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【リレーコラム】「美容医療はファッションか?」(小平沙紀)

PROFILE|プロフィール
小平沙紀
小平沙紀

東京大学大学院学際情報学府博士課程、日本学術振興会特別研究員。専門は社会学、地域研究。現在は、韓国男性の美容実践や身体意識についての研究をおこなっている。

こんなに服はたくさんあるのに、大学に着ていく服がない。たまに遊びにいく服を選ぶのは楽しいが、毎週の授業となると途端に億劫になる。対面授業が再開されてからと言うもの、「大学にも制服があればいいのに」と常々思っているほどである。
そんな私だが、可愛いピアスを集めてつけるのが趣味だ。現在、両耳で合計7個のピアスホールが開いており、潰れたホールを含めると10個以上になる。
それぞれのホールにはストーリーがあり、例えば18歳で高校の友人と初めて開けたホールや、シンガポールで開けた7ドルのホール、入院してMRI検査を受けるため泣く泣くファーストピアス(1)を外してからそのまま閉じてしまった今はなきホール、ついでにその際お気に入りのピアスを車椅子のポケットに入れたまま紛失し、病室で泣いている私を見た主治医が病院中の車椅子を探し回ってくれたことなど、ピアスにまつわるストーリーだけでショートショートが書けそうだ。
現在、ピアスは一部の過激なボディピアスを除いては、とくに若者の間では身体加工としてよりもアクセサリーとして認識されているように思う。そしてピアスだけでなく様々な身体加工が、ファッションの分野へと拡大を続けている。そのなかでも、本稿では私の研究対象である美容医療を取り上げてみたい。

「美容医療」とは何か

美容医療とは、美容を目的とした医療サービス全般を指し、二重まぶた手術や脂肪吸引など手術をともなういわゆる「美容整形」から、医療脱毛や審美歯科、ボトックス注射などのいわゆる「プチ整形」までを含めた総称である。(2)

「美容医療はファッションへ」

これは、日本全国に55院(3)を展開する美容クリニックTCB東京中央美容外科が、人気施術である二重まぶた埋没法をテーマとして放映しているテレビCMのキャッチコピーだ。TCBによると、このCMは「二重整形、そして美容医療の間口を広げ、より多くの方へ美しくある素晴らしさを広め」るためのコピーであるという。(4)このコピーのように、昨今の美容医療はより身近で手軽なものへと変化している。
ファッションや美容行為などについての社会学的研究では、それらと自己アイデンティティとの複雑な関わりについて議論されてきた。とくにメディアの発達や消費主義により、身体を変えることに対する文脈は複雑化している。例えば、美容整形は単に社会的圧力からの半強制的な行為ではなく、主体的でポジティブなアイデンティティの再構築であるという主張もある(Gimlin 2002;Davis 2013)。
一方で、上記の「美容医療はファッションへ」という広告に違和感を感じたひとも多いのではないだろか。服装や髪型といった「ファッション」としてまず想起される行為と、美容医療との違いはなんだろうか。様々挙げられるが、一つは「特定の美の基準に合った身体を強いる圧力」をダイレクトに感じる点ではないだろうか。身体は社会的な構築物である。どのような身体が望ましいかは、社会が作り出しており、私たちは社会規範によって望ましい身体を強制されている(谷本2019:6)。
さらに、美容医療は私たちの身体への考え方にも影響を及ぼしている。身体が可変になったことで、身体それ自体がその人の人間性を表現するものへと変化している。つまり、人々はより良い外見を手に入れることが可能になったことで、外見を向上させる行為を善とし、常により良い外見を求め続ける努力を日常的・無意識的に強いられるようになった。
こうして外見はコントロールを必要とされ、「終わりなき幸福感の追求」(Gimlin 2012)が生まれた。外見に対する投資は永続的な満足感を与えてはくれず、一旦満足するとさらなる欲望や期待が湧き、比較基準は跳ね上がる。テクノロジーの進歩や市場の圧力は、身体的な完璧さの基準を常に押し上げているのだ。
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