

Articles
光と熱、生命を吹き込むガラスアーティストの哲学:ジェレミー・M・ウィントレバート
パリの歴史的建築ヴィアデュック・デ・ザールにアトリエを構える、ガラスアーティストのジェレミー・マクスウェル・ウィントレバートさん。
アフリカの辺境で育ち、世界を旅した彼の半生と、伝統技術と現代的なフォルムが融合した作品の哲学、そしてAI時代におけるクラフトの未来像に迫る。
PROFILE

ジェレミー・マクスウェル・ウィントレバート(Jeremy Maxwell Wintrebert)
1980年パリ生まれ、西アフリカ育ちのフランス系アメリカ人ガラスアーティスト。アメリカを中心に欧米の工房で修行を積み、2015年にパリ12区「ヴィアデュック・デ・ザール」に「JMW Studio」を設立。自由吹きガラスの伝統技法を軸に、大型の光彫刻やインスタレーション作品を多数制作。ガラスを「光の言語」と捉え、創造と継承、そして都市との対話をテーマに活動を続けている。
アフリカで過ごした幼少期とガラスに導かれた道
.jpg?w=902&fm=webp)
ジェレミー・マクスウェル・ウィントレバートさんが手仕事と出会ったのは、西アフリカで過ごした幼少期に遡る。電気や電話、店もない生活環境のなかで、椅子やテーブルなどの生活必需品は現地の職人たちが手作業で生み出すものだった。
「生活に必要な家具や道具は、すべて誰かの手で作られていました。両親は職人に深い敬意を払い、手仕事は私たちの生活に不可欠なものでした」と彼は振り返る。
学校へ通えなかったため、幼い頃から職人の工房で働くようになったというウィントレバートさん。その経験は、彼を自然と手仕事の世界へと導いた。
「ガラスとの出会いは、もう少し神秘的なものでした。幼少期から木や陶器などさまざまな素材に触れてきましたが、ガラスだけはどのように作られるのかがわからない不思議な存在でした。でも直感的に『これは液体からできていて、溶かすことができる』と理解していた気がします」
その後アメリカに引っ越し、高校へ進学。卒業後はものづくりの仕事に就くことを決意した彼は、近くにガラス工房があったことをきっかけに自由吹きガラス(型を使わず息で形作る技法)の世界に没頭していく。
パリでの挑戦とスタジオ設立

10年にわたる修行のあと、ウィントレバートさんが拠点に選んだのは、彼の出生地でもあるパリだった。
「自分の野心を実現できる場所はどこかと考えたとき、アート、デザイン、ファッションの都であるパリが浮かびました。ただ私がパリに移った頃、この都市にはガラス工房がほとんどありませんでした。でも、それが大きな可能性に感じたのです。誰もやっていないからこそ、勝機があると思いました」
ウィントレバートさんが「JMW Studio」を構えるのは、パリ12区の歴史的建造物「ヴィアデュック・デ・ザール」の一角だ。1850年代に建てられた石造りのアーチは、まるで教会のように静謐な空間で、光と響きが交差する。その空間こそ、彼が“光を彫刻する”ためにぴったりの舞台だった。
「私は子どもの頃からシステムの外で生きてきました。だからこそ、パリのように構造化された都市で挑戦したかったのです。パリに来た当初は資金もコネクションもなく、引っ越し作業員などをして生計を立てていました。
『ガラス工房なんて無理だ』と言われ続けましたが、パリに移り住んで7年後の2015年、仲間とともにスタジオを立ち上げることができました。光に囲まれたこの空間は、私の仕事と完全にシンクロしているんです。だからこそ、この場所にスタジオを構えることに意味があると感じました」

JMW Studioの作品に共通するのは、「光」と「熱」という、生命の根源に近い要素の扱いだ。吹きガラスという技法は、液体のように揺らぐ素材を制御する一方で、その一瞬だけに宿る美しさを凝縮する。
「光は生命の始まりにある本質的な要素です。溶けたガラスは光と熱を放ちますが、それは生命そのものと重なります。生きている身体とそうでない身体の違いのひとつは、熱の有無ですから。また、ガラスは光を反射する『凍った水』のような存在でもあります。止まっているようで、光が常に表面や内部で揺らめいている。その様子はとても美しいです。
制作を始めるとき、ガラスはもっとも輝いています。しかし形を与えていくにつれてその輝きは失われ、完成する頃には光は消えている。私は“光の死”に寄り添いながら、永遠の形を与えているようなものなのです。そのプロセスに、非常に詩的な美しさを感じます」
一発勝負の制作には、集中力とチームの連携、そして、まるで振り付けであるかのように同じ動作が求められる。室温や汗一滴が作品を壊すことすらある世界だが、ウィントレバートさんは「この仕事は、私を常に自分の中心に立ち返らせてくれる『静かな力と安らぎの場所』」だと語る。
継承と拡張をめぐるビジョン

伝統を守りながら革新的な作品を生み出すウィントレバートさんは、技術の継承についてどのように考えているのだろうか。
「私は「技術(テクニック)」という言葉をあまり使いません。私にとってそれは“言語”なんです。身体の動きと素材の動きが、一つの目標に向かって調和しようとする対話、その関係性こそが技術なのです。
この“言語”は、およそ6,000年前から人から人へと受け継がれて生き延びてきました。しかし今、それが消えつつあるという現実に危機感を抱いています。
職人としてもっとも大切なのは、『受け取ったものを次に渡すこと』です。それは職人の倫理であり、クラフトマンシップの本質である“循環”と“恩返し”に他なりません。だから私はスタジオを成長させる必要があります。より多くの人を雇い、教え、この言語を次世代に手渡していきたいと考えています。
吹きガラスは、ガラス産業というエコシステムのほんの“氷山の一角”です。吹き手がいなくなれば、道具や窯、色材を作る人々も消えてしまう。私はそのエコシステム全体を守るためにも、吹きガラスの需要を高めたいと考えています」
その思想は、スタジオの運営方針にも反映されている。作業はローテーション制で、スタッフ全員が他の役割も担えるようにし、知識の集中や消失を防ぐ体制を敷いている。彼は職人であり、経営者であり、教育者でもある。そしてその根底には、“消えつつある言語”を守るための使命感がある。
AI時代に求められる「手の痕跡」

そして今、彼の関心は手仕事とテクノロジーの関係にも及んでいる。特にAIの台頭が、手仕事の再評価を促す可能性に注目しているという。
「AIが作るものが完璧すぎる時代になると、人々はそれに魂を感じられず、“手の痕跡”を求めるようになるでしょう。歴史的に見ても、職人が高い地位を持っていた時代がありました。AIによって、クラフトに再び“力”が戻る可能性があるのです。
AIの発展は、職人が“創造の主導権”を取り戻すチャンスになり得ます。これまで、コンピュータが苦手な職人たちは、デジタルデザインの領域でデザイナーの下請けのような立場に置かれがちでした。しかしAIがあれば、職人自身がプロンプト一つでデザインを出力できるようになる。職人自身の創造性が正当に評価され、文化的にも経済的にも大きな意味を持つようになるはずです。
もしAIが私の作品に挑戦してくる日が来ても、 かかってこい、と思います。今のところは心配していませんが、もしAIがそこまで到達したら、それはそれでむしろ楽しみですね」
ウィントレバートさんのスタンスは、技術を拒絶するものではなく、創造性を取り戻すための対話ツールとしてAIを捉えている。
ガラスという古代からの言語と対話を続けるウィントレバートさん。その手から生み出される光の彫刻は、テクノロジー時代における手仕事の新たな可能性を示唆している。









