2022.07.08

【リレーコラム】「美容医療はファッションか?」(小平沙紀)

PROFILE|プロフィール
小平沙紀
小平沙紀

東京大学大学院学際情報学府博士課程、日本学術振興会特別研究員。専門は社会学、地域研究。現在は、韓国男性の美容実践や身体意識についての研究をおこなっている。

こんなに服はたくさんあるのに、大学に着ていく服がない。たまに遊びにいく服を選ぶのは楽しいが、毎週の授業となると途端に億劫になる。対面授業が再開されてからと言うもの、「大学にも制服があればいいのに」と常々思っているほどである。
 
そんな私だが、可愛いピアスを集めてつけるのが趣味だ。現在、両耳で合計7個のピアスホールが開いており、潰れたホールを含めると10個以上になる。
 
それぞれのホールにはストーリーがあり、例えば18歳で高校の友人と初めて開けたホールや、シンガポールで開けた7ドルのホール、入院してMRI検査を受けるため泣く泣くファーストピアス(1)を外してからそのまま閉じてしまった今はなきホール、ついでにその際お気に入りのピアスを車椅子のポケットに入れたまま紛失し、病室で泣いている私を見た主治医が病院中の車椅子を探し回ってくれたことなど、ピアスにまつわるストーリーだけでショートショートが書けそうだ。
 
現在、ピアスは一部の過激なボディピアスを除いては、とくに若者の間では身体加工としてよりもアクセサリーとして認識されているように思う。そしてピアスだけでなく様々な身体加工が、ファッションの分野へと拡大を続けている。そのなかでも、本稿では私の研究対象である美容医療を取り上げてみたい。

「美容医療」とは何か

美容医療とは、美容を目的とした医療サービス全般を指し、二重まぶた手術や脂肪吸引など手術をともなういわゆる「美容整形」から、医療脱毛や審美歯科、ボトックス注射などのいわゆる「プチ整形」までを含めた総称である。(2)

「美容医療はファッションへ」

これは、日本全国に55院(3)を展開する美容クリニックTCB東京中央美容外科が、人気施術である二重まぶた埋没法をテーマとして放映しているテレビCMのキャッチコピーだ。TCBによると、このCMは「二重整形、そして美容医療の間口を広げ、より多くの方へ美しくある素晴らしさを広め」るためのコピーであるという。(4)このコピーのように、昨今の美容医療はより身近で手軽なものへと変化している。

ファッションや美容行為などについての社会学的研究では、それらと自己アイデンティティとの複雑な関わりについて議論されてきた。とくにメディアの発達や消費主義により、身体を変えることに対する文脈は複雑化している。例えば、美容整形は単に社会的圧力からの半強制的な行為ではなく、主体的でポジティブなアイデンティティの再構築であるという主張もある(Gimlin 2002;Davis 2013)。

一方で、上記の「美容医療はファッションへ」という広告に違和感を感じたひとも多いのではないだろか。服装や髪型といった「ファッション」としてまず想起される行為と、美容医療との違いはなんだろうか。様々挙げられるが、一つは「特定の美の基準に合った身体を強いる圧力」をダイレクトに感じる点ではないだろうか。身体は社会的な構築物である。どのような身体が望ましいかは、社会が作り出しており、私たちは社会規範によって望ましい身体を強制されている(谷本2019:6)。

さらに、美容医療は私たちの身体への考え方にも影響を及ぼしている。身体が可変になったことで、身体それ自体がその人の人間性を表現するものへと変化している。つまり、人々はより良い外見を手に入れることが可能になったことで、外見を向上させる行為を善とし、常により良い外見を求め続ける努力を日常的・無意識的に強いられるようになった。

こうして外見はコントロールを必要とされ、「終わりなき幸福感の追求」(Gimlin 2012)が生まれた。外見に対する投資は永続的な満足感を与えてはくれず、一旦満足するとさらなる欲望や期待が湧き、比較基準は跳ね上がる。テクノロジーの進歩や市場の圧力は、身体的な完璧さの基準を常に押し上げているのだ。

韓国のファッション化する美容医療

韓国では、こうした身体への考え方が非常に顕著で、身体がその人の人間性や競争力として認識される傾向にある。美容大国と言われるように、韓国人の美意識は非常に高く、女性だけでなく男性の美容行為も活発だ。とくに若い男性は、スキンケアを習慣とし、肌のトラブルが起きるとフェイスパックでケアをしたり、皮膚科でレーザー治療をおこなったりするなど、美容医療は男女ともに身近な存在になっている。

私が以前インタビュー調査をおこなった30代の韓国人男性は、二度の二重まぶた整形の経験があった。一度目は20代後半で、当時流行っていた幅の広い二重まぶたにしたが、その後流行が「幅の狭い切れ長の二重まぶた」に変わったため、30代前半で再手術をおこない、まぶたの幅を狭めたという。流行に合わせて二重幅を変えるという、まさに美容施術のファッション化の一例である。

世の中には美人が多すぎる

こうした韓国に見られる美容医療の発達は、最近10年〜20年という短い間に起こった変化である。とくにインターネットの発達により、「誰もが自らの身体に関わるイメージの生産と再生産に関わる時代」(西山・谷本2018)が到来したことで、外見はますます重要なコミュニケーション手段となっていった。

そうした外見を取り巻く韓国社会を描いたのが、2020年に韓国で公開されたアニメ映画「整形水」である。韓国のアニメ映画としては異例の動員数10万人を突破し、国際的な映画祭で数々の賞を受賞するなど大きな話題となった。この作品は、幼少期から外見にコンプレックスを抱いていた主人公が、美しくなれるという「整形水」(5)に手を出していく「整形サイコホラー」である。作品内では、主人公の外見への悪意あるインターネット上の書き込みやSNSの拡散によって物語が進んでいく。

韓国では、2006年に大ヒットした「美女はつらいの」(6)など、整形を題材にした映画が複数制作されてきた。しかし、今作では外見によって人の価値を判断するルッキズムやインターネット上の誹謗中傷といった社会問題の深刻さを強調し、美しさへの欲望とその破滅を描いている点で衝撃的であった。

さらに、今作の注目すべき点は「美女はつらいの」との違いである。「美女はつらいの」は、外見にコンプレックスを持った主人公が美容整形により美女に生まれ変わり、様々な葛藤を乗り越えて最後は幸せを掴み取るという王道のハッピーエンドである。一方の「整形水」は、整形の中毒性と危険性、SNSへの執着と影響力、ジェンダー問題など、現実的な負の側面を中心に描いている。

そして特筆すべきが、整形水を使用する人物が複数登場することである。これは、美容医療がより身近になったことで、外見を巡る他者との競争が激化している社会をリアルに描写しているのではないだろうか。「世の中には美人が多すぎる」というセリフに、その疲弊が表現されている。

ファッションはもともと階級的なアイデンティティとの関わりが深く、上流階級が自らの優越性を表現するために独自のスタイルを生み出すことで、様々な流行を生み出してきた(羽渕2008)。一方で、今日はファッションによる階級的な区別は曖昧になっているが、ファッションの裾野の広がりや身体の可変性によって、新たな競争の火種が生まれている。

「人は当然自分の容姿に気を付けるべきであり、その向上はそれなりに可能であり、それに向けて努力すべきである」(細谷2008)という美のイデオロギーが蔓延している現代社会において、いかに私たちはファッションを楽しむことができるのだろうか。身体の可変を願ってきた人間は、それが可能になると今度はそれが悩みの種になり、高校時代に制服を疎ましく思っていた私は、解放されると今度はその有り難みを感じるようになる。

ファッションは人間のわがままと欲望の歴史なのかもしれない。

(1) ピアッシングをしてホールが完成するまで付けっぱなしにしておくピアスのこと。
(2)厚生労働省の基準を参照。
(3)2022年1月時点。
(4)TCB東京中央美容外科の公式ホームページ(https://aoki-tsuyoshi.com/)より抜粋。
(5)「整形水」日本版公式サイト https://seikeisui.jp/
(6)「美女はつらいの」は1997年〜1999年「KISS」(講談社)で連載された鈴木由美子の漫画「カンナさん大成功です!」のリメイク。韓国語題は「미녀는 괴로워」、英題は「200 Pounds Beauty」。韓国では観客数600万人以上を動員し、2006年のNo.1ヒット映画となった。

参考文献

Davis, K, 2013, Reshaping The Female Body: The Dilemma of Cosmetic Surgery, London: Routledge.
Gimlin, D,  2012, Cosmetic Surgery Narratives: A Cross-Cultural Analysis of Women’s Accounts, London: Palgrave Macmillan.
――――, 2002, Body Work: Beauty and Self-Image in American Culture, Berkeley: University of California Press. 
谷本奈穂, 2018,『美容整形というコミュニケーション――社会規範と自己満足を超えて』花伝社. 
西山哲郎, 谷本奈穂 編著(2018)「身体化するメディア/メディア化する身体」風塵社.
羽渕一代 編, 2008『どこか〈問題化〉される若者たち』恒星社厚生閣.
細谷実, 2008,「美醜としての身体ー美醜評価のまなざしの中で生きる」金井淑子編著『身体とアイデンティティ・トラブル――ジェンダー/セックスの二元論を超えて』明石書店.

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