆうかによって「ダサピンク現象」としてインターネット上で批判され、話題となった。宇野ゆうか 2014「残念な女性向け商品が作られてしまう「ダサピンク現象」について」11月23日『yuhka-unoの日記』https://yuhka-uno-no-nikki.hatenadiary.jp/entry/20141123/1416735993 2023年1月11日閲覧. 英語圏には、マーケティングコンサルタントのリサ・ジョンソンとアンドレア・ラーニドが提唱した「Pink Thinking (ピンク発想)」という、「ダサピンク現象」と似たような概念がある。ジョンソン, L. & A. ラーニド2005『女性に選ばれるマーケティングの法則:「あからさま」から「さりげなく」へ:消費の「真の決定者」を動かす3つのアプローチ』飯岡美紀訳 ダイヤモンド社。
(5) Steele, V. 2018 Pink: The History of a Punk, Pretty, Powerful Color Thames & Hudson.
(6) Peril, L. 2002 Pink Think: Becoming a Woman in Many Uneasy Lessons. W. W. Norton & Company.
(7) Paoletti, J. B. 2012 Pink and Blue: Telling the Boys from the Girls in America Indiana University Press.
(8) Ogata, A. F. 2013 Designing the Creative Child: Playthings and Places in Midcentury America. University of Minnesota Press.
(9) なお、日本ではピンクに「エロ」のイメージが付随していたことが特徴的である。そのため、ピンクが「女性」に振り分けられる過程も、アメリカとは大きく異なっていた。日本のピンク受容については、堀越英美 2016『女の子は本当にピンクが好きなのか』Pヴァイン. に詳しい。
(10) Cyrus, M. (@MileyCyrus) 2018 “Pink isn’t just a color. It’s an attitude.” Mar 2, Twitter https://twitter.com/MileyCyrus/status/969276656283078656?s=20&t=RaifG3vT78iGj0rtZ0Bk_w 2022年1月12日参照.

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